第28話

頭が切れたらしい。赤い幕が左側に降ろされた。幕の奥で、男がニヤリと笑っていた。





――

この街は豊かだ。

それは誇りに思っている。


しかし、勝利というものに慣れすぎてしまった。


怠惰な人間は領主の周りにはいない。街を運営していくため、日々努力を惜しまない方たちばかりだ。だからこそ、日頃の自分を過信し、危機感を無くしてしまっている。


巳早から渡された報告書には、件の男が、再び北街に訪れた、というものだった。男の強さを知る北街の人々は、男を追い出さず、刺激しないよう静かに過ごしているようだ。

男は何を求めるのか。何のために街を移動するのか。渡り鳥のような規則性もなく、男の強さと不気味さだけがあちらこちらに蔓延している。まるで病のような男だ。どこからともなく、原因もわからず現れ人々を苦しめる。撃退法があるならば、それを行使するが今までの街にそれはなかったようだ。いや、あったのかもしれない。しかし、奴は変異しそれに打ち勝ったのかもしれない。


「それを、私たちで止められるのか?」

 私が動かせる戦力など、たかが知れている。だが、何かあってからではもう遅い。恐怖に呑まれ、我々はただそれが過ぎるのを縮こまり待つしかないのだろう。


「宗様、例の男についてのご報告を」

「鍛錬中だ、後にしてくれ」

 木刀を振り回し、師範と打ち合う我が主。その姿は次期領主としては正しいものなのだろう。しかし、彼の中での優先順位は自身の鍛錬の方が高くなる。それが街を守ることに繋がると考えているからだ。もちろん、その姿勢を否定するつもりは無い。だが、彼の鍛錬1つで、あの男が止められるとは思わないのだ。

 この報告がこちらに届くまで、あの男はどう行動していたのか。奴は馬を使うのか。それとも己の足でどこかへ赴くのか。


「待たせたな。報告を聞こう」

 しばらくして、宗様は汗を拭いながら私の前にやって来た。例の男が北街にまた現れたのだと説明すると、宗様は呆れたように1つ息を吐いて視線を向ける。

「なんだ、それだけか」

「それだけ?宗様、奴はこちらに向かっているのかもしれないのですよ」

「わかっている。だが、たかが男1人に怯えてどうする」

 宗様は、自身の本音を語り始めた。恐らく、彼がずっと思っていたことなのだろう。

「街を1人で壊滅?そんなもの、噂に噂が重なっているだけだ。馬鹿馬鹿しい」

「しかし、部下の報告にも……」

「暇つぶしに誇張してみせただけだ。最近は攻めてくる輩もいなくてつまらんからな」

 ああ、やはり。この方も囚われている。勝利の元に訪れた平和に酔いしれている。あなたが勝ち取ったわけではないのに。たまたま高貴な身分で生まれただけなのに。その立場にすっかり思考を支配されている。

「もし仮に男がこの街に来たのなら、開発中の大砲とやらを打ち込んでやればいい」

 鉄の玉を小さな爆発で筒から吹き飛ばす武器。開発者たちが熱心に作っている代物だ。もうすぐ完成というところまできたそれは、最近街で1番の話の種にされている。街を壊滅させた男が、鉄の塊ごときでおさまるのだろうか。その結果を確かめる日は、案外すぐにやってきた。3日後、見張り塔の男から知らせが舞い込んだ。

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