第8話 同じ公園

 それは小五の春のこと。


 父の兄、だから僕と学人にとっての伯父が住んでいる団地(母はその団地の作りを蔑んでいた)に遊びにきていた。

 伯父はおじちゃんと僕らに呼ばれるのを好み、伯母も同様だった。

 おじちゃんとおばちゃんには子供がなく、僕らを自分の子のように可愛がってくれた。

「どっちかうちの子にならねえか。

 でも、哲人か学人がうちの子になったら、トンビが鷹を産んだって近所のニュースになっちまうな」

 といいながら、おじちゃんは豪快に笑った。

 そんな冗談に、おじちゃんに何かにつけて相談を持ちかけるほど信頼していた父は、「一人ならいいよ」と僕らには見せない屈託のない笑顔で答えた。

 そのやり取りを学人は少し、そして母は心から嫌な顔をしてみていた。

 でも僕は、裏表がなく見栄を張らない、そんなおじちゃんのことが好きだった。


 程なくして僕らは、近くにあるブランコとシーソー、ベンチだけがおいてある公園に行った。

「早く帰ってきてね」

 という母は、僕らのことを心配してというよりも、自分がこの団地から一刻も早く帰りたいからそういっていたんだと思う。

 公園では、母自慢の新築の家周辺に住んでいる子供たちの間で流行りだしていた、スケートボードの練習をはじめた。

 僕は小学一年生の時にはすでに乗れていたが、学人は小学三年生になった今でも乗ることができずにいた。

「まだ乗れないの?」

 僕のその言葉に学人は

「えへへっ……」

 と少し甘えるような声で笑った。


 学人は僕のことを慕ってくれていたように思う。

 勉強も運動も、僕に教えてもらおうとした。

 その中には自分一人でもやれそうなこともあったが、何かにつけて僕のことを頼りたがった。

「てっちゃん。

 がくちゃんにちゃんと教えてあげてね」

 母はそんな二人の様子を、いつも微笑みながら見ていた。 


 僕は教えることが上手くなかった。

 勉強はそうでもなかったが、運動に関してはさっぱりだった。

 何でも僕はすぐできてしまう(今とは正反対だ)ので、学人ができない理由が正直わからなかった。

「う〜んと……。

 もっとちゃんと板に乗って、足をグイって」

「グイってって……。

 どうやるの?」

「だから、それは……。

 グイグイって」

 と、やってみせるが、学人は要領を得ない様子で僕をみた。

 夕方になり、一向に乗れない学人に僕は申し訳ない気持ちになっていたが、学人は気にしていない様子だった。

 学人は努力家であり、最初はできなくても悔しがって何度も何度もチャレンジする子供だった。

 素直にそれはすごいなと、僕は僕で学人を認めていた。

 二人でベンチに座り、母が持たせてくれたスポーツ飲料を飲む。

 日差しは強かったが、爽やかな風が吹くと体が軽くなって、ふたりで飛べるんじゃないかと思えるほど心地がよかった。


 しばらくして、折れた枝で地面に絵を描いていた学人が、きらきらとした目で僕を見てきた。

「これ見て」

 学人が興奮気味に指したその指の先には、ダンゴムシがいた。

 そのダンゴムシは白かったのだ。

「こういうの、アルピノって言うんだよね」

「アルピノ?

 なにそれ」

「白蛇やホワイトタイガーっているでしょ。

 あれみたいに、白くてかっこいいやつのこと。

『因幡の白兎』もそうなんだって」

 いろいろなことに詳しい兄が知らないことを、自分は知っているという高揚感からか、学人は目を輝かせて僕にアルビノについて知っている限りの知識を話し続けた。

 名前は最後までアルピノと間違っていたし、ホワイトタイガーはアルビノではなく白変種だったけど。

「かっこいいよね。

 なんか特別な感じがして、それに強そうだし!」

 学人は、ホワイトタイガーが爪を立てて吠えている姿の真似をして、鼻を膨らませながらいった。

 そのあと、

「それに比べてこいつはアルピノなのかもしれないけど……。

 気持ち悪いね」

 といい、汚いものを見る目でアルビノのダンゴムシを一瞥してから、何の躊躇もなく足で踏み潰した。

 僕はそれを見て胸がチクンとしたが、学人が足をどけたあとの、少しだけ動いているアルビノのダンゴムシをみても何も感じることができなかった。

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