第33話
「どうやったら生きることが楽しくなるか。考えたことあるか?」
「楽しく……。どうでしょうか」
「俺は、戦うことに快楽を感じる」
呼吸をしたり、食事をしたり。それは多分、生きていく中で当然の行動なんだろう。それを繰り返していけば、俺は生きていける。だが、そんなのつまらない。
どうせなら、自分が存在していることを実感したい。他者と力がぶつかる時、初めは痛みを感じた。皮がむけて、血が出た。いつしか、痛みが消えた。戦う度、自分の体が強くなっているように感じた。そうなってしまえば、あとはもう楽しみしか残らない。
でも、弱い奴を殴るのは好きじゃない。抵抗しないからだ。牙を向けてこないからだ。それは驚くほど退屈で、腹立たしさを感じることもあった。
「そのあたり、人間はつまらない。俺と同じ形をしてるくせに、すぐに戦うことを諦める」
「私たちは、逃げることを知っているからですよ」
「灯羽は逃げなかった」
そこが面白かった。灯羽は武器も持てず、大きな拳をしているわけでもない。だが、灯羽は俺の元へやってきた。
「たぶん、灯羽には俺の知らない強さがある」
人間が生み出すような鉄の武器ではない。大砲というなの道具でもない。灯羽は何かを持っていた。それがなんなのか、俺にも使えるものなのか知りたかった。
「精神論的なことでしょうか」
「せーしんろん?」
「心ですね」
「こころ……」
感情とか心臓とかとは違う。そういうものがあるらしい。形がなくて、どれだけ強いのかも分からない。
「守りたいとか、死にたくないとか。そういう気持ちから、力が湧き上がってくるんです」
「守り、たい」
それは、少しだけわかる。俺はくーを守りたかった。ずっと一緒にいたかった。くーを守れなかった俺の心は、弱いのかもしれない。
「最初から強いわけではないんです。きっと、たくさんの時間をかけて、私たちの心は強くなるんだと思います。だがら、くーさんの死はあなたの心を強くしてくれると思いますよ」
もしかすると、人間は体は弱くても心は強いのかもしれない。俺が暴れた街の人間は、知らない間に破壊された街で普通の生活を取り戻していた。怯えるくせに、その環境や雰囲気と共存しようとする。体が弱いからこその生きる術なのだろうか。
目の前にいる灯羽は、自分1人の命で街1つを救おうとした。それを強さと呼ばずにはいられない。
「でも戦わないやつはつまらない。俺はそこに生を感じられない」
「それは、強者のみに許された考えかもしれませんね」
「そうか?」
「はい。少なくとも、私はそう思いますよ」
そういうものか。納得は出来ても、不満が募る。諦めることで生きる道を見つけるのは、やはり理解ができない。
「もし、蛇ノ目さんが人間達の頂点に立ったらどうしますか?」
「? どういうことだ?」
「えっと、この街だけじゃない。もっと遠くの場所でも、私たちと同じように蹂躙したあとは、どうするかって……」
そうか。街はこれで終わりじゃない。5つの街を全て通ってきたということは、俺は1つの国を渡り終えたのか。それで、もっと他の国でも暴れ尽くしたら……。誰も闘争心を見せなくなったら……。
「たぶん、死ぬだろうな」
「え?」
「退屈は嫌いだ」
「退屈、ですか?」
誰もが俺を恐れ、ただ俺の影の中で頭を下げ生きるようになったのなら、それは俺の存在の終わりだと思う。他者に怯えられるだけの存在はつまらない。
誰かが武器を取り、俺に抗おうとする。そうすることで、俺はもっと強くなれる。
火を使うなら焼けない肌に。
鉛をぶつけるならより固く。
速い弓には、それよりも素早い足を。
眠る暇もないほどの貪欲さを俺は持っているんだ。あれもこれも全てが欲しい。そうして俺は強くなる。
「蛇ノ目さんは、常に進化を求めるのですね」
納得したように見せて、灯羽の目は動揺に染まる。そこまで理解できないような話だろうか。
そこらの犬は、餌にありつけない群れの下っ端狼が人間から食料を貰えるように小さくなるように進化した。乾燥した大地を動くために四肢を切り離した爬虫類がいる。それと同じことだと思う。
弱ければ死ぬ、退屈だと死ぬ。常に生を求めるからこそ、俺は今を手に入れた。そして、この先も進化を続ける。
「そういう普通の話だ」
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