第4話 出会い

 それは、僕が中等部三年のある朝のこと。


 いつもの通り二階にある僕の部屋からリビング階段を降りていくと、いつもの通り父が無垢材のダイニングテーブルセットで新聞を読み、いつもの通り母がアイランドキッチンで朝食の準備をしている。

 主婦になってから取ったインテリアコーディネーターの資格を思う存分に活かし、ほぼ自身で設計したこだわりのこの家を母は自慢にしていた。

 父は苦学生の頃からこたつに布団という生活をしていたから、この家を新築するときには和風なものを考えていた。

 でも、母はほとんど聞き入れなかった。

 子供とのコミュニケーションを豊富にするには玄関ホールから直接子供部屋に上がれるのは良くないと、おしゃれなリビング階段にした。

 狭い空間は子供の情緒の発達を妨げると、ダイニングを日差しがとてもよく入る吹き抜けにした。

 父はそんな母の要望を全て聞き入れたが、自分の部屋にだけには口を出した。

 その結果、父の部屋は天井の低い四畳半に掘り炬燵というものになった。

 僕はそんな狭い父の部屋が好きだった。


 父は毎朝、隅から隅までじっくりと時間をかけて新聞を読む。

 日本で一番売れている新聞と、世界で一番売れている新聞、その二誌を読むことを日課にしていた。

 それは「ネットでは自分の興味のある記事しか見ない。でも新聞は自分の興味がないこと、そして世の中の流れを知ることができる」という考えからであった。

「お前も日本のだけでいいから新聞を読め、センター入試にも出ることがあるんだから」

 朝食を家族みんなで食べながら、そうよくいわれた。

 僕は「そうだね、わかった」と作り笑顔で応えていたが、まだ自分の興味がないこと以外を知る必要性を感じていなかった。


 母の作る朝食は、毎回手の込んだものだった。

 これも主婦になってから取ったフードコーディネーターの資格の知識に基づき、体に(とりわけ頭に)良いといわれるものを使った料理を作ってくれる。

 朝食に前日の残り物が出ることはなかったし、それは僕と弟に毎日作ってくれる弁当にも同じことがいえた。

 僕はそれがごく当たり前のことだと思っていた。


 弟の学人(がくと)もいつもの通りひどい寝癖のまま起きてきて、目をこすりながら朝食の席につく。

 その頭を新聞越しに見ながら父は

「寝坊をしてはだめだ。

 時間を守れないということは他人からの信頼を、簡単に失うことにつながるんだぞ」

 と注意をする。

 学人も「そうだね、わかった」と僕と同じ答えを、僕より面倒くさそうにいった。

 中三の僕はまだなっていなかったが、中一の学人は反抗期真っ只中だった。

「痛ましい記事があるぞ」

 そういって、父は僕たちに新聞を見せる。

 僕はさも興味深そうに、学人は本当に興味がなさそうに、その記事を見る。

 そこには

「外国で続く『アルビノ狩り』」

 という記事が、涙を流しているアルビノの子供の写真とともに載っていた。

「魔女狩りのようなものが現代にもあるんだな。

 無教養が起こす悲劇だ」

 と父は感情を込めずにいった。

 アフリカのある国では、アルビノという白い肌を持って生まれてきた子供が不死身の幽霊であるとか、難病に効く薬の材料になるという迷信から殺されることがしばしばあるという記事だった。

「ばかばかしい」

 学人がいう。

 僕も同じことを思ったけど、口には出さなかった。

 そんないつもの通りの朝が、僕にとってアルビノの人間との初めての出会いであった。

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