第17話 正月

 みゆと出逢って初めての正月、二人で公園近くの神社に行った。


 小さな頃は家族全員で、誰もが知っている日本有数の神社に毎年行っていた。

 一昨年は栞と、栞の好きなアイドルグループの成人式を執り行っている神社に行った。

 去年は生まれて初めてどこにも行かず、一人で過ごした。

「初日の出の日差しを浴びると溶けてしまうの」

 とアルビノジョークなのか、ただ早起きしたくないだけなのかはわからなかったけど、僕らの初詣は日が暮れてから行くことになった。


 公園から程近いこの神社には神主は駐在していなかったが元日の今日は、夕方になっても地域の人いて、ボランティアで甘酒とお汁粉を配っている。

「お賽銭、いくらにする?」

 みゆが聞いてくる。

「やっぱり五円かな」

「『ご縁』ですね」

「少ないかな……。

 五百円ぐらいの方がのいいかな?」

「ちっちっちっ。

 だめだよ。

 五百円は『これ以上の効果(硬貨)はない』なんだよ」

 右手の人差し指を左右に振りながらみゆが言う。

「……。

 なるほど。

 じゃあ、いくら入れれば……」

 みゆの顔と財布を交互に見ながら、じゃらじゃら硬貨を選んでみると、五円がたくさんあった。

 この際全部使おうと、それらを全部手のひらにのせてみる。

「いくらにしたの?」

「うーんと、五円が八枚だから四十円です」

「おっ! 八枚で『末広がりのご縁』ですね。

 よくわかっていらっしゃる」

 うんうんと頷きながら、僕の偶然を褒めてくれた。

「みゆはいくら入れるの?」

「私は、五百五円」

 えっへん、という感じで僕に答える。

「えっ……。

 なんで?」

「私には『これ以上のご縁』はいらないから」

 ドキッとした。

 僕も同じ金額にしようと思ったけど、五百円玉がなかった。

「では、いざ」

 と、みゆがお賽銭を投げ入れる。

 僕も慌てて八枚の五円玉を投げた。

 手を合わせているみゆが、何を願っているのか気になった。

 僕はといえば、みゆとこれからも一緒にいられることと、みゆの健康を願った。

 思えば人のこと、そして人とのことを願ったことは初めてだった。


 みゆはお汁粉を、僕は甘酒をもらって公園に帰った。

 いつものベンチに、いつもの並びで座る。

 日はすっかり暮れていた。

「なにお願い事したの?」

「みゆと今年も一緒に過ごせること、みゆが健康でいられること」

 なぜだか、みゆといるようになってから、素直にこういうことがいえるようになっていた。

「嬉しい。

 今までの彼女にも、そういうふうに願ってあげてたの?」

 僕は少し目を逸らし

「ううん、そんなことないよ」

 と答える。

「おっ、彼女がいたことあるんだ。

 まあ、あるよね」

「……」

 かまをかけられて、苦い顔でみゆをみる。

 栞のことはもちろん、過去のことを話したことはなかった。

 意識的に避けていた。

「どんな彼女だったの?

 可愛かった?」

「綺麗な子だったよ。

 目鼻立ちがはっきりしていて、化粧映えしてた」

 なぜかその質問にも素直に答えることができた。

 みゆには小さな嘘もつきたくなかった。

 みゆに対しては、誠実でいたかった。

「そうなんだ。

 同い年?」

「そうだけど……。

 もういいでしょ」

 でも、これ以上は話したくなかった。

 嘘はつきたくないけど、素直に話してしまうとみゆが傷つきそうで。

 いや、正確には自分とみゆとの関係が傷がついてしまいそうで。

 みゆは感受性が豊かだった。

 暗い話をすると暗くなってしまうし、悲しいニュースを知ると、その悲しい出来事が自分の出来事かのように悲しがった。

 だから、栞のことはこれ以上話せなかった。話したくなかった。

 そんな僕のいつもと違う雰囲気に気づいたのだろう、みゆは自分のことに話題を変えた。

「私は付き合った人は一人だけ。

 外斜視ってわかる?

 正面から見ると黒目が左右に離れているんだ。

 それがヘビっぽくて、何を考えているかわからなくて。

 ミステリアスっていうのかな。

 今思うと、そこにひかれたんだと思う」

 僕は無言だったが、聞きたくなかった。

 その会ったこともないヘビ男に嫉妬していた。

 それに気づいただろうに、みゆは話すことをやめない。

「でもね。

 私を近くで見る時は、外側に向いていた瞳が正常な位置っていうのかな? 真ん中に寄るんだ。

 そのとき『ああ、ちゃんと私のことだけを見つめてくれているんだな』ってわかって嬉しかったんだよね」

 あからさまに不機嫌になっていく僕を見て、みゆは面白がっていた。

「ごめんなさい!

 なんか、嫉妬してくれているのが途中でわかって、それが嬉しくて。

 そういう一面を初めて見たから」

 その話を聞いていた僕は実際不機嫌になったし、顔にも出ていたと思う。

 そして、それを敢えて隠そうともしなかった。

「それに……。

 てつとは私を見つめてくれないから……」

 みゆは下を向いてしまう。

「見てくれているのかもしれないけど、私は目が悪いから近くじゃないと……」

 そういわれて僕は、みゆの肩を掴んで僕の方をむかせる。

 そして顔を近づけ、みゆを見つめた。

 するとみゆのエメラルドグリーンの瞳に、その世界に似つかわしくない僕の姿がはっきりと映った。

 僕は思わず、目を強く閉じた。

 そんな僕に、みゆが軽く口づけをしてくれた。

 急に顔を近づけて、目を閉じる。

 それはまるでキスをせがむ姿になっていた。

「私、ファーストキスだったんだ……。

 だから、てつとからして欲しかったな……」

 まだ顔が近いままだった。

 僕は

「ごめん」

 そういって、今度はちゃんと僕からキスをした。

 みゆの瞳をみて、みゆにキスをして、僕にはわかったことがあった。

 みゆの瞳に映る僕は『できない僕』に間違いなかった。

 でも、人を妬(ねた)み、嫉(そね)み、僻(ひが)む、そんな人物には見えなかった。

 僕はみゆの瞳の中の僕に、嫌悪感を抱かなかった。

 そんな今の僕なら、今までいえなかった言葉を伝えてもいいと思った。

 その言葉を口にしてもいいという気持ちに素直になれた。


「僕と付き合ってください」

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