第18話


北街は防衛に力を入れている。知識を集約し、武器を用意し、兵士を雇った。大切な知識は貿易に使うために、漏れ出さないように厳重に隠される。だがら、各分野の学者たちの家には、内線のような仕組みがある。


蛇ノ目の拘束から逃れた薬師は、棚に隠してあった紐を引いた。それを引くと、壁伝いにはわされた糸が鈴を鳴らしに近くの学者たちへ届く。それは緊急事態を告げるもので、連絡を受けた学者たちはすぐに衛兵へと連絡を回す。


鈴の音にも、近づく足音にも気が付かないほど、蛇ノ目の思考には靄がかかっていた。



「動くなっ!!」


研究室のドアを蹴破り、複数人の衛兵が姿を現した。蹴破った男は、反応してこちらを向いた蛇ノ目の顔面に、小さな玉を投げた。それは、対象の視界を奪う道具で、顔に当たった玉は弾け、赤い粉が舞う。蛇ノ目は目に強い刺激を受け、必死に袖で擦った。しかし、視界は回復せず、何も見えなくなる。


鼻が聞かず、頭が回らないせいか、蛇ノ目は衛兵たちの動きを読めずにいた。衛兵たちはそんな蛇ノ目に容赦なく剣を突き立て、縄をかける。


「があぁぁぁあああ!!」


転ばされ、貫かれる蛇ノ目は、威嚇の意志を持って吠えた。あまりの威圧に一瞬衛兵たちの動きが緩む。


「ああああああああぁぁぁ!!」


すると、1人の衛兵が蛇ノ目の首筋に棒を当てた。それは、内部に作られたモーターを回すことで、先端の金属に電気を溜めるものだった。この道具は、大きな獣などに使われる道具で、対象を気絶させるためには用いられる。


蛇ノ目にとって電気という力は初めてのものだった。気は失わずとも、頭がパニックになる。久しぶりに感じる痛みだった。



蛇ノ目の動きが鈍くなり、トドメを刺そうと衛兵が動いた時だった。


地鳴りのような音をさせて、排気口から怪物が姿を現した。


「グゥギァアアアア」

「ひっ!?」


それは、蛇ノ目の叫びを聞き付けたくーだった。剣を振りかざす衛兵に噛みつき、その体を半分にしてやった。血が滴る口をもう一度開き、牙が刺さらないように蛇ノ目を咥え、走り出す。入り口前にいた衛兵達を弾き飛ばし、くーは薬師の家を出て、街の中へと飛び出した。


「おい!あの赤い化け物を追え!あれは角羅だ!!」


薬師が逃げ出したくーを指さす。


角羅、正街にいたある男の予想通り、くーは絶滅したとされる生き物だったのだ。

角羅は圧倒的力を持った怪物。生まれた時は灰色の肌に赤黒い目を持っているが、成長するにつれ、目の色が肌に移り、目は黄金に輝く。その姿は正しく王者。強靭な肉体と太く思い角、群れることはなく、繁殖力も低い。子育てをしないため、成獣になるまで生きている個体も少ない。しかし、ひとたび成長してしまえば、その化け物を止められる者はいない。だがそれは、人が無力だった頃の話。今人間は、強靭な肉体を貫く鉄を、死に至らせる毒を持つ。数で攻めれば、殺すことなど容易であった。


そして、薬師が角羅を欲しがるのには理由があった。

角羅の体は万能薬。それは、昔から伝えられている事だ。肉は体を強く、血は傷を癒し、角を煎じて飲めば、どんな病もたちまち治ってしまう。薬師にとって角羅は、喉から手が出るほど欲しいものである。




くーは動かない蛇ノ目を咥えて走り続けた。どこか隠れる場所を、静かな場所を……だが逃げれば逃げるほど、兵は集まり、武器を構える。蛇ノ目を咥えたままでは満足に戦えない。しかし、大好きな蛇ノ目を放っておくことなど、くーには出来なかった。


「グキャア!!」


逃げ惑うくーの足に、大きな鉄の矢が刺さった。それは反対側へ貫通し、ダラダラと血を流させている。転んだ拍子に、口から蛇ノ目が離れてしまう。くーは足を引き摺って蛇ノ目の元へ急いだ。飛んでくる木と鉄の矢から、蛇ノ目を守るためだった。数本の鉄の矢が体に刺さり、攻撃が止むと、今度は剣を構えた兵が近付いてくる。


腹の下に蛇ノ目をかばい、くーは大きな尾を振り回し、兵を薙ぎ払う。怯んだ兵を牙で挟み、腹を貫いてから振り投げる。


「単独で行くな!一斉に仕掛けろ!!」


いくら強いくーでも、この数を相手にするのは難しかった。血を流し、意識が朦朧とする。くーが苦しさに唸ると、蛇ノ目がようやく状況に気がついた。


「くー……!」


自分の血以外で重く濡れた着物。その血で洗い流された視界。震えるくーの体。蛇ノ目は痺れを忘れ、くーに群がる兵を殴り飛ばした。

兵達の陣営が崩れた隙に、くーはまた蛇ノ目を咥え、走り出した。



「くー、やめろ!!」


左足にはまだ矢が突き刺さったまま。しかし、くーは先程よりも速く街を駆け抜ける。突然の行動に、兵たちは一度蛇ノ目たちを見失ってしまう。



街の奥、もう店仕舞いをした商店街の裏通りでくーは倒れ込んだ。蛇ノ目は投げ出された体を起こし、くーの元へ近づいた。


「くー、お前……こんな、怪我して」

「クゥキュア」

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