第11話 二度目の公園
二コマだけの授業を終え、逢川さんと僕は朝いた公園に戻ってきた。
じりじりとした日差しに焼かれた地面は、僕の履いたスタン・スミス越しでも足の裏に感じられるくらいに熱を帯びていた。
冷たいものが欲しくて、公園内にある自販機で飲み物を買った。
逢川さんはミルクティーで、僕はコーヒーを選ぶ。
今度はちゃんと冷たいコーヒーを買うことができた。
ベンチには朝と同じ、正面から向かって右に僕、左に逢川さんという並びで座る。
逢川さんは僕との間にある左手で、また相合い傘をしてくれた。
僕は右手でその傘の柄を持ち、相合い傘をする係をかわってもらった。
「ども」
逢川さんが軽く頭を下げる。
「ども」
僕も真似して同じ動作をした。
「ブラックで飲むんですね」
父の淹れたコーヒー(相当こだわっているらしい)に何度挑戦しても美味しいと思ったことはなかったが、なぜか今日は二度ともブラックコーヒーを買った。
「うん……」
少し間が出来て、
「……さっきの続きですけど」
と逢川さんは話を始めた。
「私、いじめられたことはないんです。
……だけど、孤独はいつも感じていました。
周りの人たちの奇異なものを見るような目や、必要以上の私に対する配慮がそうさせたんだと思います」
逢川さんはずっと正面を向いたままだった。
なぜこんな話を僕にするのだろう。
「体のせいでずっと外に出ていられなくて、通学や体育の授業のような日常的なものから、遠足や修学旅行のような特別な行事にまで、いろいろなことに気を使ったり気を使わせたりしていたんです」
「じゃあ、ここじゃない方が……」
そういう僕に構わず、逢川さんは話を続ける。
「それに中学校に入ると自分の存在ってなんなんだろうって、思うようになったんです。
美術の授業で自画像を描きなさいっていうのありますよね。
私は輪郭を描いて肌の色を塗る時に、とても戸惑ったんです。
肌色ってあるじゃないですか、今は薄橙っていうらしいんですけど。
みんなは自分の肌の色を塗るとき、その肌色を使っていた。
でも私の肌の色は違っていたから、白いキャンバスに白い色鉛筆で自分の肌の色を塗ったんです。
そしたら、その絵がなんだかわからないものになった。
そのとき初めて、
『私ってなんなんだろう』
って思ったんです。
できあがった自画像の通り、私には私が見えなかった。
そして、そういうことが積み重なって、ひどく悩み、ひどく傷ついた。
恐らく同年代の人が、自分の容姿に悩んだり傷ついたりする以上に。
少しずつ少しずつそのつらさや周りの人たちとのやりとりが面倒くさくなってしまって、高校は学校に行くことが少ない通信制にしました。
この学校に来ている人に多い、いじめられてとか、勉強についていけなくてとか、そういう理由じゃないんです。
みんなもう同じ学校の生徒なんだから、理由なんてどうでもいいことなんだと思うんですけれど」
僕はもう口を挟むことはせず、逢川さんの話を聞いていた。
それは僕のスポンジがいくら吸えなくても聞くべき話だったし、聞かなくちゃいけない話のように思えたから。
「ごめんなさい。
なんだか私ばっかり話しちゃって……。
ねえ。
相澤くんはなんでこの学校に来たの?」
なんて話せばいいか迷った。
スポンジのことを上手く話せるかわからないし、話しても信じてもらえるかもわからなかった。
なによりも、そんな変な話をしてこの関係が壊れてしまうのが怖かった。
「そうですよね。
そんな簡単に話せないですよね。
ごめんなさい……。
でも、いつか話してもいいと思う時が来たら、話してほしいです。
もしその時が来なかったら、もちろん話さなくていいですからね。
私は、相澤くんにこの話をしたかった。
なんでだろう?
理由は今はわからないけれど、話してもいい、話したい人だと思えたんです。
まだ二回しか会ってないのに……。
これじゃあ、さっきみんながやっていた不幸自慢と変わらないですよね」
僕はまた大きくぶんぶんと首を振る。
「ううん、そんなことはないよ。
ありがとう、言ってくれて。
なんていうか……、その……、嬉しかった」
「嬉しかった?
不幸自慢が?」
「そうじゃない。
なんていうか……、うまく言葉が出てこなくてごめん」
頭の中で、ジュッという嫌な音が聞こえた。
「僕にそのことを話してくれたことが嬉しかったんだ。
僕を信用してくれている感じがして。
この学校に入って(できない人間になって)初めて、信じてくれている人の目を感じたから」
「この薄緑色の目が?」
「そういうんじゃない!」
僕の勢いに逢川さんは少し押され
「アルビノジョークです……。
ごめんなさい」
といわせてしまった。
「提案なんですけど……。
学校が終わった後、相澤くんの時間があるときだけでいいから、ここで少しお話しませんか?
もちろん、こんな私とだから無理しないでくださいね」
答えるまでに時間があると、悩んでいると思われるのが嫌だったが、今度はすぐに「そうしたい」という言葉がうまく出てきてくれた。
その日から、僕らは登校日の後、だから週に一回はふたりで過ごすことになった。
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