第14話

「くー、明日からまた旅をしようぜ」


晴れた夜空を見ながら、蛇ノ目はくーの横に寝そべっていた。たまに背に乗るが、くーは問題なく動ける。


ここには蛇ノ目に似た生き物が多い。しかし、くーと同じ生き物は未だに見たことがない。それは、蛇ノ目には寂しい事だった。蛇ノ目は成長した自身とくーを見て、旅を決定したのだ。


「くー、お前の仲間がいるといいな」


そう言ってくーの頭を撫でると、くーは気にしなくていいと言うように蛇ノ目を見つめる。くーは蛇ノ目がいればそれで良かったのだ。自分の仲間意識など蛇ノ目にしか向けられていないのだから。




早朝、蛇ノ目はくーを連れて街を出た。沙耶が水と食料を渡しに見送りに来た。沙耶には世話になったから、あの家を好きに使ってくれていいと言って、朝霧の中に姿を消す。





西街には歩き慣れた森を抜けて行くことにした。食料も確保できるし、水場もある。くーも蛇ノ目もなんの問題もなしにすいすいと森を進む。時おりくーの背中に跨り、風を切るのを楽しむ。久しぶりの2人旅。蛇ノ目は楽しくて仕方がなかった。木に登ってくーの好きな実を採る。ちょうどいい洞穴を見つけて、草を敷きつめ眠る。くーの体は筋肉で硬くなっていたが、それは自分も一緒だった。


3日目。2人は街を見つけた。森を抜けたため、通常よりも早く着いた。


西街。それは、酷く寂れた街だ。木の塀もぼろぼろになり、街全体が静かで面白みがない。


せっかく来たんだ。少しくらい見ていこう。

門番もいないのは、男が根こそぎやられたから。子供が走っていないのは、食料もなくそんな気力も湧いてこないから。


「臭いな」


鼻が曲がりそうだ。肉の腐る匂い。腐敗臭。くーを街に入れなくてよかった。姿は目に映るはずなのに、誰一人声をかけてこない。


この街はダメだ。群れの統制を図るような人間もいないし、誰一人生きることに貪欲になっていない。そうなれば、あとは絶滅へと駒を進めるだけ。これなら、森で1晩休んだ方がマシだな。


入る時も出る時も、誰も蛇ノ目を止めやしない。逃げれるものは逃げたんだろう。なんの力も持たない女子供に老人が残り、静かに時の流れを受け入れる。そういうのは、つまらなくて、大嫌いだ。




西街と南街の間には森はなかった。水を西街で補給し、蛇ノ目は平坦な道を歩き始める。時々転がる死体は、西街の人間なのか。

2日歩いたある夜。蛇ノ目は煙の匂いを感じた。大きな火ではない。誰かが暖まるために起こすような大きさ。漂ってくる煙から、蛇ノ目はそう判断した。




男たちは鹿の肉を焼き、笑いあった。西街からは奪い取れるだけ奪い取って満足し、南街に向かっていた。


「あとどんぐらいで南街だ?」

「あー……このペースだと2日か3日だな」

「まじかぁ」


頭に布を巻いた男か地面に倒れた。もう歩くのはこりごりといった様子だ。


西街では上手くいったが、南街は規模すらもわかっていない状態だ。もしかすると、全滅してしまうかもしれない。

しかし、どこかの街に居着くことをやめた自分たちはぐれは、弱音を吐いている暇などない。リーダーである一番大柄な男は、自分には到底持てない斧を担ぎ、一振で何人もの命を奪う。得る食料は必然的にリーダーが多くなり、雑用の自分は残り物。それでも、他者を虐げ、奪う感覚はこのつまらない世界では娯楽になった。



雑用の一つである夜の見張りを任されるこの男は、耳が良かった。森に入ればどんな小さな生き物の足音も聞き逃さないし、他人の秘密裏な会話も聞き取る。そんな男が今日捉えたのは、地面を踏み割るような重い足音。

男は飛び上がり、もう一度耳をすませた。


来る……大きい生き物が、こちらに向かっている。



寝ていた仲間を起こし、足音のする方へ警戒を強めた。暗闇に姿を見せるまで息を潜め、その正体を待つ。

男の仕事ぶりは、仲間内でかなり評価が高い。実際、この男の耳で危機を逃れたこともある。だが、その耳の良さと警戒心が、今回は仇になった。明らかに迫ってくる大きな足音に気を取られ、男は自分たちの背後に回る音に気が付かなかったのだ。

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