第22話 初めての告白
僕の希望通り、僕のギター伴奏でみゆは僕だけのために歌ってくれた。
結果はといえば……。
ひどいものだった。
リズムはめちゃくちゃだったし、ところどころひっかかったりもした。
バレンタインからの十五日ではやはり付け焼き刃感は拭えず、何度も音を外すが、みゆは笑うことなく最後まで真剣に歌ってくれた。
歌詞をしっかり聞く余裕はなかった。
でも、みゆの出す声を感じることはできた。
みゆの声は透明感があり、わずかな空気の流れにかき消されそうでありながら、時折意志の強さを感じさせる声だった。
伴奏がよければもっとよかったなと、いつかもう一度歌ってほしいとお願いしようかと思ったけど、なぜだかそれは叶えてくれなそうな気がした。
歌が終わると、一曲伴奏(といえるレベルでは決してないが)しただけで、すごい疲労感を覚えた。
でも、それ以上に満足感があった。
最後まで、僕のわがままにみゆがつきあってくれたことに感謝した。
「満足した?」
「うん。
ありがとう」
「誕生日だから、このぐらいならお安い御用です」
胸をとんっと叩きながら、みゆがいう。
僕の下手な伴奏のせいか、みゆの緊張はすっかり解け、大きな濃紺のビーズクッションの上に女の子座りをし、胸元に黄色の小さいクッションを抱えている。
なんだか、池に浮かぶ蓮の花みたいだった。
「僕のギターが上手ければ、もっと良かった」
学人のギターを弾くふりをしながら、僕はいった。
「ううん、そんなことないよ。
とっても良かった。
お世辞にも歌いやすかったとはいえなかったけど、間違っても弾き続けてくれた。
途中で止めず、ちゃんと最後まで……」
そこまでいって、みゆは胸に抱えていたクッションを下に置く。
そして急に、みゆの表情に真剣みが帯びた。
「てつとは自分のできない姿を、私に見せてくれなかったから……」
みゆはエメラルドグリーンの瞳で、まっすぐ僕をみつめる。
「できない自分をかっこ悪いと思っているって感じていたから、すごくびっくりした」
みゆに見つめられたが、僕は目をそらさずにみゆの瞳を見つめ返すことができた。
僕はみゆの瞳の中の僕を、じっと見つめてみる。
そこには等身大の、ありのままの僕がいた。
僕は思わず、はっと息をのんだ。
そのとき、はっきりとわかった。
僕のスポンジが吸えなくなったんじゃない。
勉強が容易く覚えられなくなったこと、成績が落ちてきたこと、そしてそんなできない自分を認めたくなくて、自分の中に勝手にスポンジを作り出したんだ。
そうやって僕は、自分が傷つかないようにしていただけなんだ。
僕はギターができなかった。
それでも常に教える立場だった学人に教えをこい、大切なみゆの前でかっこ悪くて下手なギターで伴奏をした。
以前なら考えられないことであった。
それは学人が複雑であっただろうに、練習に付き合ってくれたからだ。
みゆが歌いづらかっただろうに、最後まで笑わずに歌ってくれたからだ。
僕は自分が作りあげたスポンジの中に逃げ込んでいたんだ。
腐敗臭はスポンジじゃなく、僕の中から出ていたものだったんだ。
そのことに気づいた僕は、今までできなかったことを、もうひとつする決意をした。
それは、みゆにちゃんと自分の気持ちを伝えること。
付き合ってほしいとは伝えた。
でも、ちゃんと僕という人間が、混じりけのない僕の心からの気持ちを、みゆに伝えることはまだできていない。
今まではそういうのはかっこ悪いと思っていた。
いや、実際には怖かったんだ。
笑われたり、茶化されたり、断られたりするのが怖かったんだ。
だから本当の気持ちを、大切な人に伝えることができなかった。
でも、今ならできる。
みゆになら、きっとできる。
僕はひとつ大きな深呼吸をした。
そして、はっきりといった。
「みゆが好きです」
「僕が、みゆを守る『貴方』になります」
その告白が、栞のおかげで溶けて小さくなっていた僕の中のスポンジに、最後の変化をもたらした。
僕の中のスポンジは、跡形もなく、完全に消えてなくなったのだ。
僕はみゆのそばにより、そっとくちづけをした。
不意をつかれ、みゆは目を開けたまま僕のキスを受け止めた。
エメラルドグリーンの世界の僕が、少しだけ誇らしくみえた。
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