召喚奇譚 ~なにやっちゃってくれてんの!~

ふかしぎ 那由他

第一話

 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 少女の悲鳴が木霊こだまする。


 何故なら、彼女は一糸まとわぬ全裸だったのだから………ってアタシだからね!



 高校がっこーの部活を終えて帰宅後直ぐに、さっぱりしようとお風呂に入ってましたよ。運動系の部活で汗とか埃とか凄いから、女の子としては女子力を落とさない為に入浴の回数は自然と増えたと云えるかな。そんな私は友人達に『しずかちゃん』と呼ばれる程の『お風呂大好きっ子』になってしまったのですよ。



 帰宅後、まずはさっとシャワーを浴びて、次に洗髪。


 「てぃもて~、てぃもて~」って、時間を掛けて腰まである長い髪を洗っていく。


 『てぃもて~』は小さい頃、親戚のエイコ叔母さんに教えて貰った『綺麗になる呪文』もちろん、今じゃ『ネタ』は解っているけれど長年の癖は未だ健在って事で、気にせずに口ずさむ『アタシの洗髪仕様』だった。

 って、これはオイトイテ…。


 ………全身綺麗にシャワーしてお風呂の扉を出たらここだった。


 アタシは、豪奢な部屋の中心に魔方陣とおぼしきモノ…どう見ても『召喚・・』だよねコレ。


 悲鳴を上げた時に足元に見えた模様は『魔方陣』だと解ったし。アニメや漫画とかで見たような感じの服装の神職らしき女性達と…多分『姫様』であろう美少女が居た。

 しゃがみ込んで大事なトコロを隠しているアタシに、慌ててローブを掛けてくれたのは助かるけど。何故に皆さんで『え?』って顔してるの? それはアタシが取るリアクションでしょう?



 「あ、あの~わたくしから、ご説明お差し上げ致します」


 一番見目麗しい女性が一歩前に出てきた。責任者なのかなと思ったが彼女の自己紹介に若干の苛立ちを禁じ得ない。

 『おなご』としてとても、とても腹立たしい程に美女だったからとは口が裂けても言えない。言えないから心の中で呪う。


 「私は、ここ『リモアール王国』ポロ・リモアール女王が第三子だいさんし、第二王女のユリユー・リモアールでございます。…こここここの度は、たたたたた大変、もももももも申し訳御座いません」


 大粒の涙をハラハラと流しながら、ユリユーと名乗った王女サマが謝ってきたよ。パニクって、どもって、ガン泣きって…どこぞの元市議の会見を彷彿させる狼狽振りだ。まぁ…それはオイトイテ。



 亜麻色の髪は床に届きそうな位長くて、身体全体が細いって感じで、長い首はモデルみたいに綺麗なライン。

 瞳はブルーで長いまつ毛、メイクは薄めで整った眉とスッキリとした輪郭。極めつけは、擬音で表すなら『バイン・キュッ・ポン』な訳で。アタシセンサーの測量結果は…身長155㎝の99㎝・53㎝・80㎝、バストはHカップだろうね、…あぁ何かイライラしてきたよ。


 白い薄手の法衣姿は、ほらアレよ『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はユリの花』ってヤツ。まぁ、名前もユリユーだしね。まんまかよっ!


 号泣会け…じゃなかった、号泣謝罪から説明に入る美女たる王女のユリユー。


 え? 敬称はって? はっ! んなもん付ける訳がない! 勝手に召喚してからに……しかも、しかもよ? 入浴中にって誰得なのよ? アタシは怒り心頭なんだからね?


 激怒も激怒、大激怒。やっと来た来た大巨神どころじゃないって位に憤慨中なワケですよ。驚き桃ノ木も、洗濯機が来る前に大逃走ですからね!

 あ~頭の中で考えてワケが分らなくなって来た。男が居なくて良かったわ、マジ居たら即殲滅してたわ。


 ………コホン、まぁそれくらい激オコなのですよ、ハイ。


 そんなアタシの精神状態が如実に顔に出ているらしく、おののきながらユリユーの釈明と涙声を含んだ釈明が始まる。

 アタシはアタシで仁王立ち、腰に手を当ててズシンと踵を踏む。素足だから威圧感は皆無だけどね。



 ◇



 「と云う訳で御座いますの」


 釈明後の私はと云うと、その場でorz状態。


 気紛れに…成功する筈はないと思ってやってみた? 『お巫山戯ふざけ』で召喚魔法を使用したと? で、返還魔法は知らないと?


 「じょ…じょ…じょぉぉだんじゃぁぁないわよぉぉぉぉぉぉ、何やっちゃってくれてんのぉぉぉぉぉ!」


 アタシ再び絶叫!


 叫ぶと同時に力強く立ち上がったので、アタシのローブがはだけてしまい、慌てて抑える神職女性改め、聖女候補者共。


 『はわわ』とか、何よ…こっちの台詞だっつーの!


 「お、落ち着いて下さいまし」


 申し訳なさそうにアタシに声を掛けてくるユリユー。


 「こんな状況下に置かれて落ち着ける人が居たら、是非に弟子入りでもしたいわよ!」


 「あうあうあう」


 何処かのオヤシロサマみたいな慌てた反応が一寸ちょっとツボっちゃって吹き出しかけたけど。直ぐに冷静さを取り戻して、大きく深呼吸。取り敢えず気持ちを落ち着かせたよ。全然納得は出来ないけどね! まぁ、話しを進めるに当たってアタシの自己紹介もしておくわね。


 「アタシの名前は峯藤みねふじ 琴子ことね十六歳。それで、貴女達に無理矢理召喚された者で…」


 部屋にいる全員が苦虫を咬んだ顔になる。


 「誘拐された被害者です」


 厭味ったらしく云いながら、鼻を『ふん』と鳴らす。


 アタシの眼光に射抜かれた皆の顔が更に歪むのを確認すると、少しだけ溜飲が下がった気持ちになった。


 一応は罪の意識があるみたいだから、これ以上突くのは可哀想かもだけど。納得も、妥協も、何も許してないって訳でアタシの非難はまだまだ続くよ何処までも~♪ ってな訳ですよ。


 「それで、これからどうしてくれちゃう訳? まさに裸一貫の私に、このまま出ていけだの、国の為に働けだの、ある程度の支度金と何処其処どこそこへの紹介状は用意するから自分で何とかしろとは言わないわよね?」


 「そ、その点にきましてわたくしの権限の元、最大限の保護をお約束させて頂きます」


 やっと交渉らしき雰囲気になった事でユリユーは横隔膜から声を出した様に力強く条件提示をしてくる。


 「権限って…第三子の第二王女サマにどの様な権限があるってゆ~の? 普通、政略結婚とかで嫁がされるまでは好き勝手出来る位なんじゃないの?」


 「おっしゃりたい事は解りますが、我が王国の場合、王族の姫は嫁がず親王爵と云う爵位を戴いき婿養子を迎える事になっております。しかし候補者の選定は厳しくもあり、次期女王以外は一生独身で終える王女が殆どで。ど…独身爵とも…呼ばれてもおります」


 自嘲気味のユリユーは瀬無せない表情を作るけど、独身貴族って何か良くない? とか思ってしまったアタシ。そりゃぁイチャラブしたい相手ダーリンが欲しいのも分かる気がする。でも、今は話しが違う。


 「わたくしも先日、十六歳になり、親王爵を授爵じゅしゃく致しました…」


 ズ~ンと沈むユリユーに周りもつられて何だかお通夜みたいな雰囲気になっちゃってますがぁアタシしてみればそんな事は知ったこっちゃないし、同情もしないわよ。てか、アタシとタメじゃんよ。

 因みに、婚姻相手をゲット出来たら陞爵しょうしゃくして侯爵に、男子は大公に陞爵すると云う。アタシには『あっそ』って感想しかないわ、だって興味ないもの。


 「心痛な雰囲気の中に浸っているのは良いけどさ、アタシに対しての『保護』って言葉だけじゃ大雑把過ぎじゃない?」


 「そ、それでは、ご希望に沿える事は何でも致しますわ」


 「だ・か・ら! その詳細を提示しなさいよって話しよ。これはアリ、これはナシって境界線が無いままだと、アタシに対しての保護と云う名目で何でも・・・してもらうわよ?」


 かなりな・・・・含みを持たせて言ってやると、皆が『ビクッ』と身を震わせる。霞み掛かった条件提示は危険だよ? って、アタシは遠回しに脅かしてみる。


 「こっちとしては、ユリユーの特権は何処までなのか教えて欲しいんだけれど?」


 アタシの物言いに、気圧されるユリユー。


 「そ、そうですわね。授爵時に爵封と爵禄等も頂いておりますから、騎士爵位の授爵と屋敷・領地は勿論の事。配下の手配や禄も騎士爵禄の三倍は出させて頂きますわ」


 指折り数えながら『特権』とやらを説明するユリユーに、アタシは右の手の平を向けて待ったを掛ける。


 「ちょい待ち! そんな爵位とか貰った所で、勝手に召喚した人間の手下になる訳ないでしょ? 貴女の身勝手な行いで、アタシの持っていた『自由と権利と責任』は全て奪われちゃってさ。例え国王が逆立ちしたって、奪われた『自由・権利・責任』と『同等』のモノは絶対に用意出来っこない。

 この世界の文明レベルがどの程度かは分からないけれど、アタシの居た世界、アタシが住んでいた国は、馬が走る以上の速さで移動出来て、何時間でも走る事が可能な乗り物もあるの。正当な手続きとお金さえ払えば、空を移動する手段を得る事だって簡単な事よ。

 この世界みたいに魔術は存在しないけれど、それ以上の便利さが存在する世界。この世界は人が武器も無しに街から街へ移動出来るの? アタシが居た国は余裕よ。反対に、武器を所持していると犯罪者になってしまうくらい『安全』な場所なの。

七歳から十五歳くらいまでは『教育』を受けなくちゃいけない法律だってあるんだけど、アタシがいた世界では、一位二位を争う位に充分な教育が受けられる制度のある国だった。

 そして、その間は労働で対価を得る事は禁止されてるけど、二十歳までは親とかの保護者が責任を持って育てる事が当たり前の国で生きて来たのよ。よほどの貧困家庭じゃない限り、ひもじい思いをする事さえ無い。教育機関で知り合った同年齢の友人たちと気軽に遊びに行ったりもするし、15歳以上からは労働も許可される場合があるから、報酬は『自分の為だけ』に使う事が当たり前の世界。言いたい事だって言える機会が多いし、ましてや『貴族』様に『気に入ったから連れてまいれ』とか言われて強引に屋敷で手籠めにされる事も無い、18歳になれば政治にだって参加出来るんだからね。貴女にそれに釣り合うモノを揃えるのは無理でしょ?」


 一気にまくし立ててお陰で、少々息切れモード。


 「はぁはぁ…」喉渇いた。


 気が付くと水の入ったコップをトレーに乗せて、アタシに差し出す侍女の恰好した女性。侍女で間違いないでしょ、うん侍女だわ。


 「ありがと」


 お礼を告げてコクンと飲むと、水は口の中と喉に滲み渡りスッキリとした気分になる。ふー、落ち着いた。


 「ん? なに?」


 ふと周囲を見やると、改めて事の重大さに血色が悪くなっているユリユーと聖女候補者共。内心、とんでもない世界から召喚してしまったとでも思っているんだろうね。アタシだってね、失ったモノは巨大過ぎる程の大切な世界だったんだよ。

 部活にバイト、彼氏…は居ないけれど。じぃじぃやばぁばぁ、お父さんお母さんに双子のお兄ちゃん右近にぃと左近にぃ達と弟のこのえ妹の小町こまり。家族仲だって、かなり良いと自負出来る位良かった。


 明日はひいじぃじぃの剣道場と、明後日はひいばぁばぁの合気道場に行く約束もしてたのに…。部活の総格、総合格闘技部の合宿だって楽しみだった全部消えちゃった…。


 山行って海行って、皆で『猪に会ったら倒さないとね』とか漫画みたいな事で盛り上がったのは今日の部活中の話し。まぁ猪を倒すとか無理なのは重々承知よ、脳筋って言われない様に期末試験は部員全員平均点以上取ったしね。


 自称「学生の頃は佐竹先輩のスパーの相手だったんだぞー」が口癖の銭高先生も試験結果には、滅茶苦茶喜んでたのに。

 『これで、教頭にグチグチ言われないで済む』とか、聞かなかった事にしたのも昨日の事だった。


 なんか攫われ召喚って実感湧いてきたら、悲しくなって涙が出て来た。


 「ううぅっ…グスン」


 せきを切ったかの様に涙が溢れちゃって、止まらなくなってしまったアタシ。


 「うわぁ~ん、え~んえんえん、かえりたいよぉ~」


 突然、泣き始めたアタシの様子に慌てふためく『やらかし隊一同』


 たがが外れて仕舞った感情を止める術も手立ても無く、右往左往するユリユー達。落ち着かせようにも触れて良いモノなのか、アタシの肩に触れようとした手を出しては引っ込めている。


 アタシと云えば、立ったまま天を仰ぐかの様に顔を上げ垂れた両手をブラブラさせて、駄々っ子みたいに泣き続けた。


 「おうちかえるぅ~、アタシんちにかえるぅ~。うわぁぁぁぁぁぁん」


 「あの~あの~…」


 ユリユーの声が聞こえた気がするけれど、今は泣く。只々、泣く。目一杯、泣いてやるんだからぁぁぁ!



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