第208話 本戦ー最終日・魔食光越 その2

 そこから暫く続いた光景は戦闘と言う名の捕食。いや、そもそもモルダードにとってどっちも同じことなのかもしれない。


 蹂躙されながらむさぼり食われ、脆弱な身を守る鎧が剥かれる


 恐怖に気が触れてもおかしくない状況でファストは考えていた。


 この男に勝つにはどうすればいいかと。今日までもずっと考えて積み重ねて力を付けて来た。


 だが、それでもまだ足りない。何が足りない?


 まずは主が身を削り授けた力をまるで使いこなせていない。対等以上の強敵を前には大き過ぎる身体などただの重りだ。


 扱いきれない武器など無きに劣る。こんなハリボテでは意味がない。


 もっとコンパクトに、シンプルに、それでいて濃密に……この目の前の男がしたように。


 今度はこそこの男に追いつく、追い越す。


その自分のAIを焼き切るような強烈な意思がファストを衝き動かしていた。


「む?」


 夜光の衣を打ち付けていた腕が突然にからぶりモルダードが怪訝そうに視線を動かす。


 その先ではついさっきまで広く展開していた夜光の衣がファストに向かって吸い込まれていくのが見えた。


 不可解な現象を警戒はするもそればかりでモルダードは静観を決める。この状況でまだ逆転の手があるなら見てせてみろ、それすら食らってやる、そう言ってるかのように。


 モルダードしたことの再現か、ファストの体内に夜光の衣が侵食する。

 だが、それがファストを傷付けることはない。


『神獣化』、これはその名が示す通りただの変身スキルとは違う。


《イデアールタレント》の世界にとって『神』とは、形なきものに法を定めしモノ。


神を真似た獣は今まであやふやだった目指すべき理想の意識がはっきりとしたことで、やっと力は形を成していく。


『神』にとって正しく成された法こそ今の正常であり、損傷にはなり得ない。


「きゅうぅ……」


 爛々とギラつく深紅の目を中心に銀毛の表皮に夜空の黒が燃える上がるように流れる。


 夜空の色に侵されていく身体は輪郭が希薄なっていくのか端々と輪郭が虚空に溶けたように揺らぐ。


 末端の耳や丸い尾はもはや、どこか根本で終端かすら定かではなくなっていた。


 口は門歯を残したまま完全に隙間を消している。それにも関わらず口であった周りでは常に何かガスじみた毒々しい煙が漂っていて呼気が感じ取れる。


 最終的にそこにあったのはさっきよりずっと小さくなりながらも、輪郭を虚空に溶かしながら幽玄に佇む夜光と銀閃を混ぜ靡かす中型の獣へと変じる。


「はははははっ! 何が起きたのかまでは知らんが……まだ、楽しませてくれるということだな!」

「きゅっ」


 1歩踏み出したその瞬間、ファストの脚が


「ぐはぁっ!?」


音の認識すら置き去りにし爆発的な加速で突き刺さったファストの蹴りがモルダードをくの字に曲げる。


『滅脚』が発動し、連続の追加ダメージに後退り腰をへし折られながらも、治癒スキルとともに足を変形させ、何とか踏みとどまるモルダードは実に嬉しいそうに目の前の獣を見やり言葉を紡ぐ。


「なる、ほど……足りなければ、一撃一撃に、すべてを絞り出す。それがお前の答えか」

「きゅう」


―― この一撃の間にはファストの身体にはいくつものことが同時に起きていた。


まず『神獣化』の力を圧縮して脚に送り、それに最適化する。その後『星肺』からバフのポーションと膨大な量の星属性魔力……そして加護がガス状して流がす。


全てを方向性だけ纏めてデタラメに制御し推進力に変えて跳んだ結果……脚が過負荷で弾け飛ぶことを引き換えにモルダードに届いたのだ。


足りなければありったけ掻き集める。目指すものに届くまで。


これがファストの答え。自らが力に科した法だった。


「だが、その力そう長くは使えまい」


モルダードが言った通り、1回爆ぜてボロボロなったファストの脚は夜光の衣を継ぎ接ぎにしてただ形を有してるだけとなっている。


ファストに種を超えた再生能力なんては備わっていない。『星肺』に入れているポーションでの治療なども、これでは焼け石に水だろ。


リソースが尽きればそう遠くない内に戦えなくなる。


「きゅう!」

「くぅッ!?」


でもそんなの関係ないとファストは自身の血肉を飛び散らせ、モルダードへ猛攻を仕掛ける。


ひと蹴りで自身の肉が裂け、ふた蹴りで骨が砕けてる。それでもファストは止まらず、地を壁を跳び多角からモルダードを襲い続ける。


―― どうなろうと、今度こそはお前を超えていく。


何度も蹴りを受けながらファストの意思を察したモルダードは、今日最も獰猛な笑みを浮かべて吼える。


「ふはは、ははははーっ! そうでなくては……いいだろ! その血肉、骨の一片が尽きるまで俺も全力で相手してくれるっ!!」


治癒スキルのエフェクトとともにモルダードの夜光の衣も厚みを増す。


どう見ても治癒スキルが追い付かない改造を自身に施しながら捨て身のファストにあっさりと追い付く。


両方ともに後を捨てた攻防は余人の想像には及びつかない、壮絶なものになっていく。


片方が殴れば、相手も瞬時にやり返す。その度に傷害と自傷を共に繰り返しながらも何十、何百と脚と拳を打ち合いどちらも攻勢を緩めない。


敵と己、どっちが付けたかも知れない傷を増やし合う異様な光景が出来上がる。


余人が瞬きする暇もないスピードで行われるその戦いは、もはやどっちが何をして傷が増えるのかすら定かではない混沌とした応手。


「きゅぅううーッ!」

「あははっ、はははははーっ!」


けたたましい狂笑と痛み示す赤い粒子が絶え間なく塔の空洞を満たす。


黒混じりに瞬く暴風たちはすでに避けることを辞めて、どっちが先に消えるか競いぶつかり続けている。



そんな中でファストは不思議と自分の主のことを思い出していた。



正直、自分の主は誰より優れた人物とは言えない。まだ自我も薄かったテイムされてばかりの頃からその印象は大して変わっていない。


戦闘力なんていつの間にか追い越していたし、普段の様子からも特に驚くほど優秀な面があったりもしない。


最初のボス戦……オークキングとの戦いの時だって詰めをしくじって挫折した彼を見て命令通り突撃しながらぼんやり“またやり直し”と思っていた。


これが終わればまた作り直されて、あの草原で意味もなく敵を待つ。世界が始まる前からのそれだけの日々が戻ってくると。


でも予想と反してそうはならなかった。何故かその主は立ち上がり自分と並んで戦うことを選んだから。


きっとその時からだろう。自分が“特別”になったのは。そして相手が“大切”になったのは。


彼がこんな自分に意味を見出したから過去には想像もしてない強敵と渡り合える、今の唯一無二の自分がいる。


自分自身を特別にしてくれた人を今度は自分が特別にする。


いつの間にか自分の中になんな願いが芽生えていたのはある意味自然ことだった。


 例え、どこを目指そうと。


 それがどれだけ困難だろうと。


 あの少し無謀で夢見がちな主を、どこにでも連れて行ける存在になる。


だから、こんなとこで足踏みしてる暇なんてない!


まだ、まだ遠慮がある。もっと全力を絞り出せ。


本当の本当に、ただ一直線に……ありったけを注ぎ込めと自身を覆う力に願う。


大きく下がったファストが狙いを定める。これが最後、そんな空気を伝えながら。


「……来いッ!」


そこから、モルダードは逃げない。


相手が全力ならばなにが来ようと逃げはしない、正面から打ち勝つ。そんな闘志を滾らせて。


そして地を蹴る音する……よりも早く、ファストは空中で加速しながらモルダードに突貫した。


音すらを置き去りした最後の一撃にモルダードは……反応していた。


事前にバフと夜光の衣を目に集約させていたモルダードの動体視力は人の認識限界をとうに超えていたのだ。


「これでッッ!?」


カウンターを叩き、こちらの勝ち。


その予想図を描いて拳を突き出したモルダードの視界が突如と歪み、


次瞬間に自分の懐に気配を感じ、モルダードは辛うじて目線を下げたそこにファストは確かに居た。


まるで歪んだ空間から飛び出して来るようにして。


ファストは最後の一撃に自分の全能力を限界以上に圧縮して放っていた。それは特に星属性による惑星への重力干渉に色濃く表れる。


重力は空間そのものに干渉する力。それを単純に一直線化し、極限の移動力に変換したが故に叩き出した現象演算結果


その理論が現実で正しいかどうかはあまりが関係ない。ファストの勝利への執念がゲームのシステムAIにそう思わせる程に力を集めて得た。


―― 結果として、モルダードの目に自身が映るよりも早く接近したファストは、彼の腹を貫いた。


「ぐぁ、がァッ!!?!」


そんな超越的なスピードを制御出来るわけもなく、モルダードを射抜いた勢いのままファストは背後にある壁をぶち抜き遥か彼方へと消える。


空に身を焦がし、己の軌跡をどうだと見せつけている銀色の流れ星に振り返り。


「ははっ……まさか。俺を倒すため光すら、超えて来るとはな……認めてやる、今回は俺の、完敗だッ!!」


どこか呆れた、でもとても清々しい声を残して。


モルダードは光の粒子に沈んでいった。





_____________________


・あとがき


※ストーリー補完


ファストの現在ステータス


種族名:夜光神兎ラートリー 名前:ファスト 50レベル 固有種

スキル:『滅脚』『星肺』『才星』『不滅』『終族』『神獣化』



・『滅脚』

『跳躍』『蹴撃』『蹴砕』と『滅刀・シヴァ』の能力が合わさったスキル。このすべての補正、能力が脚に集約される。


・『星肺』

『肺合』が濃い加護の力を受けて変異したスキル。

その新しい効果はあらゆるエネルギーのストック。貯蔵袋が星肺という新しい器官になり、毒と薬だけでなく魔力や加護をも貯蔵出来るようになったもの。その上で貯めたものを貯めた時間に応じて強化も出来るようになった


・『才星』

主人とジョブを共有出来る。初期枠はひとつまで。

スキル所持者の成長に伴い強化される可能性はあり。


・『不滅』

どのような状況でも完全なるロストはしない。

つまり眷属の契約を解除してロストさせる、という行為も不可能になる。※眷属契約を解消するつもりが毛頭なかったため、主人公はこの仕様をしらなかった。


・『終族』

最終進化を迎えたものの証。

これで進化は出来ない代わりに、レベルアップ時の能力値上昇が増大する。その分、必要経験値も増大する。



・『神獣化』

星獣化が強烈な加護により転じたスキル。

変身の姿が変化し、本来の能力が消えた代わりに発動してる間『才星』で共有したジョブの能力も強化される。


変身の姿は『才星』にセットしてるジョブに最適化される。


ファストの場合は夜光の衣という力の塊を纏い状況によってそれを転用し、魔法にも肉弾戦にも対応出来る仕組みになっている。


夜光の衣は魔力などのエネルギーが可視化されただけのもので実体はない。






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