第205話 本戦ー最終日・悪徳の因縁 その1

多数のクランが集う中央塔。


錚々たる面子が突如として消えたその場に流麗に佇む剣士と黒鉄を纏う騎士の因縁の闘いが始まろうしていた。


「よう、久しぶり。やっとまともに話せるな」

「はぁ……。そうだね、残念なことに」

「ツレナイなー。あんなに殺し合った仲じゃないか」

「だから嫌なんだけど……まあ、いいか。君と話通じないのは昔からだし、ね!」


これ以上は話したくもないと示すように、ヘンダーが大剣を振り下ろし極彩色の斬撃が飛ぶ。


射線上の物体を尽く消し去り進むそれを、メルシアは余裕を持って避ける。


「おうおう、派手なご挨拶だな。にしても随分とパワフルになったじゃないかヘンダー。ってかお前喋り方もそんなだったか?」

「君も相変わらずうるさいね。質問に答える義理はないし……あんまり気安くもしないでくれる?」


何故かずっと苛立ったヘンダーの様子にメルシアが首を傾げるも、挨拶を返すのが先と一旦思考から追い出す。


「今度はこっちから行くぜ!」


お返しのため、繰り出すのはいつもの万型の太刀オール・スイッチ……ではなかった。


メルシアが振るう刀身に眩い光が明滅する。それを危険と感じたヘンダーは魔法で防御しながら同時にバックステップ。


結果、魔法で作った壁はメルシアによってバターのように溶断されていた。


その場に留まっていたら大ダメージを負っていたことだろう。


「それが、後輩くん……うちのボスを吹っ飛ばした技かー」

「ああ、つっても大したもんでもないぞ。これはただの光と火属性の併用だ。やってることは『陽火団』のとそう変わらない」

「なるほど……光の熱、それを最大に増幅させて破壊力に変えたってとこ?」

「御名答。どれだけ分厚い装甲であろうと、眩い光であろうと引き裂く破壊の権化だ。安直だが、俺はこの技を『炎光』と名付けてる」

「あの障壁、あの子なりに頭に捻りに捻って編み出したのに……不憫だねー」

「ははは! それは悪いことしたな!」


クラリスが水の鏡を作ったように、マシュロが光を散乱させる風を作ったように。


―― 光属性は他の魔法と交えてこそ真価を発揮する。そういう特殊な属性だ。


そして複合した属性は単一の属性とぶつかれば絶対の優位に立てる。2つの魔法を瞬時に同時かつ完璧に使う技量の足りなかったプレジャにはどの道防御不可だったということだ。


「あとそれだけじゃない。君、得物を換装する度に魔法を掛け直してたでしょ。どれが当たってもいいように」

「お、よく気付いたな」

「相変わらず、理不尽な早さだよねー。まったくこれだから天才の相手は嫌になるよ。ま、それも当たらなければ意味ないけど」

「は、言ってくれる!」


メルシアの技を解説しながら悠長に駄弁っているように見えるが、こうしてる間にもふたりは攻防の手を緩めていない。


ヘンダーは徹底的に距離を取るスタンスを崩さず遠距離攻撃で攻める。接近戦の純粋なPS勝負になると不利なのだからだ当たり前だ。


対してメルシアは牽制の魔法を真っ向から切り伏せ、懐に潜り込もうと猛進する。一度でも間合いに入れて自分のペースに持ち込めば勝てる、その確信があってこそだ。


だがそうは問屋が卸さないとヘンダーに阻まれる。いつもなら、多少魔法で牽制されるぐらい、とっくに突破してるメルシアだが、それが出来てないのはヘンダーの魔法の使い方にある。


プレイヤーは基本、魔法を使う時に使う場所に意識を向ける。VR機器が受け取ったイメージで魔法が構築されるので仕草などから意識の先を読むことで魔法のタイミングも読めるものだ。


だが、どういうわけかヘンダーはどの魔法にも一切意識を向けていない。


この奇妙な状況がメルシアが攻めきれない最大の原因。先読みが出来ないのでまったく予期しない場所での魔法を反応速度頼りに避ける後出しの対応しか出来ず、思うように近寄れないのだ。


……拳銃よりちょっと遅いぐいらの魔法を見て避けてるだけで十分人間離れしているのだが。


ヘンダーは相手が近寄れないのをいいことに時々消滅属性を溜めて飛ばしてくるのでなお質が悪い。


こうした遠くのヘンダーが隙きあらば魔法を、メルシアがそれを掻い潜り剣で連撃を届かせようとする膠着状態がしばらく続く。


「はは、やはりいい。プレジャのやつも悪くはないが、やっぱり俺の宿敵はお前だ。本当に最高だよ」

「あ、そう。私は今最悪でしょうがないけどね!」

「β版時から思ったがよ……なんでそんな俺たちを邪険にするんだお前」


メルシアはそれが不思議でならなかった。


ヘンダーとの因縁は不意打ちでPKされ、天賦装備ギフトウェポンを奪われた時が始まりだ。それ以前にあったは記憶がない。


正直、ヘンダーとの関係はこっちが恨むならともかく逆をされる筋合いはないとメルシアは思っている。


「何で、何でね……そりゃ君たちに、恨みがあるからに決まってるでしょうが!」


だが、それを聞いたヘンダーは今まで溜め込んでいたものがはち切れたように怒声を上げる。


「はあ? んな逆恨みされる筋合いないと思うが」

「あるよ。だって、人が折角星喰らいを勝手に狩りやがってさ……あとちょっとで、始まりの街を落とせるとこだったのに」

「は?」


メルシアは一瞬意味が分からなかった。


それもそのはず、ヘンダーが今言ったことがどれだけ荒唐無稽なことなのかプレイヤー皆が知っているからだ。


だが、言葉の意味を咀嚼し、すぐにそれがどういうことか理解したメルシアは呆れたような、あるいは興奮した様子で結論を口にする。


「おいおい、まさか……あの時“剣聖”を殺ろうとしてたのか!?」

「そう、始まりの街を守護する絶対にして最強の衛兵NPC。トレードマークの剣から付けられた呼び名で通称“剣聖”。このゲームどういうつもりか、街も占領可能地域に含まれるからね。特に始まりの街はダンジョン設置場所として理想的だった。だからダンジョンマスターになってずっと狙ってたの」


そこでようやくメルシアは腑に落ちた。


どうやったかは不明だがあの星喰らいを誘導するのは簡単ではなかったはずだ。きっと色々と検証して試行錯誤した末でやっと成功したことだったのだろう。


何よりあの時に始まりの街にダンジョンを作るメリットは計り知れない。確かに正式リリースの時に引き継げるものには1ヶ所限定だが、『土地』もあったのだから。


円状のマップ中央で、新人が必ず初期にポップする街はもっとも人の出入りが激しい場所だ。もしここにヘンダーのダンジョンがあったならば……それがどれほどの大規模になるかなど想像に難くない。


それをメルシアたち『Seeker's』によってあと一歩のところで阻止された。ヘンダーからしたら腸が煮えくり返る思いだったことは言うまでもない。


……まあ、『Seeker's』からしたら悪質なMPKを返り討ちにしただけなのでどの道逆恨みに違いはないが。


「俺も一度だけ見たことがあるが、剣聖はどう見てもお仕置きMOBの類だろ。そもそも倒せるのかありゃ」

「……君が知ってるかわかんないけど原則、この世界のNPCは星喰らいには勝てないように出来てるの。直接戦った君なら、その理由にも見当が付くんじゃない」

「なるほど。確かにな……ってか避けて撃たれてと、これじゃ拉致があかないな」

「そうだね」


ヘンダーはなにも無駄にペラペラと暴露話しをしているのではない。


メルシアが気にしてたあろう、驚くべき事実を聞かせ思考にこじ開けたほんの僅かの隙間。


そこを狙っていたヘンダーはメルシアの首元になんの前触れもなく魔法が生成し、爆発を生む。


「うっわ……っと!」


もはやコンマ1秒すら下回る刹那、ぎりぎりそれを捉えたメルシアはその場でのけぞり九死の一生を得た。


「げぇ、これも避けるの。君本当に人間?」

「当たり前だ。つーかさっきから何なんだその魔法の使い方は、俺はそっちの方が気味悪いわ」

「失礼だなー。こっちは純然たるジョブの能力だっての」


どさくさに距離をとり直したヘンダーに、奇襲からもう体勢を立て直したメルシアが向き合う。


「ま、何でもいいけどね。最後に勝つのは私だから」

「それはこっちのセリフだ」


それに反してふたりの戦意は燃え上がってり、闘いは激化の一途をたどっていく――

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