第二話


 多分、一時間は泣いていたと思う。涙で目と頬はヒリヒリしてて、声はガラガラ。


 「う“…ぅ、ヒック、うう」


 一応言っておくけれど、酔っぱじゃないからね! お酒は正月のお屠蘇とそしか飲んだ事ないし。お屠蘇って云っても、抑々そもそも、湿らす程度だから飲んだ事にはならないわよね。


 「コトネ様、お、落ち着かれましたでしょうか?」


 うやうやしくアタシの顔色を伺うユリユー。


 泣き疲れて、精神状態も不安定なアタシが落ち着ける訳がない。


 「………」


 無言で目線だけで恨めしさを込めて返してやったわ、ふん。


 「と、取り敢えず、お部屋をご用意致しますので。そ、それまでに湯浴みをされては如何でしょうか? そ、それと、お、お召し物もお持ち致します」


 さっきからどもってばかりのユリユー。アンタの方が落ち着きなさいよ、挙動きょどったままじゃない。コクと一回だけ頷いて、無言は変わらずに同意を示す。


 その時、誰かが王女の部屋の扉をノックする。


 コンコン


 優しい感じの音がするや否や、王女の返答も待たずに、その人物は入室してきた。


 「ユリユー失礼するよ、来週の高等学園の入学式に就いてなんだけれども………」


 入って来た人は男性だった、しかも格好からして『ザ・王子様』と分かる。彼の目の前にはユリユー、他聖女候補者達共と侍女数名及び『見知らぬ少女』その光景に言葉尻がすぼむむ。


 そりゃ、ガウンを羽織っただけの女子が目の前に居れば、不審者だろうが何であろうが男性が無言になるのは世の常って感じね。


 「ユリ…」


 みなまで言わせず、アタシは彼に肉薄する。


 「何処見てんのよぉぉぉぉぉ」


 アタシは即座に動いた、王子チカンに『ブチかます』為に。


 知らない女子同士でも、多少の羞恥心は湧くけれど、まぁ許容範囲よ。でも、ヤローは違うわ。

 今のアタシはマッハで肉薄してる感じ、間違いないわ、真っまっぱでマッハよ! ってクダラナイ事考えてる場合バヤイじゃない。乙女の裸体を簡単に見れて無事に済むわけがない事を、身を以って教えてあげないとね。


 左手でガウンの前を抑えてはだけない様にしながら、渾身の一撃を彼の左目辺りにブチかます!


 「ちぇすと―!!!」


 蹴り足からの運動エネルギーは膝から腰へ、腰を捻る事でエネルギーは増して肩から肘へ。肩・肘・拳も捻りを加えて増幅されたインパクトエネルギーは絶大で、王子の顔面目標に当たると、王子チカン錐揉み状態でドコーンと音と共に壁へと激突した。


 そして王子ターゲットは無様にピクピクしながら気絶していた。


 「ひゅーっ、はぁぁ~」


サニー宜しく、ゆっくりと大きく息を吸って吐き出す。


 「っしゃ」戻した右腕を腰に引き込み、殲滅完了の『静かなる勝鬨かちどき』を吐く。


 この場にアイパッチをした禿げ頭のオッサンが居たら『おおおお、コークスクリューパンチぢゃぁねぇかぁ』とか言うパンチをお見舞いした。


 本当は膝蹴りにしようかと思ったのだけれど…見えちゃう・・・・・じゃない? たとえ王子バカチンに捻りを加えたワンパンかます女子だとしても、恥じらいは持っている。


 アタシの体重を乗せたパンチだから、結構、自分の手も痛かったりする。


 「あたたた」


 ユリユー達は信じられないモノでも見たかの様に、口をアングリと開けて、端たない表情をしている。


 そして「はっ!」と気づいたユリユーが王子に駆け寄る。


 「お、お兄様ぁぁぁ」


 もう、どもるのが癖なのかなぁ? 『どもリユー』に改名したらいいと思うよ。彼女に続いて、聖女候補者共と侍女達も彼に駆け寄り介抱する準備を始めた。


 しかし、その原因を作ったアタシを責める視線は無く、呆れた反応をしている彼女達の反応で分かってしまう。


 あ、これって常習犯なんだ。返事を待たずに入室って、王族だったらまず有得ないもんね。もしかしたら全員着替え中に彼が入って来た事があるって感じね、助兵衛莫迦王子ってトコね。


 幾ら助兵衛王子だからと云っても、放置しておく訳にはいかないから。せっせと介抱するさまは事務的、つ機械的に見えた。


 一寸ちょっと一寸ちょっと、そこの侍女さん、口元がニヤケてますよ。

 こっそり親指立てて『ぐっじょぶ』とかアタシにしなさんな、気持ちは分からないでもないけれどさ。

 そして恙無つつがなま…じゃない、介抱すべく侍女と聖女候補者共に担がれ…もとい、抱きかかえられて助兵衛セクハラ王子退場となった。


 部屋に残ったユリユーと侍女一人が、アタシの元へ近づき一礼する。


 「大変、ご迷惑…さらにご迷惑をお掛け致しました。早急に湯浴み場へご案内致しますので、ご一緒願いますわ」


 コホンと咳払いをしつつ、こちらへと言われて、アタシは部屋を出た。


 長い廊下は『流石、城内』と分かり過ぎてしまう程豪華で、その麗しさに呑まれそうになりながら彼女達の案内に付いて行った。


 道すがら誰かに遭遇しないかと冷や冷やモンだったけれど、特に男ね。人払いをしているのか、湯浴み場まで誰とも会わずに済んで胸を撫で下ろしたアタシだった。


 王族のお風呂と思い込んでいたアタシは『湯浴み場』のショボさにテンションは下がっていた。


 「うん、湯浴み場って言ってたもんね。お風呂とは誰も言ってない…言ってないけれど、勘違いとは云え何かガッカリだよ」


 50㎝位の角筒は上部から刳り貫かれていて、その中に並々とお湯が流れ込んでいた。


 その傍らには手桶を持った侍女が待機していて、アタシに一礼する。此方へどうぞと円筒のイスに座る様に促して来たので「宜しく」と一声かけて腰かける。


 ハーブを使っているのかもしれない石鹸はとてもいい匂いがして、お肌にも優しい感じがした。


 シャンプーらしき石鹸も一度、手桶で溶かして丁寧に髪に注いでいく。


 「てぃもてー、てぃもてー」思わず出てしまう口癖。


 きょとんとしている侍女に、アタシは言い訳がましく取り繕う。


 「アタシの世界では、洗髪時に使う『おまじない』よ。これを言いながら洗うと、髪が綺麗になるの」


 …ん~ちと苦しいかな…でも、異世界だし分かんないよね。


 「そうなのですね~、ご教授感謝致します。わたくしめも『おまじない』を使用する事をお許し頂けますでしょうか?」


 「え? え、ええ。どうぞどうぞ」


 アタシの焦った顔は見えていないと思う、後ろに立っているのだから見えてないでしょう。見えてないと願う…顔真っ赤だろうなぁ。


 「ティモテ~、ティモテ~」


 うわ、マジで使い始めちゃったよ。しかも歌声って云うか声色綺麗…、城内で流行ってもアタシは関知しないでおこうっと。


 し~らない!


 身体は自分で洗うと言ったんだけれど、却下されてしまった。


 彼女曰く「洗体も出来ないとなると、わたくしめはお暇を出されていまいます」って、そんあ風に言われちゃうと、もう断れない。

 畳一畳くらいの台座に引かれたファーみたいな上にうつ伏せになって、洗体をしてもらう…恥ずかしくて身体中から火がでそう。


 「コトネ様のお肌はとても肌理細きめこまやかな上にスベスベしていて、とても綺麗で御座います」


 洗体はマッサージを兼ねていて、それなりに心地良かったりもするんだけれど、あに言ってんのよ…コノシト…。


 「それでは、仰向けになって下さいまし」


 「え?」


 アタシの思考が止まりかけ、彼女を見ると爽やかな笑顔をしている。


 「………」


 笑顔のままの侍女さん。


 「………」


 アタシは、固まったまんま。


 「………」


 笑顔変わらずの侍女さん。


 「………」


 アタシ、頬がピクピクしてきた。


 「………」


 侍女スマイルは不変なんだろうか?


 「………」


 RPGゲームのNPC化している侍女さんの変わらない態度にアタシは耐え切れず、会話する事にした。


 そう云えば、名前を聞いていなかったと思い出す。


 「え~っと」


 手の平を侍女さんに見せて『お名前は?』のジェスチャーをすると。


 「ナムチと申します、以後お見知りおきを」


 おお、流石は侍女さん、分かってらっしゃる。


 「ナムチさん? 仰向けってどうゆう事ですか?」


 恐る恐る訪ねてみる。


 「ナムチと呼び捨て下さいまし」


 んー、見るからに年上の女性を呼び捨てにするのははばかれるんだけど、話しが進まなそうだからご要望にお応えして呼び捨ててみる。


 「え~っと、ナムチ?」


 「はい、なんで御座いましょう?」


 即返に、たじろぐアタシ。だけど、此処は譲れないものがある。


 「流石に前は自分で洗いたいのだけれど…」


 「そうで御座いますか、わたくしめは必要ないと仰せられますのね」


 ん~、何故に食い下がる? ナムチよ。


 「…いや、そうぢゃなくてね。人に洗体されるのも初めてだし、恥ずかしいし。ね? ね? わかるでしょう?」


 「王城に仕えて以来、女王様や姫君様達の洗体を任せられてきましたが、とうとうお暇に出される」


 「いやいやいやいやいや! アタシ黙ってるから! 誰にも言わないし」


 「およよよよよ」


 どこの落語家だよ! 変な泣き方するんじゃない。


 「…じぶんで」


 アタシだって食い下がる。


 「おぃおぃおぃ」


 いつの泣き方だよ! 室町時代って記憶にある…ってダメだ折れてくれそうもない。


 「………わ、分かったわ、じゃ、じゃぁ前も…お願い」


 これは仕方なくよ、彼女を失業させる訳にはいかないしね。


 「はい! お任せあれで御座います」


 おひ! 今まで泣いてたんじゃないのかよ!


 …結局、アタシの抵抗も空しくLet It Beなすがままにとなっちゃった…ハズい。


 「♪~♪」


 鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気を醸し出し、超ご機嫌のナムチさん。


 首周りから鎖骨、両肩と慣れた手つきで洗い出す彼女の眼は、何とな~くだけれど、何とな~くが混ざってる感が否めない。


 「はうっ」


 胸はやっぱ声が出ちゃう、ヤバいって。色々と敏感なのですよ…年頃って事も相俟ってさ…うぅぅぅ我慢我慢。お願いしてしまったからには、今更止めてとは言えない。


 身体が強張っているのが良く解る、もう我慢の限界が近いんです…カンベンシテクダサイ。ゃん、あ、駄目。


 お腹まで洗うと、次は足元へ回り、爪先から洗い始めるナムチ。


 「くすぐったくはないでしょうか?」


 「あ、アタシくすぐったいのとか、大丈夫だから気にしないで」


 足の指の間とか丹念に洗っていくナムチから、若干残念そうな空気が漂ってきたのは気の所為と思いつつLet It Beなすがままに



 子供の頃は、くすぐりに弱かった。


 右近にぃ、左近にぃはこぞってアタシをくすぐり倒すもんだから、耐性が付いたと云うか。我慢出来る様になっていた。


 中学に上がった頃にはへっちゃら・・・・・になっていたアタシ。


 にぃ達は『つまらん』って風になっちゃって、アタシに対してのくすぐりは無くなったんだけれど。その分、このえ小町こまちは滅茶苦茶されていたなぁ…ごめんねぇ。


 ここだけの話し、くすぐりに耐性が出来た分、反動は別の個所に来ていたんだよね。


 そう『大切な部分』は敏感になったって事よ。ポッチのトコと女の子の所って言えば分かるよね。って分かりなさいよね…分かって下さい…どこの因幡だ! よって…これは分からないか。


 なので、ナムチの洗体&マッサージを敏感なトコロにされる時は非常に辛い。


 脛から膝も優しくマッサージしながら洗体を進める彼女の手が腿に来た時、やはり声が出てしまう。


 「ひゃっ」


 「大丈夫ですよぉ、力を抜いて下さいましぃ」


 慣れた手つきで腿を撫でて行く。


 「それでは、コトネ様。最後に×××ピーを洗いますわ」


 「っちょ! 今何っつた?」


 「ええ、ですから。×××ピーを洗います」


 「言ってる意味が分からないんだけれど?」


 「ダメで御座いますよ、コトネ様。女性の×××ピーは何時でも綺麗にしておかなければ病気になってしまいますわ」


 「ちょっちょちょ、それは当たり前だけれど。ナムチが洗う事じゃないよね?」


 「いえ、女王様、姫君様の×××ピーは、何時もわたくしめが綺麗にさせて頂いております」


 此処の王族、莫っ迦じゃないの? 幾ら何でもそれは無い。有ったとしても、アタシの常識が許さない。


 「最初は誰でも緊張致しますわ、でもわたくしめにお任せ下さいまし。天にも昇る思いを味合わせて差し上げます」


 手をワキワキさせながらとか、無いわ~、マジ無いわぁ。


 「ぐへへへへへ」


 こいつ、とうとう本性を現しやがったよ。考えれば、大体の予想は付く。姫達の貞操は大事、それは解る。でも、性欲が無いわけじゃない。うん、判る気がする。かと云って女王が若いツバメを囲う事は無理だし。

 姫も『未経験』じゃないと後々面倒になる。それは何となく理解しようと思えば、理解出来なくはない、だけれど…。


 そこから導き出される答えは、目の前の『コイツ』の存在だ。


 あんの阿呆王女、なんてヤツを付けやがったんだよ! こっちの常識が異世界の常識と別モノだって分かってないのか? あ、分かってないからナムチコイツが居るのか…。最悪だわ、コレ。

 ナムチは『琴子アタシ琴子アタシ』をガン見しながら手をワキワキしていて、ヒャッハーモード突入寸前。


 総格部エースを舐めんな! 真っ裸の状態だろうが攻撃手段は心得てるからね、覚悟しなさい。


 下衆な笑い声と、卑猥な手の動きのナムチは全くの無防備だった。だらしのない緩み切った顔、そう顎に照準を合わせて、フック気味に掌底打ちを放つアタシ。


 決まった時の手応えを感じ取ると同時に、ナムチは意識を失い『カクン』と膝から前のめりに崩れ落ちる。


 「おおぉぉ、あびない!」


 噛んだ事はスルーしつつ、倒れてきた彼女を躱しながら、左腕で倒れる身体の勢いを殺してアタシとたいを入れ替える。


 「顎は外れてないね、うんOK~♪」


 気絶しているナムチを放置して、さっさと身体を洗い流し脱衣所へにげ…向かう。

 

 「コトネ様、御召しモノ…如何為されましたか?」


 アタシの慌て振りに、脱衣所で待機していた別の侍女が疑問を投げかけて来た。


 「服は自分で着るから、貴女はユリユー王女を呼んできて! 大至急」


 「は、はい只今」


 言われて踵を返す侍女の背中に「ダッシュ!」と怒鳴ると、意味は解らずともアタシの気迫に『急げ』と受け取ったみたいで、一目散に湯浴み場のドアを開けて出て行った。


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