第7話
夜遅くに街と人間を観察する生活を続けて、5日ほど経った。街全体、一番大きな建物を除いて隅から隅まで探ることが出来た。今夜も同じ場所から街に入り、探索をすることにした。しかし、今夜はいつもより起きている人間が多い。街も普段より明るく見える。
この日、正街は都市全体で祭りをしていた。この都市の命綱となっている泉に感謝を捧げる祭りで、「水源の祭」という。昼間は市場で賑わい、夜は酒を酔った大人と夜更かしを許された子供たちが、それぞれ手作りのお面を付けて踊る。軽快な音楽とともに、人々が自由にステップを踏んでいる。
あれはなんの鳴き声だ?
蛇ノ目は音楽に耳を傾けながら不思議そうに首を傾げた。すると視界の端に物陰から動き回る人々を眺めている少女を見つけた。あれぐらい小さければ、自分に害を成すことは無い。蛇ノ目はそう考えて、静かに少女に近づいた。
「あれ、なに」
「ひゃあ!びっくりした!!」
少女は突然声をかけてきた蛇ノ目に驚き、腰を抜かした。そして、蛇ノ目が正街では見ない顔だと思い、じっと見つめた。
「あなた誰?どこから来たの?」
「あれ、なに」
蛇ノ目は少女の質問に答えることなく、自分の疑問を繰り返す。蛇ノ目が目で示した方向には、音に合わせて動く人。少女もその人々を視界にまた入れる。
「あれは踊りよ。今日はお祭りだから、みんなで踊るの」
「おどり……まつ、り」
「綺麗な音楽に合わせて、皆で踊るのよ。でも、私はまだ小さいから家にいなさいって言われちゃったの。だから、内緒で出てきてやったわ!」
「きれい、おんがく、おど、る」
「私と同じ歳の子がもう踊りに加わってるのに、私だけ行けないなんておかしいじゃない!だから、こうして隠れながらね……」
少女はおしゃべりな性格のようだ。言葉を繰り返す蛇ノ目を気にとめず、ひたすら自分の考えを唱える。蛇ノ目も蛇ノ目で、得た知識を自分のものにしようと取り組む。蛇ノ目は踊り、というものをする人間を観察しながら、少し少女から距離をとった。そして、観察した動きを真似てみせる。不格好な動きが、だんだんと見られるものへと変わっていく。
「わぁ!あなた、踊りが上手ね!すごい!!」
少女は手を叩き、口角を上げた。蛇ノ目の踊りはそれほどの出来らしい。
「でもそうね、あとは笑わないと!みんなお面をつけているけど、その下では笑っているのよ!じゃないと楽しそうな踊りにならないから!」
少女は、ほらにーっ!と言いながら、口の端を指で押し上げる。蛇ノ目はそれを真似して、自分の口元をあげて見せた。少女の歯には蛇ノ目のように尖った形はなかった。蛇ノ目は、口元を上げながら、そんなことを考えていた。
「そうそう!そんな感じ!ほらね、楽しくなってくるでしょ?」
楽しい。
それも蛇ノ目が知らないものだった。いったい何が楽しいというのか。楽しいとはなんのことなのか。
「たのしい、たべる?」
「食べないわ!楽しいっていうのは気持ちなの、ぴょんぴょんしたり、こうやって笑ったりするのが楽しいのよ!美味しいものを食べたり、遊んだりしてても楽しいって思うはずよ」
蛇ノ目はふと、くーと出会った頃を思い出した。名前を呼んで反応してくれること、くーと過ごす時間、それは時折、蛇ノ目の心を温かく、ふわふわとさせた。それが楽しいと同じものなのだろうか。
「たのしい、わかる」
くーのことを思い出す。すると、蛇ノ目の口の端が指で押さなくてもゆっくりと上がっていく。幸せそうに、蛇ノ目は笑った。
蛇ノ目は祭りの見物も程々に、くーの元へと戻った。くーは蛇ノ目の足音をききわけ、巣穴から顔を出している。
「くー、たのしい、わかる」
くーは蛇ノ目の声に首を傾げるだけだったが、口の端が自然と上がっている蛇ノ目を見て、自分も口を開き、笑顔のようなものを見せた。
「くー、いる、蛇ノ目、たのしい」
そうだ、確か別の言い方がある。楽しいとはまた違う。六呂が"つま"とか"むすこ"の話をしていた時、こう言っていたはずだ。
「しあわせ」
幸せ。そう、きっとこのことだ。楽しいこととくーがいること。全部集めたらきっと幸せになる。
「蛇ノ目、しあわせ、すき」
「クルゥア」
自分もそうだと言うようにくーが鳴いた。1人と1匹は友情を確かめ、抱き合って眠った。互いに硬い体。抱き心地がいいなんて微塵も思えないが、幸せだけは溢れんばかりに感じていた。
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