第16話


南街は商人が集まる街だ。異国のものが集まり、異国の歌が飛び交う。そんな中に、蛇ノ目が溶け込むのは簡単だった。着物を着る者、洋装の者、奇抜な格好をした者もいる。見たことの無い家畜もいる。店主が言うのはあの肉は無駄な脂がなく美味しいらしい。


この街の金は正街で使われていたものと同じだった。首領から貰い受けた給料を、持ってきていた蛇ノ目は簡単にその肉を手に入れた。今夜のくーの食事だ。活気のある街だった。西街に比べると驚くべき差である。

どうやらこの街の長は1人ではないらしい。商売の部門ごとリーダーを決め、各方面を統括、平穏なバランスを保っているらしい。蛇ノ目にはいまいち理解できない仕組みであったが、武器に慣れない商人達には十分な仕組みであった。


ではどのようにして街の防衛を行っているのか。もう一度言うがここは商人の街。天災前からこの街には、いろんな地方のいろんなものが集まっていた。それは武力も同じだ。放浪の騎士、戦争で負けた戦士、引退した老師。それらの知識、力を商人達は上手く利用したのだ。また、山賊達に取引を持ち込み、永住権と仕事を用意することで、地道に戦力を蓄えたのである。


蛇ノ目の興味はこの街の商品に向いた。自分のいまの力では、この街で暴れても、物足りなさしか感じないだろう。無事に街に入れたことから、争う気も起きていない。


食料品を売る通りを抜けると、今度は衣服や装飾品の通りへたどり着いた。キラキラと光宝石のようなもの、薄い布たち。それらは正街では見られなかったものばかりだ。


「これはなんだ?」


蛇ノ目の目に止まったのは、装飾品店であった。主に、顔周りの装飾品を扱っている。


「それは耳飾りです。耳たぶに穴を開け、このようにしてつけるんです」


店主の男は自分の耳を見せ、耳飾りの説明を行った。蛇ノ目が手に取ったのは金色の蛇の耳飾り。頭が下に向き、首元を曲げて、「し」のような形をとっている。


「異国のものですが、高くはありません。いかがですか?こちらで穴を空けられますよ」

「ああ、頼む」


代金を払えば、男は消毒した針を蛇ノ目の耳たぶへ刺した。ぷくりと赤い玉ができるが、蛇ノ目は気にすることなく、耳飾りが自身の耳に付けられるのを待った。


「こちらになります。よく似合っていますよ」

差し出された鏡には耳飾りを付けた蛇ノ目がいる。蛇ノ目の動きに合わせて小さく揺れる耳飾りが思いのほか気に入った。


体中に蔓延る入れ墨、蛇を模した耳飾り。蛇ノ目の姿はまさに物語の悪役といったところだろうか。




街を一通り歩いて、蛇ノ目はここにくーに似た生き物はいないと決めた。正街や西街にはいなかった家畜や愛玩動物はいたが、どれもくーとは似ても似つかない。

この街に長居する理由はない。くーも流石にこの街には入れないだろうし、強い獲物がいない環境はすぐに飽きてしまう。




「あんた、旅の人かい?」


くーの元へ戻ろうと、南街の門を通り抜けようとした時、門の近くにある骨董屋の男が声をかけてきた。


「そうだ」

「どこから来た?」

「正街よりさらに果て、土地に名前などなかった」


男は正街より遠くと聞いて、目を見開いた。座っていた椅子から腰を曲げながら立ち上がった。


「なら、途中で町につかなかったかい?正街の前にある町だ」

「1つある」


男は縋り付くように蛇ノ目の近付く。害がないからか、蛇ノ目は触れそうなほど男が近くに来ても振り払おうとはしなかった。


「そ、そこに……そこに人はいなかったかい?六呂と言うんだ」


自分以外からその名を聞くとは思っていなかった。六呂がいなくなってもう随分と経つが、その顔や仕草、声を忘れたことは無かった。


「いた」

「そ、そうか!!」

「だが、死んだ。髪が白くなって、痩せ細って死んだ」

「……死んだ。そうか…死んでしまったのか」


男は力なく、元いた場所に座り込んだ。先程よりも小さな声で、ぶつぶつと話を続ける。


「……あいつはわしの友人だったんだ。年は離れていても、気の合ういい仲間だったんだ。そうか、やはり他の者と同じ病で」

「やまい?」

「病気のことさ、あの町の人間は多くの人間が同じ病で死ぬ。原因も病の名すらも知らなかったがな」

「どこに行けばわかる」

「どうだろうな……この街には同じ病の人間はいないが。もしかすると、北街ならば」


淡々と質問に答えた男は、喪失感に支配されていた。男は去っていく蛇ノ目の姿も捉えず、空を仰いだ。


「1人で逝くことはなかったんだな」


男のつぶやきは、蛇ノ目には届かなかった。

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