第27話

『強くあれ』

思い出せるのはその言葉だけ。両親だと思っていたアレは、本当に両親だったのか。きっとアレらは蛇ノ目が死んでも泣きはしない。蛇ノ目が死んでも怒らない。沙耶の親とは大違い。

だからといって、羨ましいわけではない。自分のそれは、そういうものだろうし疑問も抱かない。今までは視線を向けたことは無かったが、親子、という関係はずいぶんと深く繋がるようだ。


正街を出る時、蛇ノ目に向かって石を投げた人間がいた。年老いた女だった。息子を返せと泣き叫んでいた女は周りの人間に止められながらも、俺に向かって襲いかかろうとしていた。誰の親かはわからない。告松かもしれないし、それ以前の奴らか。

誰かが死んで悲しい。その気持ちはよくわかる。だが、もしかするとあの女の息子は俺に敵意を向けたかもしれない、くーを殺したかもしれない。それならば俺に殺されて当然だと思う。



「お前の息子なんか知らねぇよ。弱いから死んだ、それだけだろ?」

たいしてでかくはない声だったと思うが、聞こえてしまったようだ。耳の奥に響く女の掠れた叫び。それは門が閉ざされる音でかき消された。



ザクザクと足元が音を立てている。手にした何日か分の食料の匂いがわざとらしい。腹が減る、喉が渇く、眠い、俺を構成する気持ちというのは、至って単純だ。

人間は普通、感情に縛られるらしい。喜怒哀楽を軸に、複雑な思いが辺りを取り巻いている。それは、俺には理解出来ず、なんとも煩わしいものだった。

生きる、それだけを考えて動く野生の獣のように、心に快楽を求めている。その方がずっといい。楽だし、面倒くささがない。


「それが面白いのかもな」

独り言。音に首を傾ける相棒の残像がそこに見えた。クルっと喉を鳴らし、同意してくれるだろう。六呂がいれば、変な話を聞かせてくれるかもしれない。奴の手は、奇異なものを生み出し、その口は俺の知らない物語を作る。六呂を殺した白史という病。北や東の人間であれば怖がる必要のない凶器だ。

北と東以外の街、その間には埋めきれない何かがある。それを人間は自分の運命と肯定するのか。

 

弱者が集い、生きながらえようと必死にもがく姿が好きだ。滅びた西の人間はどのように抵抗したのだろうか。正街は1人の強い人間に執着する。それが無くなってしまえば、あとは情けなさだけが残るばかり。

だが、南街のような街もある。あそこには強さではなく、利益があった。だから誰も滅ぼさない。俺も、あの街はそれなりに気に入っている。暮らすには、少し退屈だが。

北も東も、おそらく最初から全てを持っていた。探さなくとも、権力と武力がそこにあった。だからあいつらの暮らしは豊かなんだ。どこかで、男がそう騒いでいた。


他者はその2つの街を羨ましいと感じる。果たして、そこまでの魅力があるのだろうか。

北は嫌いだ。いつか全てを滅ぼしてしまいたい。だがきっと、あそこも正街のように、俺に怯え武器のひとつも手に取らないだろう。それはつまらない。ひどく退屈なんだ。


望むのは血を流し合う喧騒の反響。誰もが俺の死を望む愉悦。

それがそこにあるのだと、胸が高鳴っていた。


「期待を裏切らないでくれよ」

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