第6話 家族旅行

 それは僕が小学校を卒業し、中高一貫校に入る前の春休みの出来事。


 中等部に入る直前に、僕ら家族はガボン共和国のロアンゴ国立公園に来ていた。

 この旅行は名目上、僕の中学受験合格のご褒美だった。

 ここでは、ゴリラやカバやゾウ、そして海岸ではザトウクジラまで観ることができるということであった。

 ガボンという馴染みがないどころか聞いたこともない(カメルーンの南と言われ、場所だけはわかった)日本からの直行便のない国の国立公園に来たのは、ゾウが好きだった学人が動物園に行ったときに

「テレビで見た野生のゾウと違う。

 目が死んでいる!」

 といったのがきっかけだった。

 

 野生のゾウが見られる国はガボン以外にもたくさんあるのだが、家族旅行をすべて計画する母がこの国にした。

 理由はフランス語が公用語だったからだ。

 僕の父は学生時代に猛勉強をし、ネイティブに近い英語を話すことができる。(いわゆるペラペラってやつだ)母にとって自慢の夫であったが、母は一つでも父を上回っているものを日常的に見つけたがっていた。

 そこで父の話すことのできないフランス語を学んだ。

 父の話せない言語の中で「世界で広く使われていて、響きがお洒落だから」という理由でフランス語を選んだらしい。


 そのお洒落な言語を学ぶために家庭教師を呼び、フランス人シェフがやっている料理教室に通うようになった。


 トルコのイスタンブールを経由し、日本を出発してから十五時間以上かかってようやくガボン共和国に着く。

 疲れているはずの母はそんなそぶりを全く見せず、父に見せつけるように空港職員、ホテルの従業員、そして街の子供にまで必要以上に話しかけた。

 父は母の性格を理解していたから、その都度

「ありがとう。助かるよ」

 と感謝の言葉をかけた。

 母はとても満足そうであった。

 僕は、母が家族旅行にこの国を選んだ目的の半分はこのためだと思った。

 学人はまだそのことに気がついていなくて

「すごい! ママ!」

 と子供らしく目を輝かせながら言っていた。

 その姿を見て、母は更に自尊心を高めた。


 飛行機の中で終わった一日目、その疲れをとるための休養日にあてられた二日目、そしてようやく三日目にして最大の(母にとって半分以下の)旅の目的である熱帯雨林のサファリに行った。

 四輪駆動車での移動中、舗装されていない道をサスペンションの利かない車に長時間乗っていたからなのか、ツアーガイドにフランス語で話しかけられないからなのか、母は終始不機嫌だった。

 車上からフォレストバッファローやニシローランドゴリラを観察した後、僕らはウォーキングサファリをした。

 そのウォーキングサファリで、ツアーガイドが「奇跡だ」といった出会いをした。


 密林を三十分は歩き、母がギブアップを宣言して休憩をしていた水場で、一頭のマルミミゾウが水浴びをしていた。

 そのゾウは現地の人たちが森の主と呼んでいるゾウだった。

 そのゾウは白かった。

 アルビノだった。

 木々の間から射し込む夕日を背にして、そのゾウは今まで見てきたどんなものよりも、段違いな神々しさを漂わせていた。

 カメラを取り出してシャッターを押そうとする学人を、ツアーガイドが目を剥き大声で制した。

 今までの様子や口調との余りの違いに、学人はおののいた。

 それはきっと現地の人にとって、大切な宗教的儀式を無断で写真に撮られるようなものだったのだと思う。

 父と母はツアーガイドにではなく、ゾウに対しておののいていた。

 僕はといえば恐れの感情は一切なく、その神聖な美しさにただただ圧倒されたのだった。

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