第9話


臭い。

人間くさい。


蛇ノ目が目を覚ましたのは、正街の狩人たちが森に近づいてきた時だった。くーも既に目を覚まし、気配を捉えていた。蛇ノ目はぴたりと地に耳をつけた。隠れる気のない大きな足音。忍び寄ることも知らないのか。


「くー、みる、いく」

「クキュア」


くーの足音は響いてしまうからなるべく遠回りに、蛇ノ目は人間たちに近い木に行けるように気配に近づいた。


動きやすさを重視し、腰に短剣等を携えた集団は、数分で見つかった。陣形をとって辺りを見渡している。そのうち1人が弓をかまえ、猪に当てた。それだけで死ななかった猪が向かってくる。待っていたかのように、重しのついた網を被せた。あとは言わずもがな、猪を捕らえた。


集団で狩りを行う。彼らは狼のようだと、蛇ノ目は観察して感じていた。



「よし、狩りはこの辺で終わりだ。数人、獲物を持って街に戻れ、あとは偵察を行う」


部隊が分かれ、また動き出す。蛇ノ目は六呂に教わった通り、指をおりながら人数を数える。いち、にー、さん……8人が森に残った。彼らは森の奥へと進み、蛇ノ目たちの寝床を発見した。



「隊長、前回の偵察ではこんなものは確認されませんでした」

「獣の巣か?」

「にしては綺麗ですね、匂いもきつくない」

「火を起こした跡があります」

「賊の可能性があるな、1人伝令に向かって戻った隊員をつれてきてくれ」

「はっ!」


自分たちの寝床に人間が立ち入った。蛇ノ目は不快感を顕にして、ギリっと歯を鳴らす。それに反応して、自分の後ろでくーが動くのを感じた。しかし、待ての合図を見せ、蛇ノ目は木を伝い、1人で部隊に近づいた。





カサリ

あまり大きな音ではなかった。鳥か小動物が葉を揺らすような音。しかし、その音の方から向けられる圧は、そんな優しげなものではなかった。巣穴らしき場所の真上の大木。ちょうど影が重なり見えにくいが、そこには1人の男がいた。


「何者だっ!」


私の声に反応して、部隊が戦闘態勢に入る。こいつが賊か?だが1人?


「そこ、おれ、ねる」


思ったよりも幼い声だ。顔が見えないため、体格から大人の男だと想像していた。


「君の寝床というわけか」

「おまえ、まち」


たどたどしい喋り方だ。少し訛っているようにも感じる。ほかの街の人間なのか。


「私は正街の第一部隊隊長、八賀だ。君の名前を聞いてもいいかい?」

「…………」


恐らく少年であろう影は黙ったままだ。言葉が分からなかったのだろうか。


「この森は我らが正街の領土、勝手に住まわれるのは、こちらとしても見逃すことは出来ない。今すぐ管理者より審査を受けてもらいたい」


これは賊やはぐれ達への常套句だ。大抵の者は審査を通れず追い出される。賊ならほとんどが殺される。

少年からの視線はだんだん強くなる。ぎらりと瞳が光った気がする。自分よりも年下であろう存在が、だんだんと恐ろしくなってきた。まるで、じわじわと首元を締め付けられているようだ。背中に冷や汗が流れ出した頃、隣の茂みから生き物の声が聞こえた。この近くにいる動物の声ではない。


「くー……!」


少年が動き出した。驚くべき跳躍力で木から木へ跳び移っていく。


「逃がすな、追え!!」





狩った獲物を街に運んだところで、再び森へと呼び戻された。賊の気配があるとか何とか。隊長達とは別方向から捜索をしながら合流をめざした。

慎重に、かつ急ぎながら森を進んでいくと茂みで大きな影が動くのが見えた。


「止まれ!何かいるぞ」


前列3人が剣を、後方2人が弓を用意した。影はそのまま動き、俺たちの前に姿を現した。


「なん、だ…こいつ」


二足歩行の生き物だった。赤黒い肌に太い後ろ足、前足はそこまで使っていないのか短く細かった。日本の角がとぐろを巻くように後ろへ伸びている。口内に収まらないのか、牙が少しはみ出している。

目の前の獣は唸り、まっすぐに俺たちを見ている。警戒が強められているのが分かる。

獣が少し動きを見せた時、後ろの弓兵が同時に弓を放つ。1本は獣の隣の木へ、1本は獣の横腹を掠めた。


「クギュアア!!」


獣が声を上げた。それがきっかけになり、獣と俺を含めた隊員が動き出す。相手は自分たちの肩ぐらいまでの大きさ。この人数であれば討伐出来るかもしれない。


剣を握り直し切りかかろうとした時だった。



ドゴッという鈍い音と共に、俺の左側にいた隊員が地に伏していた。いや、踏みつけられていた。ボロボロの半纏を身にまとった、少年らしき者が、隊員を踏みつけながらこちらを睨んでいる。


あまりの殺気に腰が抜け尻もちを着いた。それと同時に、少年は踏みつけた隊員をバネ代わりに使い、奥の弓隊に向かって跳んだ。低い跳躍だった。蛇のように地をは這って、少年は弓隊の2人の手を片方ずつ掴んだ。勢いよく自分の後方へとそれを引く。見ているだけで、どれほどの力だったのか理解出来る。2人は抵抗も許されず、お互いに頭をぶつけ、目を回した。




少年の殺意が、こちらに向いた。

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