第9話 不幸自慢
「いじめられていたの」
僕と同じように二年次から転入してきた女の子(同じ名字でザワが簡単なほうの相沢さん)は、自己紹介もそこそこにそう話し出した。
その言葉はここでは特別な意味を持っていた。
水戸黄門の印籠のように、出せばどんな言動よりも効力をもつ魔法の言葉だった。
それをきっかけにして、私はこんないじめを受けた、僕はこんなつらい思いをした、そんな悲しい経験をみんなが我先にと話しはじめる。
その場には人種・国籍・年齢・性別の壁は、本当にこれっぽっちもなかった。
そして、そこに一体感が生まれ、相沢さんに対する壁はいとも簡単になくり、逆に受け入れる土壌が一気にできあがった。
そこからはまるで、自慢大会のようだった。
どれだけ勉強が出来るかが重要だった世界から、どれだけ不幸だったかが重要な世界に僕はやってきてしまった。
そこで初めて出会った同級生たちは、今まで出会ってきたどの人たちとも違った。
「なんか『グレイテスト・ショーマン』みたいだね」と相沢さんがいう。
僕はカルチャーショックというレベルではなく、違う星に来たような感覚に陥った。
「ユキちゃんは?」
そのとき、僕は初めて逢川さんが「ユキ」という名前であることを知った。
まだ話したこともないであろう相沢さんに、名字ではなく誰に聞いたのか名前にちゃんづけで話を振られた逢川さんは、素直過ぎる柔らかな笑顔で答えた。
「私、いじめられたことないんです」
相沢さんは一瞬不満げな顔をあらわにしたが、逢川さんの容姿を舐め回すようにまじまじと見て、それからゆっくりと油っぽい笑みを作った。
僕に話を振られたらどうしよう。
いじめられた経験はないし、人と明らかに変わっている事は…。
この短い時間で頭に浮かんだのは、閏年の閏日生まれという事だけのような気がした。
鼓動がだんだんと早くなっていく。
相沢さんの気持ちの悪い三白眼が僕を見つけたそのとき、授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
話が振られることを避けられたことに、僕は必要以上に安堵した。
一コマ目が終わった後、相沢さんがみんなの輪の中心になり、クラス全体を回していた。
逢川さんは振り返り、相沢さんに聞こえないように僕に小さな声で話しかけてくれた。
「さっきいったんですけど。
私、いじめられたことないんです。
きっと相澤くんもそうでしょ?」
僕は無言で頷いた。
僕の認識では、いじめたことも、いじめられたこともなかった。
「帰りがけにあの公園に行きませんか?
少し気分を変えたいんです」
逢川さんの言葉が嬉しくて、僕は躊躇することなくその誘いを承諾した。
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