第30話

 蛇ノ目は東街の正門を叩いた。訪問を告げる軽快さはない。太い木を二重に固めたそれを少し力を込めることで叩き割った。

 灯羽の行方を見守っていた巳早が報告したため、門の近くにはすでに兵たちが集まっていた。

「いいね、そういうの期待してた」

 蛇ノ目は殺意を向ける兵たちを見て、口角をこれでもかと上げた。外していた骨を被る。呼吸から全身へと感覚が研ぎ澄まされていく。

「死ぬ気で来いよ、殺してやるから」



 馬に乗り、急いで街に戻った灯羽が見たのはおびただしい赤。門付近では、もうすでに息を引き取った兵が転がっていた。視線を奥に向ければ、蛇ノ目が戦っている。威勢の良かった兵の中に、ぽつりぽつりと恐怖を露わにしていた。

 灯羽は馬を街の裏にまわらせ、領主の元に急ぐ。戦況が伝わっていないかもしれない。

「宗様!」

「灯羽。どこに行っていた」

「街で暴れている男と交渉を……。申し訳ありません、結果はこの通りです」

 やはり、戦っている兵からの伝達はまだ来ていなかった。兵は全員、蛇ノ目の強さに圧倒されそこまで思考が回らないのだ。

「警備兵だけでは足りません。どうか、ここにいる兵たちも動かしてください!」

「何を言う。たかが男1人、そこまでする必要があるのか」

 この期に及んで、この人はまだ蛇ノ目を見くびる。灯羽は怒りを感じながらも、なんとか説得しようと言葉を続けた。

「今戦っている兵たちはもう半分以上がやられています。このままで、街に更なる被害が出てしまいます!民を守るためにも、どうか!!」

「……わかった。父にも話す。まずは私の権限で動かせる兵を出せ」

「かしこまりました」

 ようやく事の大きさに気がついたのか、宗は決断を下した。次期領主に与えられる近衛兵たちも実力者ばかり。規模は小さいが弱くはない。指令を受け、すぐさま動き出した。

 また、それと同時に門近くから兵が命からがら戻り、戦況を報告する。それを聞いて、ようやく領主たちも行動を開始した。


「灯羽、私たちも行くぞ。兵たちの士気をあげる」

「はっ」

 剣を腰に下げた宗は、10名ほどの兵を連れて動いた。別働隊も他の方向から蛇ノ目の方へと向かっている。

 彼らがたどり着いた先では、砂埃の中、楽しげに拳を振るう蛇ノ目が待っていた。骨の奥に金の瞳が光っている。骨の鼻辺りが上にむくとすぐに灯羽たちの方へ視線を送った。

「なんだ、あれは……」

「北街を滅ぼした男ですよ」

 だから言ったでしょう。そう言うように、灯羽は声を低くした。

「試作品だが、使うしかないな。大砲を持ってこい!」

「待ってください! 街中で使えば民に被害が出ます!」

 蛇ノ目の狂騒ぶりに宗はすぐ様、街の最大の力を出そうと動く。

「構うものか! あいつを殺すのが先だ!」

 数名の兵が動くのと同時に、宗たちの頭上を何かが通過し、動いた兵が踏み潰された。

「なっ、にが」

 灯羽も宗も何が起きたのか理解ができなかった。通過したものを確認しようと、背後に視線をやると骨を被った男がしゃがみこんでいる。


「灯羽〜、来たのかよ」

 顔だけを少し後ろに向け、蛇ノ目がこちらを見た。灯羽の背にはヒヤリとしたものが伝っている。

「そいつ、ここの偉い奴か?」

 蛇ノ目は宗を指差し尋ねた。灯羽は答えるべきかどうか悩み始め、口を開く前に宗が叫んだ。

「私は東街次期領主!即刻、この街から立ち去れ、化け物め!!」

「りょーしゅ?それって、首領と同じか?」

 ようやく動きを止めた蛇ノ目に、兵たちは武器を構え直す。体勢を建て直した兵が弓をかまえ、息を合わせて放った。降りかかる矢を避け、薙ぎ払う。刺さった数本は痛みを感じる気配も見せずすぐに抜き去る。第二波は1つも矢を受けることなく、目元に飛んできた矢を左手で掴んだ。

「うるせえな。いま話してんだろ」

 バキッと音を立てて矢を割ると、姿勢を低くし弓兵の元へ跳んだ。獣の尾のように足が伸びて、一気に兵を蹴り飛ばす。怯んだ所を見逃さず、急所を的確に狙ってねじ伏せた。


 宗たちの周りはすぐに兵で固められるが、先頭から蛇ノ目によって倒されていく。苦痛に耐える、嘆く声がどんどん近づいてきた。

「化け物だ……。あれは、人ではない」

 震えた声が隣から聞こえ、灯羽はそちらへ顔を向けた。だが、やはり灯羽の体は震えない。蹂躙するあの獣が、恐ろしいとは思えなかった。幼い子供のようにただ楽しみ、暴れる姿が美しいとすら思えた。

 自分は壊れているのだろうか。街への忠誠が揺らいでいく。あの獣がここを破壊してくれたら、もっと綺麗な街に生まれ変わるのではないかと感じてしまった。いらないものを削ぎ落とし、豊かさに溺れない堅実な街へと。

「灯羽、灯羽どうすればいい……。あれでは父上も勝てない。このままでは、私たちも危ないのだ!」

 縋るような宗の瞳。先程まで威厳を保とうと張り切っていた姿はなかった。

「奴はお前の名を呼んでいた。親しいのか!?ならばあれを止めろ!命令だ!!」

 蛇ノ目の進行と共に、恐怖も近づいてくる。宗は焦り、汗を滲ませながら半狂乱になりながら叫んだ。天災を乗り越えたと言っても、戦など経験がない。しかもここまで圧倒的な力を見せつけられることなど皆無だ。

「おい、役立たず!!さっさと行け!!」

 灯羽はふらりと歩き出す。視界の端に逃げる兵も見えた。自分は覚悟を決め、1人で蛇ノ目の元に行った。蛇ノ目が来る前から警告をした。民のことを考えず、彼は大砲を持ち出すつもりだ。もっと万全な対策があれば、こうも一方的にはならなかっただろうか。いま考えても仕方がない。

 だが、心の底から悲しいと感じた。

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