第10話
人の動きではない。
街から戻ってきてくれた別働隊が、いま全滅した。異形の生き物を背にかばい、追いついた我々にも、殺意を向けていた。戦の前線には出ないにしても、時には賊や反乱者と戦うような隊員たちが、少年1人に傷一つ付けられなかった。
「化け物だ……」
後方で部下のひとりが呟く。確かにと、頷きたかったが、目の前の少年から1秒でも目を離そうものなら、すぐに殺される。そんな気がした。
「うさぎ、わかる。おまえら、わかんない。どうやって、しぬ」
少年は近くの隊員の頭を踏みつけた。小さくうめき声が聞こえたため、死んでいないと分かる。よく見れば他のものも微かに呼吸をしている。そんな中どうやら少年は、人間の殺し方を聞いているようだ。
どうする、このまま戦えばいつか死人が出る。言葉は通じているようだから、ひとまずここは下がるべきか?しかし、少年はなぜ急に動いたんだ。
少年の後ろで傷口を舐める異形。そうか、あれを襲われて起こったのか。ならば、今はこちらに敵意がない。これ以上、異形を傷つける気がないことを示すべきか。全滅は避けたい、なんとかしてこの場をやり過ごす。
「き、君の仲間を傷つけてすまなかった。我々はこれ以上危害を加える気は無い。だから、この場は、どうか引いてくれないか?わ、我々も仲間を連れて、出ていくから」
「…………」
少年はじっと見つめたまましばらく停止した。背後の隊員たちの呼吸が荒くなる。みな緊張している。手は各々武器の近くに、目線は少年に。彼の決断により、これからの行動が左右される。
少年は1度首を傾げて、隊員の頭から足を避けた。そしてそのまま異形を呼び寄せる。
「おれ、まちいく」
「……え?」
「蛇ノ目、くー、まち、いく。ついてく」
耳を疑った。しかし、隊員たちも疲弊し、怯えている今の状態では勝てるか分からない。あのスピードだ、逃げ切れるとも思わない。
足の速い隊員を1人、先に首領の元に走らせ準備を整えてもらう。街の裏口から入り、兵舎の空き部屋にこの少年を案内するつもりだ。見張りを立て、少年について相談する。この少年が何者でどこから来たのか。それが全て分からない中、この少年を生かしておくのは難しい。
あらかじめ人払いをし、普段は使われない裏門から街に入る。先頭は私が、少年の周りは隊員で囲う。気絶していた者たちも抱えながら連れてきた。兵舎の中で使われていない奥の部屋に少年を案内し、見張りに2人置いた。
「首領殿がお待ちです」
「すぐに行く」
少年と異形は思ったよりも素直に案内に応じた。しきりに首を動かし辺りを見渡していたが、街の中は見られない。部屋に入った時も壁に手を添えて不思議そうに見つめていた。あの様子からすると、荒廃したどこかの国から来たのか。演じているわけでも無さそうだ。
「それで、その少年と異形は?」
「今は部屋に。異形の方は部下に何の生き物か調べさせています。言葉がカタコトではありますが、我々と同じものを使っています」
街はギリギリの状態を常に保っている。不審で少しでも悪影響があるならば排除する。
「すぐにでもあれらを処分する必要があると考えます。あれらは化け物です。いつ牙を向き、我々に危害を及ぼすかわかりません!」
「私としても街に異分子を残したくはない。しかしその少年は強いのだろう?」
「毒を使います。薬師に猛毒の調合を頼むつもりです」
「分かった。八賀に任せよう。異形の方は?農作や食用に使えるなら残したいが」
「恐らく難しいかと、毒で死ななければ少年が死んだ後に殺します」
「よろしい。頼んだぞ」
異形とは言ってみたが、実はあの生き物には見覚えがあった。本を読むのが趣味な兄の図鑑に、あれに似た生き物が載っていた。
角羅
成獣の姿ではなかったから、確かとは言えないが、角や歩行、体の形がよく似ていた。角羅は肉食動物で、その中でもかなり凶暴性がある。群れることはなく、繁殖を終えれば親は卵を置いて去るという。あまりの強さと凶暴さから、角羅の子供が見つかるとすぐに殺される。成獣の姿は長く太い角が2本、口から覗く大きな牙が描かれていた。
あの異形はどうもそれを連想させるのだ。角羅は天災前から絶滅したと考えられている生き物だ。私と同じように考えているものはいないだろう。
とにかく今は、あれらを始末する手筈を整えねばならない。
「こちらです。食事に混ぜるのであれば匂いも消せるかと。少量でクマでも死にます」
「ご苦労」
薬師から毒を受け取る。粉末状のそれは小瓶に入れられ怪しい色をこれでもかと見せつける。自分と同じように生きている者を殺すことに、いつしか躊躇いが無くなっていた。生きるため、守るため仕方の無いことであり、それが使命なのだ。
少年と異形は部屋に入ったあとも暴れることなく静かにしていたという。時々話し声が聞こえたが、特に意味はなさそうだったと見張りから報告を受けた。
なるべく静かにドアを開けると、異形が床で寝そべり、少年はそれの前に腰を下ろしていた。
「食事を持ってきた、気にせず食べてくれ」
ドアの近くにそれを置き、すぐに部屋から出た。なるべく匂いの強いものと考え、肉とスープを用意した。物音が聞こえたから食事に手を付け始めたのかもしれない。武器を持った隊員が集まり、揃って部屋の音に集中した。
そして木製の皿が落ちる音がした時、そのドアを破いた。
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