第12話


少女は家にあった水をこっそりもらい。それで手拭いを濡らし、蛇ノ目の体を拭った。蛇ノ目の横に座るくーは自分で舐めて血を拭っている。


「な、なにがあったの?」

「えもの、おおい」

「獲物?」


この人の名前も知らないのに、私ってば何してんだろ。家に帰ろうと思って歩いていたら、突然降ってきた2人。1人と1匹かな。怪物の方は襲って来ないから、とりあえず手当てをすることにしたけど……すごい傷だらけ。足の血はまだ止まらないし。

そういえば、さっきから街の奥の方が騒がしい。首領様とかその兵隊がいるところだけど、もしかして私、助けちゃいけない人の手助けしてるの?


男の人は街灯として置かれていた松明を手に取った。それを血が流れる足に当てる。ジュウっと焼ける音がした。血は止まるが、見ていられない。


「あれ、なに、ある」


男は街にある塔を指さした。


「あれは、首領様がいるの。この街で1番偉い人よ」

「えらい?…つよい?」

「え、どうかな、たぶん強いと思うよ」


男は塔を見つめたまま一度動きを止めた。私はその間に腕の傷に布を巻き付けた。男は巻き終わった所をじっと見つめていたけど、問題なかったのかそのままにしている。


「蛇ノ目」

「え?」

「蛇ノ目、くー」

「あ、名前!?私は沙耶」


この人、じゃのめさんって言うんだ。どういう字書くのかな。私は、地面に字を書いて沙耶というのを教えた。それは読めなかったみたいで、首を傾げた。


「さや、くー、かくして」

「え?隠す?」

「むれつぶす、くーあぶない」

「え、ちょっと!!」


じゃのめさんはくーに私について行くように言って、屋根の上に飛び乗ってしまう。怪我をしてるとは思えない動きだった。

どうしようかと混乱したが、とにかく、じゃのめさんに言われたことをしよう。


「えっと、くー、ちゃん。ついてきて」


私がそう言うと、くーちゃんはのしのしと音を立てながらついてくる。


私はくーちゃんを牛たちの餌が置かれた倉庫に連れてきた。ここは朝しか人が来ないし、きっと姿も隠せる。くーちゃんだけを残すのは不安だから、私は少し離れたところに腰を下ろした。


「じゃのめさん、何しに行ったのかな……」







蛇ノ目は跳躍を繰り返した。屋根から屋根へ。そして塔の手前の門に乗りあげる。そこからは木へそして塔に付けられた窓に。塔の中にいた使用人は驚きの声を上げる。門番たちも必死の形相で走ってきている。蛇ノ目はとりあえず上を目指して走り始めた。


蛇ノ目は襲ってきた男たちを群れと判断した。見たところ、指示を出していたのは1人。それは倒したので、今度はもっと大きな群れに。

さやは、この塔にいる者が1番だと言った。きっとそれを倒せば群れが静かになる。体を動かすのは好きだったが、ずっと騒がしいのは落ち着かない。蛇ノ目はもう少し、この街にいたかった。この街にある食べ物や娯楽、蛇ノ目はまだ知らないことばかりだった。住みにくいところは住みやすく替えなければいけない。寝床が硬い時は、獲物の毛皮や枯れ草を集めて柔らかくしたし、雨があたる時は泥や岩で塞いだ。それと同じだった。



先が尖った、いわゆる槍を持った護衛たちをなぎ倒し、蛇ノ目は塔の1番上の部屋にたどり着いた。扉を蹴り飛ばせば、怯えた様子の男が部屋の隅に立っていた。





宝泉は冷や汗が止まらない。目の前に現れた狂気を恐れずにはいられない。第一部隊を、そして念の為塔の敬語を命じた第二部隊も為す術なく1人の少年にやられてしまった。


「と、取り引きを、しよう……」


震える声でそう告げると、蛇ノ目は首を傾げた。意味がわからなかったようだ。だが、今はそれに構っていられない。何とかして自身の命が助かる方法を見つけなければいけないのだ。


「君の、きみの望むものをあげよう。だ、だから……助けてくれ!」

「のぞ、む?」

「そう!そうだ!!欲しいものがあれば、あげよう!」

「ほしい、もの…」


蛇ノ目は"ほしい"という言葉の意味を考えていた。六呂はどういう時に使っていたか?そうだ、確か、蛇ノ目は自分の分の肉を食べ終わっても食い足りず、六呂が余らせていた肉をじっと見ていた時だ。六呂は、欲しいかい?と問いかけ、何となく縦に首を振ると、六呂はその肉をくれた。

つまり、ほしいっていうのは、そのとき自分が求めているものだ。


「ここ、すむ。ねどこ……いえ、ほしい」

「わかった!すぐに君の家を用意しよう!食べるものの補償もする!だがら、殺さないでくれ!」


顔をびしょびしょにしながら、宝泉は叫んだ。蛇ノ目はこれを殺す必要はないと判断したのか、宝泉の横にある大きな窓から飛び降りた。




宝泉は腰を抜かす。ずるずると床に座り込むと、自分の命が助かったことに安堵した。すぐに顔を拭い、宰相を呼び付ける。

あれは、人が手を出していいものじゃない。刃を向け続ければ、この街は血で染め上げられる。なるべく、あの化け物が穏やかであるように、我々は従うしかないのだ。

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