第22話

くーの頭蓋骨は蛇ノ目が常に身につけていられるよう加工された。後頭部は蛇ノ目の頭に馴染むように首元まで添え木が足され、帽子のような形となる。顎からおでこまでの部分が上へと稼働できるよう、頬骨あたりに挿し木をしてある。形はそのままであるが、被ってもズレてくるようなことがなくなった。


「助かった。今度獣の骨でも持ってきてやるよ」

「それはありがたいな。また来な」


蛇ノ目はさっそく骨を被り、顎を下ろした。しっくりくる視界に心が落ち着いた。先程の場所にはもう沙久たち夫婦はいない。涙のあとすらも乾いている。蛇ノ目は黒馬を受け取り、ひらりと跨った。



2日馬を走らせると、蛇ノ目は西街にたどり着いた。かつて訪れた時はまだまばらに人がいた。しかし、今の西街には人間という生き物は存在していなかった。ネズミの這う音が微かに耳を撫でる。ここは人も街も死んでしまったのだろう。こんなところでは休めない。蛇ノ目は良くても、馬が限界を迎えてしまう。もう少しだけ、馬の足を動かし、蛇ノ目はくーと歩いた森に入った。


近くの街が消えたおかげか、森は以前より潤っているように感じた。森の水を人が引くことも無く、森の生き物を人が狩ることも無い。弱肉強食の一角が消えれば、それに応じてまた生態系は別の形をとる。その結果が、この豊かさであった。

夜を明かし、日が昇ってから蛇ノ目は再び、正街へと動き出す。しかし、森を抜ける直前、蛇ノ目は馬の背からひらりと降りた。



「ここからはお前は必要ない。この森か、どこか自分の住処を見つけろ。この森にはお前と同じ生き物だっているからな」

首をぽんと叩き、蛇ノ目は街の方角へ進む。蹄の音が遠ざかり、馬が森を選んだことを感じた。





その日、見張り塔にいる兵士は、長い影を連れながら歩く男に気がついた。上質な着物を着ているが、男から気品は感じられない。それとは別に獰猛な獣を前にしたような畏怖が襲いかかる。まだ距離は離れているというのに、見えない男の眼光が自分を射抜いているようだった。

男は弓に自信があった。だからこそこの見張り塔を任されているのだ。弦を張り詰め、まずは男の足元付近を狙う。男は地面に突き刺さった矢に動じることなく、1度動きをとめた。


「何者だ!ここは正街、許可なき者は立ち入ることは出来ない!それ以上我らが領土に近付けば、次はその足を射抜くぞ!」

見張りの男が声を張ると、他の兵士が反応し、指導された通りに動く。見張りの役目は、防衛の準備が整うまで時間を稼ぐことでもあるのだ。


男は蛇ノ目の動きを警戒し、2本目を用意する。蛇ノ目は足元の矢に手をかけ地面から引き抜いた。そして、矢を右手に持ち体ごと大きく後ろに反れる。男は蛇ノ目の行動が理解出来ず、戸惑ってしまう。しかし、そんな男の頬を矢が掠めた。

この矢はどこから来たのか。蛇ノ目に視線を戻すと、その手には先程握っていた矢は、存在していなかった。


まさか、投げたのか?あそこから、自分の立つこの場所まで……?そしてその矢が頬を掠め、赤い筋を生み出したというのか?


男は転げ落ちるように見張り塔から逃げ出した。叫びながら、恐怖から逃げ出した。

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