第6話

蛇ノ目の体調はすっかり良くなった。ずっと寝ていたため、多少足元がおぼつかないが、数十分で普段通りの動きができるようになった。蛇ノ目はさっそく、近くにいたネズミ、兎を捕らえた。食べやすいように皮をはいで、起こしておいた火で少し炙った。油が表面に浮きでてくる。テラテラと光ってみせるそれを、蛇ノ目はくーに差し出した。


「くー、食べる」


くーは数日間の飢えを消すように、差し出された肉に噛み付いた。蛇ノ目は自分のために動いてくれたくーへ、お礼がしたかったようだ。いつもは分け合う肉を、蛇ノ目は全てくーに渡した。


蛇ノ目とくーは2日ほど同じ場所に留まり、ようやく道を進み始めた。道を進んで行くと、霧が立ち込めてきた。くーはその霧をひどく嫌がった。蛇ノ目もあまりその霧を好まない。


なんだか臭い。

鼻の奥が押さえつけられるような匂いだ。


嫌がりながらも、くーは蛇ノ目の横について歩いていた。そんなくーのためにと、蛇ノ目は歩く速度を少しあげた。1時間ほど歩いた時、ようやく霧が晴れた。そして、六呂の言っていた都市が、姿を現したのだ。



都市はそう高くはない塀に囲まれていた。どうやら仕切りのようなものらしい。都市の名前は、「正街」。全体が正方形に整えられ、マス目上に都市内の建物が建築されている。正街の周りは畑が広がり、その先にまた森が広がっていた。正街の中心には大きな泉があった。地下から水が湧き出ており、それがこの都市の生命線となっている。


蛇ノ目は正街に真っ直ぐ進むのではなく、畑の横を通り、森に入った。初めての場所を警戒するのは本能からくるものだった。蛇ノ目は、森の外からは見えにくい場所にあった大木を寝床と決めた。根元は、長年不安定な土地にいたことにより大穴が出来ていた。成長した2人でも、丸くなりながら眠れるほどの広さがある。蛇ノ目にとって、雨風をしのぐことが出来る場所は、寝床として最適だった。



次の日から、蛇ノ目はまず都市にいる生物の観察を始めた。自分と似た姿。あれは人間と言うらしい。これも全て六呂から学んだことだった。もう顔も声も思い出せない両親も、あんな姿をしていたのか。

正街にいるのは人間ばかりだった。高い木の上に登り、正街を眺める。ただ、六呂よりも体に肉が着いていて、小さいのも大きいのもいる。くーと同じような姿をしたものはいなかった。空が明るくなると、人間が建物から出て、暗くなると建物に戻り、静かになる。蛇ノ目は夜ならば、あの場所に入りやすいのではないかと考えた。


蛇ノ目にとって、自分とくー以外は獲物か敵であった。狩るか狩られるか。生きるか死ぬか。同じ姿かたちをしていても、それが自分以外の存在であるならば、仲間意識など生まれない。蛇ノ目の今の人間に対する認識は、数で負けている、どんな方法で戦うのかわからない未知の生き物だった。どんな生物であれ、狩る前には観察をする。自分が生き残る方法を探す。それが本能から教えられたことだった。



ある日の夜。

蛇ノ目は、くーを寝床に残したまま正街に入った。門ではなく、都市を囲む塀をのぼり、一番人気のないところを選んだ。夜深く、外を出歩く人間は見当たらなかった。室内からも明かりが漏れることはなく、虫の微かな声が響くばかりであった。正街の中にある建物は、石造りのものから木造のものも建てられていた。どれも、六呂と暮らした家よりも立派な作りだった。街の一番奥に、一際目立つ建物がある。一番高く、強固に作られたその建物に入るのはさすがに難しいようだ。夜遅くでも、門や塀の前には人間が数人立っている。


引き返し、入ってきたところとは逆側に向かう。すると、ざわつきが耳に届いた。一つの建物から光が漏れており、笑い声や話し声も聞こえてくる。蛇ノ目は、その建物の一番大きな窓のそばに行き、中を覗いた。

男が3人、飲み物や食料を囲んで盛り上がっていた。声が大きいのと蛇ノ目が近くまで来たことが重なり、中の会話がはっきりと分かる。


「しかし、この都市も栄えたもんだ」

「ああ、あの泉のおかげで俺らはこんなにも贅沢ができる」

「土地が潤い、食料も手に入る」

「こんだけ昔のような暮らしができる都市は他にねぇぞ」

「もしかしたら、土地の奪い合いが始まるかもな」

「違いねぇ、ははは!!」


男たちは六呂のように流暢に話す。自分のように途切れることなく話している。自分の言葉は、あの生き物よりも劣っている。劣っている部分があるということは、その分不利になるということ。

今までは、不利な部分が獲物にも己にもあってバランスが取れていた。例えば、鳥は羽を持ち空を飛ぶ。高く舞い上がってしまえば、蛇ノ目の手は届かない。しかし、鳥は地を這うことが出来ない。少しでも地面に近づけば、地上で生きる蛇ノ目の勝利は確定していた。


見たところ、この正街の生き物は蛇ノ目と同じ姿をする。なら、力も同じようなものを持っているかもしれない。まずは、この生き物たちの真似をしよう。服も行動も食事も、狩るのはその後でいい。


しかしあれはなんだろう。肉を食う訳でもないのに、奴らは大きな口を開けて声を出している。口の端がつり上がっている。なんのための行為で、何を意味しているのだろうか。蛇ノ目は中の男たちの真似をするために、自分の口の端を指で押し上げた。目元に肉がよる。これの何が面白いのか、よく分からなかった。



六呂は物事についてはよく教えてくれた。しかし、感情を教えることは無かった。その感情を抱いた時、体はどんな反応をするのか。それを蛇ノ目は知らなかった。

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