第30話 ~栞side~ お風呂

 わたしは文とお風呂に入るのが好きだ。

 正確には文の頭を洗うのが好きだ。

 

 文の髪の毛は、おばあちゃんとそっくり。

 真っ黒で真っすぐで。

 ママとわたしの、茶色くて癖っ毛の髪と全然違う。

 前に前髪ぱっつんにしていたときに、「こけしみたいでかわいいね」っていったら怒られた。褒めているつもりなんだけど……。


「いいね、文の髪は真っすぐで」

 文の頭を、わたしはバスタブに入ったままシャカシャカ洗う。

「わたしはお姉ちゃんの髪のほうが好……」

 風呂桶で頭からざばーんとお湯をかけたから、文の言葉が途中で途切れる。


「よし」

 文にトリートメントをしてあげて、お互い向き合ってお風呂に入る。

「ときに、妹ちゃん。

 彼氏さんはできたかね?」

「ときに、お姉ちゃん。

 できてませんよ」

 ちゃんと面倒くさい姉に付き合ってくれる。

「またまた~。おモテになるんでしょ。

 お噂は、かねがね聞いていますよ」

 正面から、ぷにぷにのほっぺを両手で挟み込む。

「……。

 ほくはくはされたけど(告白はされたけど)、ふきあってはひないよ(付き合ってはいないよ)」

 文が挟まれたまま答える。

 そのあまりのかわいさに、そのまま口づけをしようとしたけど、文もわたしのほっぺを両手で挟んで、必死になって防御をした。


 ……。


 しばらく膠着状態が続き、一緒のタイミングでふたりして笑顔になって手をおろす。

「キスはやめてよね……」

「あっ、照れてる!

 でも文のファーストキスは、文の生まれてすぐ、わたしがいただいているのです」

 それを聞いて文がほっぺたを膨らませて、眉間にしわを寄せる。

「じゃあ……。

 おねえちゃんのファーストキスの相手もわたしなんじゃ……」

「……確かに……。

 でもいいの、わたしのはじめてを文に捧げられて幸せ……」

 恍惚とした表情をしているであろうわたしを、いもうとが目を細めてにらむ。

 かわいいのぅ。


「ねえ、おねえちゃん」

「ん?」

 バスタブの中で体育座りをしたまま、上目づかいで文が聞いてくる。

「何か学校であった?

 悩んでいることとか」

「どうして」

「ううん、なんとなく。

 なんとなくそう思ったんだ」

 鋭い。

 確かに最近学校で大きな出来事が二つあった。

 そのうちの一つは「ドロップアウト」したこと。

 文にはもう一つのほうだけ話すことにした。

「さすが文だね。

 実は……。

 彼氏ができました!!

 きゃー、はずかしー」

 気が動転しているのを気づかれないように、バシャバシャと文にお湯をかけてごまかす。

「……。

 ならいいんだけど……。

 お姉ちゃん、もし悩み事があったらいってね。

 何もできないかもしれないけど、内緒にはしてほしくない」

「『ならいいんだけど』って、もう少し食いつきなさいよ。

 どんな人なのとか、どこで出会ったのとかさー」

 動揺が気づかれないように、明るくふるまう。


 文は、本当に、かわいいんだ……。

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