第206話 本戦ー最終日・悪徳の因縁 その2


ヘンダーとメルシア、それぞれクランを率いる立場の巨頭たちの身勝手な因縁で火の付いた攻防は激しさを増していた。


「よっ、ほっ、と!」

「もう、ちょこまかと鬱陶しいな!」


ノーモーションで繰り出されるヘンダーの魔法を高速で動き回るメルシアは避け続ける。


頭だけでなく時には胸、胴、足と数ミリ先で突如と発生する魔法の嵐。


普通なら回避不可、数瞬で消し炭なるであろうそれらを紙一重で抜けていくさまは誰もが目を見張るほどの見事なものだ。


ちなみにこの間に他のクランものたちはいうと……。


「そこ、いい加減退いてもらえませんか~」

「そうはいかんな! 我らの仕事は彼らの邪魔させないことだ!」


『陽火団』は『怪人のヴィランズ』に阻まれ。


「ど、おお! くそ、失せろこの兎ど、ぐぎゃ!?」


『天下独尊の剣』のシグルスは未だに重力場と兎たちのボールにされ。


「ぎゃああー! 送り出したはいいっすけど、出来れ早く帰ってきてっす」


快食屋グルメ』のメンバーたちは内部に降るようにしたままの疑似隕石に翻弄されていた。


もっともそれが無くてもこのふたりの戦いに割り込めたかは疑わしい。

それほどまでにヘンダーがまき散らす破壊とメルシアの神がかった技量は周囲を圧倒していた。


「ふぅー……なかなか大変だが、間近で来ても避けるタイミングは掴めてきた」

「君は本当に……どこまでバケモノなのさ」


その圧倒的な実力に辟易としたヘンダーがそう言って肩をすくめるのも頷ける。


とは言っても未だお互い千日手状態であることに変わりはない。このまま行くと恐らく運動量からして先に疲弊するメルシアがジリ貧となる。


だが、メルシアの顔に焦りは見られない。むしろ何処か嬉しいそうな、それともうずうずしてる表情にさえ浮かべていた。


「ほらほら、どうしたの。もう万策尽きたなんて言わないよね!」

「当然。そっちがいいもの見せてくれたお礼だ、こっちもそれなりもんで相手してやる。しかと見ておけ―― 『分身体アバター』」


メルシアがスキルのキーワードを呟いたと彼女の身体から残像が生まれ……やがてふたりとなる。


「何かと思えば、また分身? しかも前より随分と数が減ってるね」

「多ければいいってもんでもないだろ」


片方、恐らく分身がヘンダーの視界から消える。


少し遅れてそれが高速移動によるものと知覚したヘンダーは慌てて自分の周りを様々な魔法の防壁で囲む。


だが、その防壁は正面から来た本体がその防壁を溶断し、分身がその隙に身を捩じ込む。


「っ!?」


分身の斬撃がヘンダーに届く寸前。唐突に突風を起こす風魔法が間に発生し両者を弾き飛ばす。


「危ない危ない。真っ二つにされるところだったよ」

「惜しい、これでも失敗か! だがそっちのネタも段々分かってきたぜ。魔法の半自動生成だな」

「正確にはちょっと違うけど、概ね正解かな」


と、言いながらもヘンダーは今のスキルを分析していた。


分身と本体の性能が明らかに異なる。片方は速度に特化し、片方は破壊力に特化している。よく見てみると装備も一部違うものを着ている。


そこでヘンダーの中にある仮説が浮かぶ。


「まさか……その分身、ステータスも操作出来るの?」

「そのまさかだ!」


ヘンダーの思わず漏れた推測を、メルシアが律儀に肯定する。


それはつまり分身と本体で装備からセットジョブまでを別々に出来るということ。場合によっては天賦装備ギフトウェポンすら上回るポテンシャルを持つぶっ壊れるスキルだ。


従来の分身系のスキルにそんなことが出来るものは、ヘンダーが知る限りはいない。

間違いなく例のHiddenMissionで得たジョブだろ。


分身がスピードを活かして魔法を潰し、本体はそこを活路にしてヘンダーへと切り込む。


操作精度からして完全マニュアル操作のはずだが、その際の連携に一糸の乱れもない。しかもそのどっちも『炎光』を得物に宿している、迂闊にどっちかを無視なんてことも出来ない。


分身体アバター』は今のように自分のメインジョブを実質倍にすることだって出来るのもぶっ壊れ要素だ。


ただいきなり身体がもうひとつ増えたに等しいのに、扱いをまるで苦にしてないのはメルシアの才覚あってこそだろ。


「ちょ、それを君が持つズルじゃないかな!?」

「お前らを相手するにはこれぐらいのズルしないと、割に合わないだろ!」


分身体アバター』の圧巻の戦力についていけず徐々にダメージを増やしているヘンダーがそう愚痴りたくなるのも無理はない。


このままなら数分も持たずにヘンダーはメルシアの剣の下、塵と化す。メルシアの脳裏にもそんな勝利のビジョンが見えた。


―― だがそんな時こそ落とし穴を作るのが、ヘンダーというプレイヤーだ。


幾度となく襲い来る出現予測不能な魔法をメルシアは早さと力で捻じ伏せ、ヘンダーを剣の間合い。


その内側についにヘンダーを捉える。


「獲った!」


神速で迫ってきたメルシア本体の刃が首筋に吸い込まれ……ひゅっとした風切り音を鳴らし


「ぐあっ!?!」

「ぼんっ! なんてね」


とどめを刺し損ね宙に泳ぐ身体。あまりの大きな隙き。


その最悪のタイミングになんの前触れも溜めなく現れた消滅属性の極彩色にメルシアは右腕を丸ごと飲まれ、万型の太刀オール・スイッチに使った大量の武器を損失する。


タネはそう難しいものではない。今回ヘンダーが今まで纏っていた装備は『共滅鎧きょうめつがい・ルイン』という、消滅属性の魔石を奥に仕込んだヘンダー、ヨグの共同開発した道連れ用の装備だ。


ただし、それを使ったヘンダーは少し後方に無傷で立っていた。


これは装備をただその場に実体化した状態で捨て、自分の身体は若干後方に移動するという道化士系統にあるネタスキル『早脱』によるもの。


忍者の『空蝉の術』とは違い、幻影もなくずれる座標も本当にちょっと下がった程度なので戦闘ではほぼ使えないものとされている。


マイナーなスキル、独自技術、状況を2段、3段と用いた不意打ち。それが見事にメルシアの意識の隙間を突いた。


「正直言えばさ、私からすればメキラちゃんだけ離せれば何でも良かったんだよね。こんなにしてもあの子が居ると先に気付かれるから」

「はは……お前の相手を、俺が買って出たのは失策だったわけか」

「ま、そういうこと。いくら人間離れした実力があってもあんたみたいな単細胞の行動パターンを割り出すなんてわけないからね」


そういう意味で後輩くんの作戦は都合が良かった、ともヘンダーは心の中でこっそり付け加える。


「あー……『分身体アバター』も時間切れで消えたか。やっぱ効果時間短いのがネックだな」

「やっぱ長持ちしないタイプか。大技の宿命だね」


メルシアは大量の武器と片腕を欠損し、分身も効果時間切れで消えた。


「さあ、大詰めだよ」

「もう勝った気か? 俺は片腕でもまだやれるぜ」


まさに絶体絶命だが、メルシアの闘志は消えてはいない。実際にこんな状態でもヘンダーのPSではメルシアに確実に勝てるとは言い難い。


「だろうね。だけど……時間切れ、もう終わりだよ」

「おい、だから俺はまだ……」

「はい、来た」


ヘンダーがそう言って空を指した直後、眩い何かが塔にいる全員へと降り注ぐ。


他者を寄せ付けず、ヘンダーと対峙していたメルシアも。


昨日の延長戦と奮闘していた『陽火団』と『怪人の巣ヴィランズ』も。


兎モンスターに群がられ孤軍奮闘していた、シグルズも。


逃げ惑っていた『快食屋』のものたちも。


眩しさの原因を探り、等しく天を仰ぎ……それを見た。


極彩色を帯びて流れ落ちる、消滅属性を放つ魔石の隕石の群れを。


絶対的な破滅の景色を。


自分たちが立つ地に遍く降り注ぐ様を。


「こっちは時間がいくらでもあったからね。ちょーっと調整大変だったけど……必要なタイミングで出せるよう、うちのボスの魔法にこっそり仕込んでおいたさ」


事前に、この塔に使う石を生成していた裏で術者のプレジャにも知らせず『スターリング』に仕込んだ布石。


長い発射調整時間を経て、それが今等しく破滅を運んでくる。


「君たちと違って、うちの拠点コアはこの辺にいないからね。私の命は度外視でもいいわけ。そっちは持って来てるんでしょコア」

「お前らのボスが隠す暇もなくバンバン撃ってきたお陰でな。俺が隠し持つしかなかったさ」


遠隔で必要なタイミングで魔法を発動する術を持っていたヘンダーだから出来た手法。


それが今塔内部に居るすべてのモノを消し去ろうしている。


その中には当然『怪人のヴィランズ』も居るわけだが……流石は『魔王』ともいうべきか、味方するクランがまだ奮闘してようが消滅しようがお構いなしだ。


「にしても……はは、血も涙もないのか。お前は」

「そんな楽しそうに説教されてもね」

「はっ! 当然だろ、お前はあの時から全然変わっていなかった。絶対的な敵対者として俺の前に居る! これほど嬉しいことはねぇ! これならあの時の憂さを、確実に返せるっ!!」

「仲間思いだね、鬱陶しいぐらい!」

「みんなのリーダーってのは背負うもんだ多いんだよ!」


それでもメルシアは剣を下げたりはしない。


最後の一瞬まで、例えもう負けが確定してるとしても自分はこいつに勝てとうしなければならない。


「私を殺したところあれは止まらないよ」

「知ってる! だが、せめてお前の首だけでも獲って帰らないとみんなに合わせる顔が無いんでな! あとは個人的にお前らにやられっぱなしなのも気に食わん! 意地でもぶち殺してもらうぞ、ヘンダーッ!」

「ぷっ、あははは! それはしょうがないね。いいよ、どうせだしそれぐらいは最後まで付き合ってあげるよ。私もあんたはぶっ飛ばすたしねメルシアッ!」


流麗の剣士と黒鉄の騎士が踊り続ける。


もはや駆け引きも業前もない、ただガムシャラに相手を死を勝ち取るための剣戟だけが、交わされていく。


極彩色の破滅に飲み込まれる、その瞬間まで……。

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