第31話

 蛇ノ目さんの姿が見えた。彼の腕は、まるで鋼で出来ているように硬いのだろう。ぶつかった兵は、短い悲鳴を上げながら横へ吹っ飛んでいく。

 目の前から兵が減り、蛇ノ目さんが遮られずに視界に入る。そして、握られた鉄球のような拳が飛んできた。そして、目の前で停止する。

「危ねー、どうしたんだよ、灯羽」

 だらりと腕を下げ、蛇ノ目さんは何事も無かったかのように話しかけてきた。その様子に、笑いが込み上げてくる。


「領主というのは、この街を治める人のことです。だから、宗様はこの街で2番目に偉い人、ということになりますね」

「なるほどなぁ。じゃあ1番はどこにいる?」

「あそこです。少し高い建物があるでしょう?あそこにいます」

「へー。今まで見た中で、1番固そうな建物だ」

 骨をずらし、塔を眺める。確かに、あそこは何度か建て直され、その度に強く豪華になっていた。私も初めて見た時は驚いたものだ。

「灯羽、なんか疲れてるな。大丈夫か?」

「そう見えますか?」

「ああ。六呂もよくそんな顔してた」

 また六呂か。蛇ノ目さんの親かなにかなのだろうか。何にしろ、彼とまともに話した数少ない人物の1人なのだろう。

「蛇ノ目さん、私を殺してくれませんか?もう、この街に忠誠も関心も、僅かな興味すら湧いてこない」

 こんな中途半端な人間を父も宗様も許さないだろう。むしろ今後、蛇ノ目さんと繋がっていたと怪しまれ、八つ当たりのように殺されるはずだ。

「嫌だ」

 だが、蛇ノ目さんは私の願いは聞き届けなかった。

「言ったろ、灯羽と話すの楽しいって」

 ちょっとどいて。そう言って蛇ノ目さんは私の体を投げた。それと同時に、強い衝撃音がする。まさか、もう運んできたのか。地面と自分の体がぶつかるのと同時に、黒光りの大きな武器が目に入る。

 

「ヒャハ」

 兵士の期待に混ざって、何かが聞こえた。

「ヒャハハハハハ!!」

 それは、間違いなく蛇ノ目さんの笑い声。不気味で無邪気で、恐怖を煽る笑い声だ。

「もう1発だ! 早くしろ!!」

 その笑い声に見事煽られた宗様は、狙撃手たちに指示をとばしている。蛇ノ目さんの近くに跳んできた鉛が転がっている。それは確実に私も巻き込むつもりだったのだろう。

 ここにはまだ避難できていない民がいるかもしれない。それなのに彼は躊躇うことなく大砲を使用する。

「なにそれ、面白いな」

 蛇ノ目さんは次の弾を待つようだ。あんなの真正面から受けたら、さすがに死んでしまう。

 ドンッという爆発音の後、黒い弾が放たれる。大人の男性2人でようやく運べる重さだ。それが、火薬の弾ける勢いに合わせてとんでくる。止められるはずがない。

 蛇ノ目さんは、弾が届く直前に上へと跳び上がる。一瞬の事だったため、見間違いかもしれないが左手を弾に添えた気がした。そのせいか、弾は蛇ノ目さんの真下に落ちる。

「なんだ、終わりか?」

 つまらない。そう言うように吐き捨てた。余裕な蛇ノ目さんの様子に、再び悲鳴が広がっていく。


 

 あっという間に残りの兵も蹴散らしてしまった。不思議なことに、逃げていく兵を追うことはなかった。そして、腰を抜かした宗様の前に立つと、じっと見つめたあと首辺りを掴み、荷物のように持ち上げた。

「灯羽、ちょっと行ってくるからそこにいろよ。灯羽とは話し足りないからな」

「灯羽! 灯羽、私を助けろ!! 頼む!!」

 馬屋を覗き込んだ蛇ノ目さんは、ひとしきり楽しんだ後の爽快感を滲ませながら言った。その側で怯える宗様とは正反対の様子に、異質さを感じながらも、どちらが正しいのか判断ができなかった。

「灯羽ぁあああああ!!」

 宗様の声が遠ざかる。きっと、領主の所へ行くのだろう。何をするつもりなのか、それはもうどうでもよかった。

「ちょっと、疲れたな……」




「いたぞ!!」

「よし、連れて行くぞ!」

 意識を飛ばしていたようだ。気がつくと、兵が私の両脇を抱え馬屋から出てきた。

「こいつを人質にしろ! 奴は領主様の所へ行ったぞ」

 人質?どういうことだ。私は、この街のために尽くしてきたというのに。

 ああそうか。きっと、蛇ノ目さんと親しく見えたのだ。蛇ノ目さんよりも、この者たちの方が化け物に見えた。いや、この状況になればこうするしかないというものだろう。

 乱暴に運ばれ、たどり着いた先は領主邸の応接間だった。安堵した表情を見るに、これは父の指示らしい。


「灯羽?」

「化け物! こいつを殺されたくなければ、今すぐ降参しろ!」

 宗様は気絶している。周りには、護衛の兵士も倒れていた。恐らく、もう死んでいるのだろう。

 裏切り者のように殺されるのなら、無理にでも蛇ノ目さんに殺されておくんだった。

 首元に構えられた剣が少しくい込んだ。血が垂れた時、傍らの兵が消えた。

「それはダメだ」

 それは稲妻の嘶きのようだった。頭が潰れ、息を引き取った兵をメリメリと壁に押し付けながら、蛇ノ目さんが怒っている。

「灯羽は俺の縄張りの生き物だ。俺が殺す、俺が食らう。お前にその権限はねーよ」

 私を押さえていた兵は剣を落とし逃げ出した。だが、それを見逃さず、頭の潰れた兵を投げつけた。逃げ出した兵は、人がぶつかった勢いで倒れ、顔面を思いっきり床にぶつけた。

 いつ切ったのだろうか、頭から血が垂れてきた。ずっと前から切れていたのかもしれない。ようやくそれに気がついた。

「決めた、ここにいる奴らはみんな殺す」

 彼の視界には私が入っていなかった。最終的にどうなるにしても、もう何もしたくない。赤い幕の垂れた左目が少し痛む。

 赤の中、更に濃い赤をまき散らして、蛇ノ目さんが笑っていた。

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