第32話


「はい、私の勝ちですね」

「これ難しいな」

 この街が、蛇ノ目に蹂躙されて3日後。静寂が訪れ、街の人々は警戒しながらも、日常を取り戻そうとしていた。

 蛇ノ目は、灯羽の自室に通い弾石だんせきという遊びを教わっていた。

 弾石は大小様々な石を枠内ぶつけ合い、直前に動かした石とぶつかった石の間に指を通過させ、点数を稼ぐ遊びだった。通過出来れば自分が動かした石の大きさに付いた点数がもらえる。失敗すれば、点数は相手に渡される。小さい石は点数が高く、大きい石は低い。大きい石で防御するもよし、小さい石で果敢に攻めるもよしだ。

「灯羽は小さいのででかい石を動かせるからすごい」

「コツがあるんです。蛇ノ目さんは、細かな力加減が苦手なようですね」

 こうして平穏な時間を過ごしているが、3日前、多くの兵と街の中心人物たちが死んだ。

 灯羽は悲しまなかったし、とくに関心もなかった。街の人間に修復の指示を出し、あとは蛇ノ目との会話を楽しんだ。


「六呂さんは、彫り師だったのですね」

 蛇ノ目の体に入った入れ墨を見ながら、灯羽は六呂の話を聞いた。白史で死んだ六呂の体は、もう砂になっていることだろう。

「白史は、とある生き物から始まったんです」

 蛇ノ目が白史について興味があるように見えたため、灯羽は詳しい説明を始めた。


 白史。初めは鳥だった。正しく言えば、鳥についた虫からだった。白く、子供の小指程度しかないその虫は、最初は誰にも気づかれなかった。

 その虫を、医学者は白蛾と名付け、徹底的に調べた。白蛾は毒を持っていた。噛まれることでその毒が、生き物へ移る。ただ、噛まれただけでは毒は効かなかった。なぜ、大人ばかりが発症するのか。原因は酒にあった。

 白蛾の毒は、酒に反応し猛威を振るうようになる。酒好きの大人は白蛾の毒にどんどん体を侵され、死に至った。

 実は、六呂は酒好きではなかった。しかし、入れ墨を行う道具の洗浄や消毒に酒を使うことがあった。酒が手に入らなくなり、消毒に火を使うようになると、彼の白史の進行は速度を落としたのだ。

 白史を治すための薬は、白蛾の巣にあった。それは、白蛾たちの卵だった。人には毒でも、卵には栄養に変換される。産まれる前の白蛾は薬であった。それをすり潰し、煮ることにより治療薬が出来上がった。

「今でも、薬師たちは白蛾を飼い、薬を作っていますよ。まぁ、この街では白蛾自体を殺す薬もできたので、もうほとんど用はなくなりましたね」

「元を断つって言うんだろ?」

「そうですね」


 ふと、灯羽は蛇ノ目の髪色が気になった。普段は骨を被っていることが多いため、かぱりと上顎部分を上げて、顔を出しているのは珍しい。蛇ノ目の髪は白に灰色を多く混ぜたような色をしている。くすんでいるように見えるが、金の瞳を引き立てる良い色だった。

 それは、白史にかかった人間の特徴にも似ている。だが彼の体は健康そのもの。健康すぎるぐらいなのだろう。

 もしかすると、単純にそういう特徴があるだけで、白史とは何も関係がないのかもしれない。この街のことしか知らない自分が、彼の存在について思考をめぐらせるなど、おこがましいとも言えるだろうか。

 それに、彼を例えるなら病原体などではなく、嵐と言うだろう。抗えない力を見せつけ、私たちを蹂躙していく。まさしく天災だ。

 どんなに文明を発展させても、それを凌駕する力を、蛇ノ目さんは手に入れるのだろう。


「蛇ノ目さん。蛇ノ目さんは、どうしてそんなに強いんですか?」

「あ?」

「我々人間が、束になっても勝てない。あなたはどうやって、そんな力を手に入れたのですか?」

 単純に知りたかった。彼の強さの秘密を。知ったところで、それは無意味に終わるのだろう。彼の強さの秘訣など、私に理解出来るはずがないのだから。

 蛇ノ目さんは、眉間に皺を寄せ深く考え込んだ。どうやらこの問いは、彼にとって難しいものだったらしい。傍らに置いた、大きな骨をひと撫ですると、ようやく答えた。

「それが生きる理由だからだ」

「生きる理由、ですか」

「ああ」

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