第210話 本戦ー最終日・嵐の前の安息

「はは……ナニコレ?」


カグシとの激戦をなんとか奇跡的に制して、隔離塔から這い出てきてすぐに見えた光景に俺はそれしか言えなかった。


いったいどういう経緯か、最初の塔とその周辺が空間ごと抉られた穴ぼこを晒しては派手にぶっ壊れていたんだからそうなっても仕方ないと思う。


と、俺が現実を認識するのに時間を費やしているとどこかしら空間から滲み出てきた悪魔じみた怪人が姿を現す。


「これはこれは、プレジャ殿ではないか! 貴殿も生き残っていたのか!」

「あ、『怪人の巣ヴィランズ』の……ボティス、だったけ?」

「如何にも。我がこそ怪人のまとめ役ボティスである!」


声でっか、あと見た目厳つ! 


俺がボティスとの初エンカウントに最初思ったのこのふたつだった。


ヨグに話は聞いてたし、軽く印象ぐらいは共有してたけど……噂以上だな。


極端な支援タイプで戦闘力はないらしいが、禍々しい角があったり白目全体が真っ赤だったりで外見上の圧が半端じゃない。


正直俺がリアルであったら目をそっと逸して回れ右するタイプだ。


と、言っても今回ばかりはそうもいかない。状況を知ってそうなの今はこの人ぐらいだし。


「その、ここでいったい何があってこうなったんだ?」

「ああ、それなのだがな――」


絞り出すようにして事の経緯を問うとボティスは快く、やっぱ少し大きな声で話してくれた。


で、そのボティスの話を要約するとこれはヘンダーが俺の魔術を利用して消滅属性滅魔法っぽいものを滅多打ちするという常軌を逸したやらかしの結果らしい。


え、マジ? 俺の魔術そんなことになってたの?


あ、あの人いつの間にかそんな細工を……。


でも、そういえば始めの中央塔に使う『スターリング』をかさ増しするために作っては適当に『ザ・ケージ』の維持用魔法陣に放り込んでの流し作業に隙があったかも。そん時か、多分。


確かに魔法陣でのオート制御は補正も乗らず、他者への干渉に弱い。元から生産アイテムを作るための技術なのだからそれは当然だ。


だからこそひと目では簡単に乗っ取られないよう巨大化したり、壁に隠蔽工作したりもしてあったんだが……製作を最初から覗き見てたヘンダーには意味がなかったようだ。


今回は結果的に益になったが、次も同じこと起きる時はこういかないだろう。これを教訓に魔法陣の扱いはもっと慎重を期さないといけない。


ったくなんて人だ。仮にも仲間に一言相談なくそんなことするか普通。あの性悪魔王め、ほんとに油断も隙もねー!


「……よく生き残れたな、あんた」

「はっはっはっ! それが妖術師のいいところよ。確かに戦闘力はないが身を守るのに便利な能力が色々とあるのだ。まあ、我以外の同胞は全滅したがな!」


妖術師……確か、アガフェルも持っている特殊強化系ジョブだったけ。


特殊強化系ジョブはどれも補助的な能力しか持たず直接は何か作ったり攻撃したりは出来ないマイナージョブ群と聞いたが、あの状況から脱せるのであれば侮っていいものではないな。


俺も立場上、何より重要なのは自分の生存能力。これは今余っている職業装備ジョブウェポンの枠に一考の余地があるかもしれない、覚えておこう。


「ともかくあんた以外は敵も味方もここでは全滅、でいいんだな?」

「うむ、その認識で間違いない……っと話して込んでる間に来たようだぞ」


とか、考えながら話しているとボティスが言った通り足音が近づいてきていた。


「ん? 誰が……あ、ヨグ!」

「よう、生きてたか。てっきりもうくたばってると思ってたぜ」


遠く、東隔離塔があった場所から来たヨグが気さくに声をかけながらこちらに合流する。


ヨグの実力は俺は特によく知っていたからそこまで心配していなかったが、やっぱりヨグが勝ったらしい。


ただヨグの少し足取りがぎこちない。よく見ると所々普段は完璧に隠れてる機械パーツが露出している。取り繕う材料すら足りない証左だ。


流石のヨグもバッキュン相手に余裕とまではいかなかったようだ。


「あはは、酷い言い草……まあ、分かるけど。自分でも勝った実感が湧かないし」

「いや、俺は褒めてるんだぜ。よく怪力娘相手に生き残ったもんだ」

「色々あって奇跡的にね。まあ、お陰でボロボロで格好付かないけど」

「そりゃ確かに、はははっ!」


今言った通り俺も人のことを言える状態じゃない。


装備こそほとんどが不懐属性で傷ひとつないが、恐らく顔色が壮絶に悪い。足腰もちょっと震えている。


さっき見たがとこ指先とか真っ白で血の気がほとんどない。これで未だに強制ログアウトしてないのはほぼ意地みたいもんだ。


「まったく、騒がしいですわね」

「けっ! てめぇ生きてたのかよ。魔法で八つ裂きなってなくてよかったな、おい」

「当然ですわ。あなたこそ銃撃でスクラップにならなくて良かったですわね」


俺たちがお互い状態に苦笑交じりに笑いあっていると、またどこからともなくアガフェルが側に立っていた。


こっちは……あまり疲れは見えない。


確かにアガフェルが相手したメキラは『Seeker's』じゃ一番戦闘力は低いはずだけど、あの魔法の連弾は相当脅威だ。普通余裕で倒せる相手ではないはずだけど。


ただ疲れを隠してだけかもだが……やっぱ底が知れない人だ。


「うわぁー!? みんな退いてー!」


もうここまで来るとそういう流れが出来ていたのだろう。


最後のひとり、我らがクランマスターもこの時に絶賛こちらに急接近中だったようだ。


ただし、あまりにも突拍子もない方向でだけど。


「ふ」

「よっと」

「え? うわっ!?」


甲高い悲鳴を上げる黒鎧の大男アバター……ヘンダーは何故か他でもなくから降ってきていた。


ヨグとアガフェルは余裕で、俺はちょっと慌ててその場から飛び退く。


ガシャン!、と凄い音を立てて落ちたヘンダーだったがその割にはダメージはそんなになかった。見た感じ風属性で落下速度を減らし軟着陸したように見えたからそのお陰だろ。


「ふぅ……やっと復活したよ。消滅属性で死ぬとリスポーン時間まで伸びるから参るね、ほんと」

「ヘンダー、なんつーとこで帰ってきてんだよ……」

「これに関しちゃ後輩くんのせいでしょ! まったくもう、どんだけ高く浮かせてるの」

「あー……そうだった。俺が飛べるからつい、こういうこと失念してた」


そう言いながら俺は空を仰ぎ、月明かりに追従するように浮かべてある拠点コアを見上げる。


今回の計画でネックになっていたひとつが、拠点コアをどう守るかというものだった。


隠し場所が地上や地下だと滅多打ちしてた『スターリング』に影響を受けるし、だからとそこを不自然に避けたら他クランから丸分かりだ。


だから暫く悩んだ結果……恐らく俺にしか隠せない場所があるのを思い出した。


『伝魔・天』


上方向である程に魔法の効果範囲を広げてくれる星界術士アストロキャスターのもうひとつのスキル。


現在完全飛行ができるプレイヤーは極めて少ない。俺が知る限りだと俺とヨグだけだ。


そうである以上、超上空はかなり安全な隠し場所となりえる。


『伝魔・天』と同じスキルを持っているプレイヤーの可能性も考えたが、ちょくちょくと調べて見ても現状として何故か星界術士アストロキャスターは俺しかいないらしい。


これに関しては謎だ。あのクエスト《遍く輝きを掴んで》の完全攻略方法は検証班たち努力の結果概ね判明している。


なのに星属性があるジョブ……それどころか類似したジョブを得た報告すらいないという。これにはクエストをクリアした皆が首を傾げていた。


というわけで俺かヨグ以外はやたら見つけずらく、地上でのドンパチにも巻き込まれない安全な超上空に魔法陣で色々と細工を仕掛けて拠点コアを隠していた。


イベント時の復活地点は拠点コアの側で固定だ。だから飛ぶ手段がないヘンダーは復活した直後に落ちるしかなかったわけだ。


「いやーごめんごめん。なんかイメージのせいで他も平気かなって思っちまった」

「ふーん……まあ、後輩くんが私やフェルちゃんをどう思ってるかは後で詰めるとして」


ヘンダーの不穏なセリフを聞きながらも残った『怪人の巣ヴィランズ』もこっちに取り込み済みで、これでほぼ勝ち確定、長いイベントもようやく終わり……と思って安堵していたのだが……。


うちのクランマスターは、このイベントをこんなもので終わらせるつもりないようだ。


「残ったクランは私たちとそこの怪人さんたちのとこだけ。これでようやく準備は整ったね」

「え……準備? まだ何かあるの? 俺ぶっちゃけ眠いんだけど」


さっきの戦いで無理しすぎたせいか、今にも土の上を寝転げたい衝動でいっぱいな俺は流石に弱音を吐いた。


「あー……だったら先に寝てていいよ。デバフこともあるし、私達も後で仮眠をとるから。それにこの仕上げに後輩くんは居なくても平気だからね」

「あ、そう......なのか。じゃああっちで、ちょっとだけ休む」


何か嫌な予感がする。敵はもうないのだから大丈夫と思うもののそんな感覚が頭から離れない。


でもこれ以上起きていることもまた、俺には限界だった。


この予感があまり当たって欲しくないと思いながらもどっと押し寄せてきた疲れに身を任せて俺は暫くの間眠りに落ちたのだった。


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