第207話 本戦ー最終日・魔食光越 その1

 隔離塔・北側


 窓1つないそこで半裸の大男と銀毛の兎という対極のふたりが張り詰めた空気の中で対峙していた。


「今回はどうあれ割り込みはなし、と思っていいんだな」

「きゅ!」

「ふっ、そうか……約束通りにいい舞台だ。やっとお前と思う存分にやり合える」


今にも襲い掛かろうとしたファストをモルダードは静止する。


「前もって言っておく。俺たちの拠点コアは今ここにある」


モルダードは分厚い腹筋に覆われた自らの腹を指差す。よく見ると腹筋は内側から押されてように目立たない程度だが少しだけ丸みを帯びていた。


「デカくて呑み込むのに少しばかり苦労したが……まあ、俺たちのクランにとってここが1番安全だ。後は……言わなくても分かるな?」

「きゅう」


 合図はそれだけというように、両者が構える。


 ファストの身体が『神獣化』により黒い下地から銀河ごとく輝きを宿す夜光の衣に覆われていく。体積が何倍も膨れ上がり、大男であるモルダードをも遥かに見下ろすまでになる。


 最初から出し惜しみはなし。というファストからの意思表明だ。


「ふっ、そう来なくてはな」


 それに答え、モルダードの手も素早く動く。


 クランの仲間が事前に盛ったものだけでなく、今この場で自分で出来る最大の料理バフを盛り。


 お互いに準備を邪魔するなどと無粋な真似はしない。


 ただ思いっきり全力をぶつけ合う。今ふたりにある思いはそれで統一されていた。


「ふんっ!」

「ガァー!」


 咆哮と気合が響き、拳と蹴りが衝突する。


 まず今の全力を確かめ合う。どちらともなくそう思ったふたりが敢えて攻撃をぶつけ合い、力を競わせる。


 そうして押し負けた果たして……モルダードの方だった。


「くっ……うぅっ! もう、純粋な力比べではこっちが負けるか!」

「グルゥゥッ!」


 押し負け突き出していた腕は『滅脚』の餌食となり、何回に渡って深い傷跡が穿たれる。


 その結果、モルダードの腕は半ば千切れかけ使い物にならなくなったのは明白だ。


「だが俺も、前と同じとは思わないことだ。『祈祷・創』『命創めいそう』」


 傷が見る見る治っていく。


 神官系と戦士系の複合ジョブがひとつ、祈闘士モンク。高い自己治癒能力を持つ戦士系ベースのジョブだ。


 これの類似ジョブである聖騎士が攻、防、治癒のバランス型だとすると、祈闘士は攻が低く防と治癒に優れたジョブだ。


 HP回復と欠損再生のスキルで全快したモルダードがファストの足元に果敢にも踏み込む。


「ふっ、はっ!」

「っ!」


 そのまま体勢を崩すため足狙いで放たれるモルダードの拳を巨体とは思えない軽やかなステップで避け続けるファスト。


 避けられる度、身体の構造を料理バフで組み換えどうにか命中数を上げているモルダードだが、そういう変則的な攻撃はどうしでも威力が落ちる。


『神獣化』により開いた素の身体能力差は歴然で、モルダードの攻撃はさしたるダメージにはなっていない。


 寧ろ、無理のあるインファイトをしているせいでモルダードの方にダメージに蓄積していく。都度治しているもののMPには限りがある。


 このまま限界が来て終わり……かと思われたその時。モルダードは想像だにしなかった行動に出た。


「っ、捉えた!」

「ガァッ!?」


 なんと、『柔軟法コントーション』で撓らせた腕を紐のように巻き付けファストの巨大化した蹴り足、その爪の1本に掴み掛かったのだ。


 ガッチリと爪に腕を固定し掴まったモルダードだが、それでもファストの力は削げきれない。地面を擦り後退するモルダードは、今度は大口を開けて爪に噛みつく。


 殺しきれない勢いに頬が千切れ、口内から頭が割られる直前。


「ッ!!」


 モルダードは、残ったもう片方の腕を肥大化し自らの下顎を打ち上げる。


「はははっ、ついに獲ったぞ」


 それにより半ばから折れたファストの爪を咥え、どころどころ穴が空いた口の間から道化師スキルでの炎をチラつかせながらもモルダードの嬉しげな声が漏れる。


 ファストは、それを見て困惑していた。自分を包み、大きくするこの夜光の衣には実体がない。普段はそれをコントロールし外界に影響を及ぼしているだけで、これはあくまで力の塊であり、誰かが掴んだり出来るものではない。


「不思議か。この実体がないはずのものに、俺が噛みつけるのが」


 火で炙った夜空の如き爪を咀嚼しながら、モルダードは語る。


「俺は考えた。お前たちに負けた時、いったい何が足りなかったかと」

「……」


 ―― モルダードが新しく得たジョブは祈闘士モンクだけではなかった。


 解体士の上位かつ隠しジョブがひとつ、分断士アナリシス


 ありとあらゆるものを切り分け、手に入れることが出来るスキル『分離』を持つジョブだ。


 それこそ実体があっても無くても関係なく、スキル『分離』はあらゆるものを切り分け素材に変える。例えそれに本来は形がなくとも。 


「結論として俺の道は何も変わることはなかった。口にしたモノは毒だろうが何だろうが飲み込んですべて糧にする。ここでの俺にはそれしか道はない、とな」


 ファストの実体なき爪を食したモルダードの身体から夜光の衣と同じ銀河色の何かが滲み出す。


「だから俺は―― 魔力でも何でも食うことに決めた。後は死物狂いでその手段を探した。ただそれだけのことだ」


 それらは容赦なくモルダードの肉体を傷付け、抉じ開けるようにして全身を侵食していく。


 実際にモルダードのアバターは損傷し、ダメージエフェクトを撒き散らすが回復スキルのエフェクトがそれをねじ伏せる。


 やがて、黒背景に星屑をぶちまけた禍々しい物体をまるで剥き出しの筋肉にして纏う異形と化したモルダードが地を蹴る。


 だったそれだけで轟音が響き渡り、モルダードは宙高く舞い上がってファストの腹の下に着いていた。


 ファストが気づいた時には既にモルダードの腕は振り抜かれ……自分の何倍もあるファストの身体を拳で浮かせていた。


「ははははっ! 凄まじいな、この力は! 今なら何だって出来そうだ!」


 空中で体勢を崩したファストにモルダードの容赦ない連撃が襲う。


 その度にファストの夜光の衣が剥がれ、ボロボロになっていく。


 このままだと不味いと判断したファストは『星肺』のストックを一部解放して高威力のレーザーブレスを放つ。


 流石にこれにはたまらず着地し、レーザーが届かない角度に避けたモルダード。


 これ幸いとファストが近くの壁を蹴って飛び込む。


 対して正眼で構えたモルダードはまた自分の夜光の衣を操作し、手の肉を骨の間を縫って裂き大きく開く。


「甘い」

「グァッ!?」


 そこに夜光の衣で満たし、何倍もの面積となった掌をファストに触れて巨体を難なく受け流す。


 またもや隙を晒し、モルダードがそこを容赦なく攻めたてる。


 ファストは離脱のため再度ブレスを吐こうとするも……。


「おっと、それはもう使わせない」

「アァッ!?」


 1回で予備動作が覚えたモルダードに顎をかちあげられ出鼻をくじかれた。


 それならと爪を牙をと伸ばし、カウンターを狙うが尽くいなされる。


「俺は最初あったあの時から直感していたのかも知れないな。お前は俺の……」


 逆に拳に身が削れ、力で出来た偽りの肉が飛ぶ。


 モルダードは口腔を強引に裂きに獣の如く開いた口がその肉にかぶり付く。


「最高のになり得ると!!!」


ファストは自分の捕食者がそこにあるのだと、嫌というほどに気付かされたのだった。

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