第5話 背徳感

「私、『アルビノ』なんです」


 彼女が屈託のない笑顔で発したその言葉に、僕は眩む感覚を覚えた。

 そして頭の中で、スポンジが握られたようなジュっという音がはっきりと聞こえた。


 始業式を上の空で終えた僕は、逃げ出すように教室という名の元会議室を後にする。

 バスに乗っている間も、電車に乗っている間も、僕の心はどちらの振動より激しく揺さぶられた。

 わき目もふらず、いや正確には周りの景色が目に入らないまま真っ直ぐ家に帰ると、リビングの中にある不都合な階段を駆け上り、自分の部屋に飛び込んだ。

 後ろ手でドアの鍵を閉め、机に置いてあるノートパソコンでアルビノについて調べ始める。

 何故だかそれは、とてもいけないことをしているような気持ちになった。


 四月なのに、今年初の夏日になったとかのせいで、汗が頬を伝って机に落ちる。

 僕はそれに気づかず、パソコンの画面を見入る。

 それは自分なりに頑張って受けた中学の入試テストより、もっと集中して見つめていたように思う。

 アルビノというものを調べ、載っている記事や文章を見ていると、まるで彼女の日記を盗み見しているような感覚に陥った。

 調べながら、彼女の笑顔と彼女の言葉が頭の中でゆっくりと広がっていく。

 その広がりは、どす黒い僕の頭の中をほんの少しだけ明るくしてくれたような気がした。


「アルビノ(albino)は、遺伝情報の欠損により先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患のある個体である。

 体毛や皮膚は白く、瞳孔は毛細血管の透過により赤色や薄緑色を呈する。

 広く動物全般に見られ、白兎や白蛇が有名である。

 また外部から発見されやすく、自然界での生存は難しい。

 そのため、しばしば神聖なものやあるいは逆に凶兆とされ、信仰の対象として畏れられる。

 また、観賞用としても人気がある」


 僕は次に彼女に会うであろう登校日までに、できるだけ様々なサイトからアルビノについての情報を得ようと思った。

「何かを知ろうとする時、一つではなくいろいろな立場に立ち、いろいろな情報を得て、自分なりの見解を持て」という父の教えがあったからなのかもしれない。

 いろいろ調べても、僕なりの見解はまだ出してはいけないと感じた。

 今の僕にとってアルビノについて見解を持つことは、彼女への見解を持つことと同じことになってしまう気がしたから。


 ただ

「神聖なもの」

「凶兆」

「観賞用」

「生存は難しい」

 という言葉たちが、僕の胸に強くひっかかった。

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