第21話

蛇ノ目は馬に乗り、南街を目指していた。日々を無気力に過ごすうち、蛇ノ目はまた退屈を感じ始めていた。しかし、何かをする気にも慣れない。そこで、自身の耳に着いた耳飾りに気が付いた。いつも抱えているくーの骨も、こうやって身に付けられればいい、ふとそう思ったのだ。


南街には蛇ノ目が立ち寄った店の他にも、装飾品を扱う店があった。どこかで骨を加工し、身につけられるようにしよう。


蛇ノ目は、その夜最後の食事を終え、近くにある厩に向かった。そこに大きく、足の速い黒馬がいることを覚えていた。その馬は、この街の兵士長の者だったが、兵士長はすでに、あの夜に蛇ノ目が亡き者へと変えてしまった。囲いを放り投げ、黒馬の元まで行き、優しく首に触れた。


厚く強い体、そして、その黒馬の持つ体温は、くーにはなかったものだ。蛇ノ目が着いてくるように黒馬の首に手を添えたまま歩き出すと、賢い黒馬は歩幅を合わせながら蛇ノ目に従う。



厩から一番近い扉を使って、蛇ノ目は国の外へ出た。背の高い馬に飛び乗り、軽く足で腹を蹴ると、馬は即座に駆け出した。風が耳をかすめ音を残していく。くーの背に乗っていた時よりも、その音は大きく鋭かった。しかし、くーの背よりも安定している。くーには無いもの、そればかりが気になる。だが蛇ノ目が求めていたものではない。








まる2日かけて、蛇ノ目は南街へ辿り着いた。馬を預け、宿に泊まり夜を過ごし、次の日は朝から装飾品を取り扱う店を回った。どこも販売が専門で、加工を行っている場所がなかなか見つからない。


6店舗目も不発に終わるが、そこの店主がいつも仕入れている工房を蛇ノ目に伝えた。蛇ノ目はさっそくその店を訪れ、くーの頭蓋骨を差し出したのだ。


「こりゃあでかい角だな。なんの動物だ?」

「くー」

「くー?聞いたことないな。まぁいい、どんな風にしたいんだ?」


店主は差し出された骨の大きさと硬さに驚いたが、根っからの職人なのか、さほど興味はなかったようだ。



「それで、どう加工するんだ?」

「形は変えたくない。常に身につけておきたい」

「被るのか?」

「ああ」


店主はどう加工するのか決めたのか、深く頷いた。どうやらさっそく作業に取り掛かるようだ。


「金はない。支払いはどうすればいい」

「なんだ、あんた金はねぇのか?」

「ああ」


もともと金銭に興味のなかった蛇ノ目は領主を殺しても財産に手をつけることはなかった。力を見せれば、誰もが蛇ノ目に商品を明け渡したからだ。以前南街に来た時は、正街の首領から渡された金を使ったが、それは使い切る前にどこかへ落とした。


「まぁ珍しい骨が加工できるからな。今回は要らねぇよ。しばらくしてから取りに来な」

「わかった」


蛇ノ目は店を出て、日当たりの良い広場へと向かった。商人たちの声が混ざり合い、賑やかな場所だった。いつもの蛇ノ目であればこんな場所は選ばないが、ここからは骨を預けた店がよく見える。用事のない蛇ノ目はただぼっーとその店を見つめていた。




数十分してからの事だった。蛇ノ目の耳に、怒りだけを含めた声が届いた。それは明らかに蛇ノ目に向けられたものだ。


「あんた!どうしてここにいるんだい!!」

その声には聞き覚えがあった。しかし、こんなにも威圧感のある声色だっただろうか。


「あんたが、あんたのせいで沙耶はっ……!!」

声の主は沙耶の母、沙久であった。最後に見た時よりも痩せこけ、白髪も増えている。横には沙久を宥めるように夫が立っていた。


「お前らこそなぜここにいる」

「それもこれも、全部あんたのせいよ!」

沙久は怒りと悲しみから声をふるわせ、それ以上は何も言わない。代弁するように、夫が声を発した。



「蛇ノ目さん、あなたが正街を出たあと、八賀殿の側近だと言う男が、うちに押しかけてきたんだ。あなたを庇った罪だと言って私たちの前で沙耶を殺したんだよ」


八賀の側近、告松という男は蛇ノ目が騒ぎを起こした時、重い病のため医療施設で寝込んでいた。騒ぎを知ったのは八賀が亡くなった後である。告松にとって八賀は兄同然の存在であり、ずっとその背を追いかけていた。告松は仇を打とうと動き出したが、首領である宝泉にとめられ、それは叶わなかった。しかし、蛇ノ目が正街を去って数日後、宝泉からの抑制もなくなり、告松は復讐の念を沙耶に向けたのだ。戦えなかった、看取れなかった鬱憤を幼き沙耶へと向けた。沙久たち夫婦は、告松に街を追い出され、涙を溢れさせながら、道無き道を進んだ。そして、心優しい商人に拾われ、ここまでたどり着いたのだ。


「あんたさえいなければ沙耶は、沙耶を返してっ……」

沙久はとうとう崩れ落ち、乾いた大地を湿らせる。蛇ノ目はその様子を見てもなんとも思わなかったが、沙耶にも沙久にも世話になったのだからと、ある提案をした。


「俺にどうして欲しい」

「……あの男を殺して。沙耶を切りつけたあの男を……。そして、あなたも共に死んでしまえばいいわ」

「俺が死ぬかはその男次第だ。だが、告松って奴は、俺が殺してやる」

そもそも、沙耶が死んだのも、この2人が街を出たのも、俺のせいではない。蛇ノ目は少し怒りを含んだ声で言った。


「生き物はみな強い者が生き残る。弱いから奪われる。お前らの常識は知らない。俺に情を求めるな」

「非道な人間ね……」

「間違えるな。俺は人間とは違う。力も欲も何もかも、お前らと同じになることはない」

だが、沙耶が殺されたことは少し腹立たしい。自分の縄張りが荒らされた気分だった。


「もし俺に死んで欲しいなら殺しに来い」

先程から店に響いていた作業の音が止まった。蛇ノ目は沙久たちの横をするりと通り過ぎ、店へと向かったのだ。

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