第10話 同字同音異義語

「いじめられていたの」


 栞(しおり)がそういうまで、僕はその事に気づかずにいた。

 僕は勉強や運動はできても、人間関係や人の気持ちを汲み取ることは苦手だった。

 でも自覚はしていたけど、それでいいと思っていた。


 栞は僕と同じ中高一貫校の特進(特別進学)コースに属していた。

 ただ、成績は悪く、いつもみんなと割と離れた点差での最下位だった。

 このクラスでは、栞のようにどんなに美人でも、どんなに運動が出来ても、成績が悪いと(特に最下位だと)みんなから距離をとられてしまう。

 成績のためもあるが、みんなに距離をとられたくないために勉強を頑張る人もいたんじゃないかと、今なら易々と想像がつく。


 結局、栞は特進コースでは進級することが出来ず、中等部の三年から特別のつかない進学コースに移ることになってしまった。

 その時点で、栞は学校の中で特別な存在になった。

 特進コースの人たちには今まで以上に距離をとられ、進学コースの人たちも馴染ませてはくれなかった。

 この学校では陰で、特進コースから進学コースに移ることを『ドロップアウト』と呼んでいた。

 進学コースだって、その辺の学校ではトップをとれる成績の人たちばっかりだったのにだ。

 先生もそれを生徒の勉強へのモチベーション維持になると、黙認している節すらあった。


『ドロップアウト』した人が学校に居場所を作ることは難しく、転校していくことも多かった。

 栞は『ドロップアウト』が決まった直後の、二年から三年に上がる春休みに僕に告白してきた。

「付き合ってください……」

 僕は栞に対して綺麗という認識はあったものの、特別な感情を持ったことはなかった。

 栞のこの告白の思惑も何となくわかっていた。

 でも、楽しそうにデートをしている同級生のことは素直に羨ましかったし、恋愛にも興味があった。

 だから栞の告白に、躊躇はしたが承諾した。

 そして告白を終えた栞が、恋人同士になって初めての会話(それを記念すべきという人もいると思う)を次の言葉から始めたのだった。


「私、いじめられていたの」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る