第12話 口に出さないと伝わらない思い

 高等部一年の夏、僕は栞と海に来ていた。


 先週ふたりで下校しているとき、栞は突然僕を海に誘った。

 スポンジが腐った僕は、気分転換をすればなにか変わるかもしれないという淡い期待もあり、栞の誘いに乗ることにすることにした。


「曇ってほしい」

 基本的に暑さが苦手で、今回の海水浴もそんなに乗り気ではなかった僕は、なんとなくそう思っていた。

 そんな中途半端な思いを空は相手にしてくれず、当日は抜けるようなのびのびとした夏の空で、それはまさに、一般的には海水浴日和といえる天気だった。


 待ち合わせの駅のベンチに座っている僕に、少しだけ遅れてきた栞は

「ごめん! ごめん!」

 と、とりあえずな感じで謝りながら小走りでくる。

 とてもはしゃいでいる栞は、頭に大き目のサングラスを乗せ、へその見えるシャツにダメージ加工をされたジーンズ生地のショートパンツ、ビーチサンダルといういつもにも増して、露出度の高い服を着てる。

「どう!

 今日のファッション!」

 栞は目の横にピースをもっていきウインクする、いかにもギャルっぽいポーズをした。


 行きの電車の中で栞は、いつものように人目を気にせず、べたべたとくっついてきた。

 周りの人は、怪訝そうな顔で僕を見ていた。


「最近、元気ないね……。

 よし!

 今日は私が元気づけてあげるよ。

 愛妻弁当も作ってきたし!」

 栞は成績優秀な僕と付き合うことで、『ドロップアウト』しても特進コースの一部の人たちとは距離をとられないでいてもらえていた。

 距離をとる人がいても、僕と付き合っているという事実があれば、それはそれでいいと思っているんだろうなと想像していた。

 栞には僕の一学期の成績はいっていなかったが、どこからか聞きつけていたらしい。

 元気づける理由が本当に僕のためなのか、それとも自分のため(僕の成績を戻すため)なのかは判断がつかなかった。

 それでも僕ひとりでは海に来ることなんて考えもつかなかったから、誘ってくれたこと自体はありがたかった。

 

 お互いに着替えて(栞はさっきの服装よりも、さらに露出度の高いビキニだった)から、栞が持ってきてくれた、アニメのキャラクターが賑やかにごちゃごちゃと描かれたビーチマットで場所をとる。

 ビーチパラソルをレンタルすることも考えたが、レンタル料が半日で二千円もするのと、栞が

「少し肌を焼こうよ!

 その方が健康的でしょ?」

 といったから借りなかった。

 僕はそれで、少しだけでもスポンジが乾いてくれればと思ったから、異論は唱えなかった。

「早く海に入ろう!」

 ビーチボールを持った栞が笑顔で僕を誘ってくる。

 栞の笑顔を僕は好きだったが、今日は少し無理して笑ってくれていることがわかった。

 浅瀬でビーチバレーの真似をしたり、水をかけ合ったりした。

 かけた水が栞の顔にかかり

「せっかくのメイクと、可愛くしてきた髪が台無しになっちゃうでしょ!」

 と割と本気で怒られたことにはびっくりしたが、素直に楽しかった。

 

 陣地に戻り、荷物番は栞、買い出しは僕という係りになった。

「お酒買ってきて」といった栞がふざけているのが本気なのか僕にはわからなかったが、海の家でジュースを二つとチューハイを一つ、店員にあやしまれながら買う。

 飲み物三つを両掌で挟みつつ、ゆっくり栞の待つ陣地に戻っていくと、大学生とおぼしき男ふたりが栞に声をかけていた。

 少したじろいだが、遠めから

「買ってきたよ」

 と、飲み物を持つ手を上に挙げた。

 三人で来ていると思われるかもしれないから、お酒も買っておいてよかったという考えが僕の頭に浮かぶ。

 栞は慣れた様子でふたりを

「ね、ひとりじゃないでしょ。

 残念ながら彼氏持ちなんです~」

 と軽くあしらった。

 ふたりは僕をひと睨みして、去っていった。

「もてちゃって困るの。

 こんなに可愛い彼女をもって、てっちゃんは幸せ者だね」

 といたずらっぽく僕に笑いかけた。

 僕は優越感とともに、自分の情けなさを痛感した。


 栞は、ビーチマットの上で後ろに手をついて足を伸ばしている体勢の、僕の太ももに頭を乗せてきた。

 膝枕をしているかたちになり、真上から栞の顔をそれとなく見た。

 ドキドキと鼓動がはやくなる。

「きれいな顔している……」

 思わずつぶやいた。

「お!

 気づいちゃった?

 気づくの遅いよ~」

「いや。

 前から思っていたよ……」

「てっちゃん。

 口に出さないと思いは伝わらないんだよ……」

 栞は少しだけ寂しそうな顔になった。

「ねえ、てっちゃん。

 栞、てっちゃんのことが好きだよ。

 大好き!

 だから、元気出して!」

 と、僕を見上げながらいった。

 栞は日常的に好きという言葉を口にした。

「ねえ、黙ってないで栞にも好きっていって」

 僕は少し間を置いたあと、「好きだよ」と目線を外していった。

「もう照れちゃって。

 いつかちゃんと目を見て、好きだよっていってね」

 と栞が太陽のような笑顔でいった。


 結局、この日以降も好きという言葉を何度か口にしたが、栞の目を見ていうことは別れるまで一度もなかった。

 僕にはいえなかった。

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