第六話



 ヴェウルスクしんさまの去り際の笑みの余韻に浸る暇もなく、それからは本当に面倒だった。

 五体投地の王族を何とか説得し、居住まいを直させて。別室で会談しましょうと、アタシの提案に二つ返事。


 アタシ上座、女王下座…いや、まぁ『天使てんのつかい』になったアタシに対しての正しい対応・・・・・だろうけれど…何だか落ち着かない。


 ロウジィ用の子供用のイスまで用意され、アタシの隣でニコニコと御機嫌な彼女。


 「えーと、会談と言いましたが訂正させて下さい。親睦会とさせて下さい、よろしくお願いします」


 先手を打つアタシ。


 もう、神様降臨とか、天使=眷属ったりとか。義妹いもうとたんとかさぁ、まぁロウジィに関しては、嬉し過ぎる展開ではあったけれどね。


 んでコレ・・、ナニコレ? 美味しいの? って感じ。何とな~くだけれど、厄介なブツとかヤバいっしょ。魔導書とかあったんだね、映画とかラノベ架空の世界のネタって思ってたよ。


 腕を組んで、思考するアタシのマネをしているロウヒ。か、かわええなぁ。じゃなかった、問題山積みじゃん? 何から手を付けたらイイのか分かんない。その魂胆もあって、さっきのアタシの先手に繋がるんだけれど。


 「はぁ~」


 ガタッ


 ん?


 音がした先を見ると、アタシとロウジィを除いた全員の表情が引きつっている。


 「あの~、コト…エル様。何かご心配事でも御座いますか?」


 いやいやいや、そんな『しゃっちょこばった』言い方をする、あんたが心配だよ! とは言えないから。


 「謁見の間での出来事を頭の中で整理してたんだけれど、早々には解決しないだろうなぁって思ったら、溜息ためいきが出ちゃっただけだから」


 両手を広げて『バイバイ』する様に応えると、彼女達の顔が素晴らしいモノでも視たかの様に晴れやかになる。


 「!!!」


 彫刻と化したポロ女王、チチーク王、フーグ、ユリユーにロリローとヨウガ叔母&コース叔父。あと執事と侍女達。


 あ、やっちゃった。


 アタシの好みの話しの時に『秘密がある』って言ったと思うんだけれど、その秘密ってのが『この手』にある。


 アタシの家は代々『多指症』なのだ。特徴としては『指が六本』あるって事。



 ◇



 日本では、多指症の赤ちゃんが生まれると直ぐに切除してしまうらしい。後々生活に支障を来したり、変異を嫌う風習からだったりするって聞いた事があるわ。外国は分からないけど。


 でも、アタシんち。藤峯一族の解釈と云うか、受け止め方が180度違っていたのよ。一部、家訓にもなっているわ。


 『豊臣秀吉も右手が多指症だったんだぞ』ってひいじぃじぃが教えてくれたっけ。ひいじぃじぃ曰く『豊臣秀吉は片手だけ多指症だったから天下は獲れても栄華は一代で終わっちまった。

 だが我が家は違う、皆が両手に六本の指を持っているから、片手で逃げてしまう幸運も両手でしっかりと捕まえる事が出来るんだぞ』って、二十年連続剣道日本一のひいじぃじぃの言う事は説得力があって、当時のアタシは『マジっぱね~』とか思ってた。


 ひいばぁばぁは五本指だったけれど、合気道の重鎮とか言われてて『ひいじぃじぃの話は本当だよう』と幼いアタシはまんまと騙され続けていた、高校に入るまではね。


 そんな歳まで騙され続けたのはアタシのじぃじぃやお父さん、にぃ達の仕業でもある。


 お得意の『こぞって』って奴で、ウチの男連中は武道に関しちゃ日本一の称号を持っているし。右近にぃと左近にぃは東大の法学部に入学している。右近にぃは、空手でインターハイ三年連続優勝。左近にぃは、剣道で、やっぱり三年連続優勝。お父さんは合気道の連続優勝経験者で、しがない町医者。


 おまけで、弟の衛はムエタイジムに通っていて。十六歳でボクシングライセンスを取ってデビューとか言ってた。ジュニア大会じゃ負けなしってのも凄いと思うけれど、アタシに勝てないんじゃぁまだまだよってね。


 女勢も負けず劣らずで、ばぁばぁも合気道の達人だし。お母さんは弓道で、トロフィー何十個も取ってる。


 アタシはアタシでお転婆だったからね、小学校の頃は剣道、合気道と、ににぃ達に教えて貰った空手でジュニア部門優勝経験もある。妹の小町は、アーチェリー部で頑張ってるよ。


 そして高校生になって、総格部に入部したアタシに顧問の銭高先生に六本の指について言われた事があったんだ。


 『藤峯、先生の見解なんだが聞いてくれるか? お前の多指症は先生が思うに『武器』だと思う。いや良い意味でだぞ!そこを聞き違えるなよ?

 まず、六本の指の力ってのは五本より強い、これは簡単だ、多いんだから、その分力があってのは分るだろう?

 お前は女子にも関わらず握力が左手54㎏、右手55㎏ある、これは凄い事だ、女子プロスポーツ選手以上の能力って言ってもいい、俺でさえ左右共に70㎏なんだしな。

 そして、握力を廃れさせない腕力と、腕力を支える脚力。総じて柔軟な身体は力の衝撃を散らし、そのバネは力に乗せる事が出来る。持って生まれた恩恵は誇っていいぞ藤峯、お前は我が部、いや、我が校始まって以来のヒーローだ』

 なんて言いながら、アタシの頭をガシガシする銭高先生。


 そんな先生の誉め言葉なぐさめに『女の子に向かってヒーローはないじゃんよー、ヒロインでしょー?』って言い返したのは先々週の金曜日だった。


 その日の歴史の授業は1580年代、そう織田信長の授業だった。


 多分、真田先生は悪気があったんじゃないと思う。でも授業で秀吉が信長の家来になった時の話しを真田先生がした時だ『秀吉の事を信長が『サル』って言ったのは小説で書かれたのが後に『本当に言ってた』となったんだよ。真田幸村って武将が、実在しないのと同じだなぁ。

 信長が秀吉を呼ぶ時は『六つめ』と言っていたんだそうだ。それはだな、秀吉の右手が由来だと云う。彼は『多指症』右手の指が六本あったんだそうな、これは文献にも載っている情報だからなぁ。調べたい奴は頑張って調べてみろぉ』


 これが引き金になったのは云うまでも無い。


 普段からアタシの事を毛嫌いしている奴らがアタシに向かって『おい、六つめ』って言い始めたんだよね。


 言われたアタシはそんなガキみたいな奴等相手にしないし、多指症は藤峯家の武勇って聞きながら育ったから何とも思わなかった。


 でも、アタシと仲の良かった友達は、そうもいかなかったんだよ。ガチ切れで、そのグループをボッコボッコにしちゃたんだ『俺等のダチに謝れ!』って言いながらね。


 その騒ぎはPTAを巻き込んで高校がっこー始まって以来の大騒動になっちゃて、後日、真田先生がアタシに謝ってきたんだよ。


 アタシは真田先生の授業は解り易くて、面白おかしく教えてくれる歴史が好きだったし。藤峯家の家訓を話したら、やっと頭を上げてくれた。


 それで、アタシも調子に乗って『秀吉の事を言う時は、「人より二本多く指を持つと云う事は、周りより二つ良い事をしろ」って藤峯家の家訓も一緒にお願いしますね』な~んて言ったら『お前が言うなら是非使わせて貰うよ』って真田先生ってば感激してたよ。


 放課後、家に来た先生は両親やじぃじぃ、ばぁばぁに事情を話してたっけ。

 

 帰り掛けに『藤峯家の公認を貰えたよ、正直、最初は凄く不安だったんだ。殴られる覚悟で来たのはいいが、皆武道を嗜んでるって聞いた時は先生死ぬなっておもったねぇ。先生の所為でお前に辛い思いをさせちゃったし、前田達にも嫌な思いをさせたしな。

 だけど、ご両親や祖父母さん達は「そんな事気にする必要はない」って、先生なぁ泣きそうなったよ。正直、素晴らしい家族を持つお前が羨ましくなったなぁ』と語った先生は、少しお酒臭かった。じぃじぃとお父さんが飲ませたに違いない。


 翌月曜の部活の時に、銭高先生に真田先生の事を伝えたら『良かったじゃね~か』って言いながら、頭をガシガシされたのは良い思い出って云えるかな。



 ◇



 だから、目の前の光景はアタシ的には慣れたものよ。


 ところが、ところがね。この世界では『多指症』って神の子扱いなんだってさ、びっくりだよね。

 六柱の神々は皆が六本指なんだって、そう云えば本に書いてあった気がする。


 『あ、ここの神様六本指なんだぁ、アタシも同んじだぁ』って、サラッと流し読みしたんだったわ。



 この世界では「六本は神の証であり、六本指の『神の子』に僥倖したらなば、御霊上がりは約束されるであろう」みたいな経典も存在する。おいおい、会うだけで天国決定かよ! 思わずナムチの顔が浮かぶ…こわっ! それ違う意味の天国じゃんって、アタシはアタシに突っ込みを入れる。脳内で。


 彼奴きゃつの存在は、危うくトラウマになり掛けたからさ。未だに気になってて、近づいてくる侍女の顔を確認してしまうしね。こわっ、ナムチこわっ。


 また自分の世界に入りかけ、いけないと思い視線を上げると。


 「あれ? 何で誰も居ないのよ」


 ツンツンとアタシの二の腕をロウジィがつついて、前方の少し下辺りを指さす。


 「ネーネ、アッコ」


 「っ~~~~~~」


 萌え上がる気持ちを抑えつつ、義妹まいしすたーが教えてくれた場所を見てみると。はい、居ました。確かに居ますわ、五体投地の王族達が…そのネタまだ続きますか?


 話しが進まない、停滞しているって言ってもいいわ。アタシだって余裕がないのよ、分かる?


 誘拐され、レズりられ。謝罪が終わろうとしていた間際に御降臨なさったヴェウルスク神さま。さらには眷属っちゃって、天使あまのつかいっちゃえば、魔導書贈呈イベに、激レア萌え妹美少女ロウジィ超大当たりウルトラボーナスよ。もう色んな意味で鼻血が出そう。


 なのに、なのにぃ~。五体投地の振りして寝てるんじゃないわよね? …寝たらスタンピングするわよ。踏みつけてゴキゴキ鳴らしちゃうんだからね。


 的な感じの威圧的な空気を醸し出すも、KY空気読めね~王族達は微動だにしない。せめてKY危険予知をしてくれれば大助かりなんですがぁ?


 仕方無いので、ロウジィに一役買って貰ったわ。


 「ロウジィ、ネーネのお願い聞いてくれる?」


 くぅーって萌え死にしそうな感情を耐えて、ロウジィスマイルを戴く。


 「うん、いーよ。ネーネのお願いききゅ」


 ヴェウルスク神さま、感謝致します。アタシ今、幸せです。


 「あっちで寝転んでいる人たちを『えいっ』って踏んできて貰いたいの」


 精一杯の笑顔で萌え感情を隠して、ロウジィにお願いすると。「あぃ」と右手を挙げて元気よく返事をする、ロウジィまいしすたーは、ぴょこんと椅子から飛び降りて、テトテトと五体投地の王族へ向かって駆けて行く。


 嗚呼、スマホがあったら動画撮れたのに。


 ロウジィが意気揚々と王族達を踏みつける姿に、何だか子供の運動会に参加する父兄の気持ちが分った様な気が…する訳ないでしょ! ロウジィは体重軽いから、気付けになるか微妙かなぁ。


 「ていっ」


 可愛く短い声を出しながら、王子の背中へジャンプするロウジィ。


 ドッゴン!


 予想と相反して、ジャンピングプレスを受けた王子。


 「グギャ!」


 岩か何かに潰される、ガマガエルのような声を出した。


 「え?」


 アタシは暫し時間が止まる。んで、再起動した頃には王族達の悲惨な情景が広がってたのよ。踏みつけられたであろう皆は、逆エビ反りになっててね。ピクピクしながら口から泡を吹きながら白目を剥いてビクンビクンと痙攣してたのよね。


 「ロ…ロウジィ、ご苦労様。こっちに戻って来て」


 ロウジィ……ヴェウルスクしんさまが、顕現させた存在だったのを失念してたわ。そりゃぁ、普通の人じゃないよね。


 「ポロ女王&その他の皆さん、ゴメンナサイ」


 拝み手で「メンゴメンゴ」と、一応謝っておいたよ。これで許して貰えるとは思わないけれど、謝罪しないよかマシよね? 一早く復活を遂げた執事…デュップ。


 「コトエル様、どうか治療師の手配をする事をお許し下さい」


 直角に曲げた礼に、猶予の無い事態を鑑みてOKを出したわ。


 『疾風はやての如く』とは、こうゆー事を言うのね。部屋を出て行くデュップは、ちょぱやに飛び出して行っちゃったわ。扉は開け放たれたままで…治療師を連れて来た時に、一々ノックとかのタイムロスを考えると開けっ放しは正解かもね。


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