第21話 四分の一ではない誕生日
みゆを囲んでの食事。
みゆは、シンプルな白のワンピースを着てくれていた。
長方形のダイニングテーブルに普段と同じように僕と学人、その向かいに父と母という並びで座っている。
みゆは誕生日でもないのに僕と父の間、いわゆるお誕生日席に座らせれている。
それぞれがそれぞれに、緊張しているのがわかった。
「これ作ったんです」
みゆが自分でラッピングし、焼いてきたクッキーを父に渡した。
「ありがとう」
みゆという人間への興味なのか、アルビノという生物への知的好奇心なのか、クッキーを受け取りながら父はまじまじと、みゆの顔を見た。
「びっくりしました?
しましたよね。
アルビノですもんね」
みゆはあっかんべの要領で、自分の両眼を人差し指で指す。
「そうなんです。
見てもらった通り、瞳は薄い緑のタイプです」
その臆面のないいい方に父は慌てて視線を外し、その光景を見ていた学人は、飲んでいたミネラルウォーターを思わず吹き出した。
「お兄ちゃん。
逢川さんは面白い人だね」
「お兄ちゃん」と呼ばれたのは久しぶりなような気がした。
一気に場が和んだ。
「逢川さんのお父さんもお母さんも……。
その……」
という父の言葉の意図を理解し、
「父も母もアルビノじゃないです。
というか、普通の人間です」
と、これもあっけらかんとみゆは答える。
「じゃあ、てっちゃんと逢川さんの子供はアルビノじゃないかもしれないのね」と母がいった。
その言葉に学人はまた吹き出す。
僕は、母が僕のことを本当に久しぶりに話してくれていることに胸を熱くしていた。
「そうですね。
ただ哲人さんのお母様も肌が白いから、色白な子供にはなると思います。
ここまでは白くはないと思いますが」
と、みゆは自分の腕を触りながらいった。
家族のみんなが、どう答えたらいいかわからない雰囲気になった。
みゆは笑って、僕は慌てて、
「アルビノジョークです」
「アルビノジョークだから」
といった。
その声は前から考えていたかのように揃った。
そこからは笑顔が絶えなかった。
「逢川さんは、フランスの可愛いお人形さんみたいね」
と母が自然な笑顔で話しかけた。
それは僕が久しくみることができなかった、うわべではない笑顔に感じた。
久しぶりの一家団欒に気を良くしたのか、父がみゆにお酒を勧める。
それは僕や、僕が知る限り学人にもしたことがないことだった。
「ありがとうございます!
でも飲むと、血流がわかる人体模型みたいになっちゃうからやめておきます。
飲んだことはないですけれど」
というみゆに、
「それは……」
父は一度みゆに微笑みかけてから
「アルビノジョークだね。
今度会うときまでに、お父さんも考えておくよ」
といって、さらに機嫌をよくした。
一通り食事が終わったあと、ふたりで僕の部屋に向かう。
「学人もしばらく下に居させるから、何も気にせずにな」
と珍しく酔っ払った父は、二階に上がっていくみゆに大きく手を振る。
僕の部屋に入ってすぐ、みゆは後ろからいきなり僕に抱きつき、大きな深呼吸をした。
「……っはぁ……。
緊張したぁ……」
びっくりした。
ドキドキしながら振り返り正面から優しく抱きしめると、みゆは小刻みに震えていた。
みゆを抱きしめるのは、初めてのことだった。
震えが落ち着くまで待って、僕のベッドの正面に置いてある、大きめなビーズクッションに座ってもらう。
少しは緊張をしているだろうなと思ったけど、いつも通りのあっけらかんとした様子だったから、ここまでの緊張ではないと思っていた。
「大丈夫……?
じゃないよね」
「ちょっと待ってね……。
落ち着くから……」
みゆがふーっと、細く息を吐く。
そのとき
「てっちゃん」
と、ドアの外から母の声がした。
みゆの体がビクッとする。
母が、僕の子供の頃から好きな紙パックのコーヒー牛乳(ひさしぶりに目にした)と紅茶、ケーキとみゆが作ったクッキーをおぼんに乗せ、持ってきてくれた。
受け取る僕の後ろに目線がいっていたから、「ありがとう」といって早めにドアを閉める。
みゆがまた、大きな深呼吸をする。
そんなみゆを、僕はもう一度両手で優しく抱きしめる。
「てつとのご家族から嫌われたくなくて。
私、こんなだから……。
大丈夫だったかな……」
「そうだったんだ。
ごめん……。
もっとフォローをしてあげられれば……」
抱きしめていた右手をみゆの頭にもっていき、落ち着かせるように、そして感謝を込めながら、髪をゆっくりと撫でる。
「父は間違いなく喜んでいた。
母も気に入ってくれたと思うよ、可愛いものが好きだから。
学人も認めてくれたと思う」
みゆの体から本当にゆっくりとだが、緊張が解けていくのが伝わってくる。
「ほんと?
良かった……」
安堵した表情になり、そういって僕の胸に顔をうずめ、抱きしめ返してくれた。
その後はみゆはビーズクッションの上、僕はベッドの上に座り、ケーキやクッキーを食べながら、公園にいるときと同じようにいろいろなことを話した。
真面目なことから、たわいもないことまで、本当にいつもと何も変わらない感じで。
しばらく話していると、今度は僕が緊張してきた。
窓の外は、徐々に暗さを増していく。
父がいう通り、あまり遅くならないうちにみゆを家まで送っていこうと思っていた。
だから、僕の伴奏でみゆに歌ってもらう時間のリミットが迫ってきていた。
一度、これみよがしに机に立て掛けてある学人のギターを見る。
それを見て話題を振ってくれればと、淡い期待でそこに置いたものだった。
それを知ってか知らずか、みゆはギターのことに触れなかった。
しばらく無言が続く。
お互いが何も話さなくても苦しくない関係にはなっていたけど、今回はきっと僕だけが苦しかった。
意を決して、一度息を短く吐いてから、僕はギターに手を伸ばす。
そのとき、学人の「俺にはスケートボードより楽だったよ」といってくれた姿が脳裏に浮かんだ。
その目は優しく、そして力強く応援してくれているように感じた。
「あのさ……。
歌ってほしい歌があるんだ」
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