第204話 本戦ー最終日・知獣と美獣の怪宴
隔離塔・南側
重力場により連れて来られ、ここへと隔離されたアガフェルとメキラが徐々に弱まる重力に合わせて静かに着地した。
「ふふふ。あなたとは……はじめてましてですわね」
「ええ、そうね。特に名乗る予定もないけど!」
そしてアガフェルの言葉を皮切りに問答無用とメキラが多数の魔法を飛ばす。
他の追従を許さないほどの多重展開力にて形成された、アガフェルを包み込むほどに逃げ場のない魔法の絨毯爆撃だったが……。
「あらあらせっかちさんですこと」
当のアガフェルが夢幻の如く消えることにより無為に終わる。
アガフェルが持つ妖術スキルがひとつ『朧身』。
己の存在を希薄にし相互干渉を不可にすることであらゆる攻撃、感知からも逃れる絶対の隠密術。
「くっ、消えた……ああ、もうなんであんたらはどいつこいつ索敵がまともに効かないのばっかなのよ!」
すぐに『探知』を発動するメキラだがそれで見付かるはずもなく、やたら隠密が得意なのが多い『
その間にメキラの射程外へと逃れたアガフェルはある場所で止まり、スキルを解除する。
「さあ、出番ですわ。出ておいで~」
「これは……!」
「ぷきゅ」
メキラの『探知』に今の今まで地中深くで待機していた巨影が接近するのを捉えた。
程なくして地面を突き破り、やたらとゴージャスな紋様が入ったピンク毛の巨大兎……クイーンがお供も兎たちを連れて現れる。
「では、始めましょう。妾たちの
「ぷきゅ――――ッ!!」
高らかな宣言とともに雄叫び鳴り、
爆発的にモンスターの数が増える中、それに合わせてアガフェルも舞い始め『運技・神楽』を始める。
ここから一転、メキラの防戦一方となる。
「くっ! さっきから、いやな位置でばっかり湧いて!」
2つのスキルのコンボにより、モンスターは必ずメキラの死角から生まれてくる意図した不幸。
文字通りいきなり湧きだす敵に気を抜く暇もないメキラは常に感知力を全開して対応せざるを得ない。
「ふふふ、今日も妾の運は絶好調ですわね!」
「白々しい……! これもあんた仕業でしょうが!」
「なんのことか分かりませんわー」
不利すぎる状況の中、どうにか高い感知力と多重の範囲魔法で湧き出る数百のモンスターを凌いでいるメキラだが……これでは『母心』の殺害カウンタが貯まりいずれジリ貧になるのは明白。
だが、メキラもこの程度状況は想定済み。相手があの『金狐姫』である時点で正々堂々一騎打ちに持ち込めるなどとおめでたいことは思ってすらいない。
「そいつとは何度もやりあってる。だから弱点はもう知ってるのよ!」
威力過剰な範囲魔法で無理矢理にポップする空間を潰す。それで包囲網を拔けたメキラは舞いに夢中なアガフェルの隙きを突き、風魔法で自分の身体を押す急加速で抜き去りクイーンに肉薄する。
メキラはそこで魔法補助用の杖から、白色の骨っぽい質感をした短剣へと切り替える。
「固定ダメージに耐性もなんもないでしょう。それに繁殖に特化したそいつはHPもほぼないに等しい」
餓鬼兎の門歯で出来たそれは、何度も強化を重ねなれて作られた固定ダメージ特化の装備だ。
元々兎型モンスターはHPが低い。だからしっかり強化されていれば最大の値が然程大きい訳でもない固定ダメージでも2、3回当たれば簡単に倒せる。
それはクイーンも同様。ボスモンスターとかだったら話は別だっただろうが、クイーンはただの眷属という名の味方キャラでしかない。
最後の砦、
「せいっ!」
全体にダメージを与える割合ダメージの爆弾アイテムを連投して、一斉に自爆させて引き剥がす。
メキラにはあの3人のような卓越しした技量まではないがこういうロジックの戦いで彼女が遅れを取ることはない。
自爆が収まると同時に素早くクイーンを仕留めたメキラに、いつもの余裕な笑みを湛えたアガフェルがバチバチと拍手を送る。
「やりますわね」
「馬鹿にして……それはそうと以外なのよね」
「あら、何がですの?」
「いくらお膳立てがあるとは言え、あなたがこんな直接戦闘を買って出るなんて思わなかったから。いったい、どういう風の吹き回し?」
「ああ、そういう。誤解なさる方が多いですけど……妾は別に戦いが苦手でも嫌いでもないですわよ。いつものは特に集めなくても頼まなくても皆さん、勝手に手助けしてくれるだけですわ。お陰で服と顔を汚さず済みますので大変助かってますわね」
言っておくとアガフェルのこの言は茶化している訳ではなく、間違いない事実だ。
自分自身を愛し、愛されるべきと思うアガフェルの行動が結果的に姫プレイというものに適したものなっていただけのこと。
「どっちにしろ、今回は例外になる理由はないじゃない」
「ん~……そうですわね。今回出張った理由を強いて言うのでしたら……なかなか壮大な舞台を用意されたあの“ボス”にちょっとしたお礼と、あとは“友達”の頼みが乗っかったからですわ」
「頼み?」
「派手にやらかす予定だから―― 邪魔者は皆殺し。とのことですわ♪」
もうお喋りは終わりとアガフェルが舞いを再開させ、それを合図にモンスターたちが動き出す。
「乱数の任意操作……本当に厄介ね、あのスキル!」
今での攻防で『運技・神楽』の効果をある程度見抜いたメキラが、モンスターたちの不可解な軌道の必中攻撃を捌きながらも考える。
クイーンが産んだモンスターはまだまだ多く残ってる。大本を断つことでこれ以上急に増えはしないがメキラが不利なのは変わらずだ。
この状況の打破するには命令を出し、厄介なバフを撒いているアガフェル本人を狙い撃ちするしかない。
幸い相手が呑気に対話に付き合ってくれたお陰で準備は整った。あとは手順を間違えずに正確に……刺すだけ!
こんな日が来た時のために、今日まで何度も練習してきた流れを思い浮かべながらメキラは魔法を組み上げる。
まず身体を水魔法の膜で覆って制御化におく。
次に風、火魔法並列起動し、身体を起点に噴火を起こす。
結果、水の膜を利用し凄まじい勢いで滑走するメキラ。
土属性で地面の形を整え体勢を保ちながら、あまりの加速に視界すら潰れる中、鋭敏な獣の耳に神経を集中し『探知』の反応だけを頼りにアガフェルを追う。
この速度でモンスターを置き去りして至近距離から叩き込む。それなら外す確率は発生しない。
一方、モンスターの軍団に囲まれ『運技・神楽』を依然継続中だったアガフェルの目には一瞬メキラが消えたように見えた。
状況から仕掛けて来たと察し一旦舞いやめ、妖術に移行しようとしたアガフェルだったが……メキラの研鑽の成果はその僅かな隙きを見逃さなかった。
スキルを切り替える思考の隙間。そこを突かれたアガフェルは辛うじて回避行動を取るも、その端正な顔に僅かに刃が走る。
「よくもまあ、やってくれましたわねっ!」
短剣の固定ダメージ効果に強化どころかマイナス補正すらあるアガフェルのHPが残り半分以上まで吹っ飛んでいたが、彼女にとって今はそんなことはどうでもよかった。
「どうせアバターの顔でしょ。リアルでその顔でもないでしょうに……」
「はあー? 心外ですわ。妾、規約に抵触しない範囲でですが顔と体型はどちらもほぼほぼ弄ってないんですのよ」
現代の安全意識のあるものとは思えない発言に一瞬マキラが呆気に取られる。
日々、大雑把な同僚たちに代わりに会社の交渉事を任されているメキラには分かったのだ。
目の前のこの女は嘘などついていないと。
「……マジで言ってるの。あんた正気? それって今リアルの顔とほぼ変わらないってことじゃない、あんな人に恨まれそうなプレイしてるのに!?」
「マジも大マジですわ。ゲームのデータだろうとどんな理由があろうとといついかなる時も妾の魅力は一部たりとも、絶対に損なわれてはいけない尊いものなんですわよ。あなたはそれに今、傷を付けたんですの。おわかり?」
今までアガフェルから漏れたとは思えない凍えるような、そこ冷えした声がメキラの敏感なっている耳に染みる。
「というわけで、モンスターは引かせ妾が直々お相手してあげますわ。その代わり―― ここからは本気で殺しにいきますわよ」
やばい、と思った瞬間にはもうアガフェルは動いていた。
「エンチャント:ウィンド」
「ッ! 早、がはっ!?」
言い終わる否やアガフェルは風属性付与、敏捷性上昇の魔法を自分に掛けて目にも留まらぬ動きでメキラに迫る。
多重魔法での無理な高速機動の反動で痺れていたメキラには反応し切れず、アガフェルの蹴りが腹にめり込む。
アガフェルのジョブ構成からそれに大した力が籠もっていたわけではない。が、急所を正確に射抜いていたそれは威力以上の効果を発揮した。
あまりにも正確で無駄のない故、追うことすら困難な動き。武の心得などないに等しいメキラでさえ感嘆するほどの実力。
これではモンスターが来ないなどメキラにとって慰めにもならない。
「エンチャント:アクア。エンチャント:クレイ」
腹に入った一撃によろめくメキラを見て、アガフェルはその隙きを逃さず水属性付与、自然回復上昇の魔法を自分に掛ける。
さらにこそへ念のための土属性付与、耐久性上昇も乗せる。
「エンチャント:ファイヤー。しっ!」
「がはっ!」
未だ立て直せないメキラへと流れるように火属性付与、攻撃力上昇を掛けて短い呼気とともにみぞおちに拳が叩き込まれる。
「終わりですわ」
「舐める、なぁ!」
後衛ジョブとは思えない強烈な連撃に崩折れるそうなりながらも、メキラはまだ闘志はまだ死んではいなかった。
トドメとばかりに頭目掛けて来る蹴りに対し、動かない身体から執念でかき集めた意識で魔法を構築、形を定める時間も勿体ないと自爆気味に爆発させる。
「おっと、危ないですわね。バフで耐性を上げてないと死んでたどころでしたわ」
「まだ、まだよっ!」
ボロボロになった身体でこのチャンスを逃してなるものかと、よろけたアガフェル目掛けてメキラの魔法が乱れ飛ぶ。
瞬時に数十は超える魔法を飛ばしてくるメキラを冷徹な目でみたアガフェルが白色の石……光属性の魔石をかざして、次の魔法を発動する。
「エンチャント:ライト」
光属性付与、現在掛けられている全付与を僅かながら強化するバフを持ってしてそれに対応する。
が、それでも徐々に数を増し数百に達したメキラの多重の魔法が、アガフェルに追い縋り追い詰めていく。
「この程度の底上げでは足りませんか。流石は最強を冠するクラン、その看板ですわね……なら、こっちもとっておきをお見せしますわ」
今度は星明かりの色を宿した石……星属性の魔石を懐で取り出し、紡ぐ。
「―― エンチャント:アストロ」
アガフェルの身体が魔石と同じ光を発した瞬間、動きが劇的に変わる。
優雅ながらもゆったりとしていた動作が、数段加速する。それだけでなく身体の、主にファッションジョブで増やした耳と尻尾が存在感を増した。
「エンチャント:ウィンド、アクア、クレイ、ファイヤー、ライト」
今までとは比べ物にならない構築速度で、バフを掛け直した時にはアガフェルそのものの存在感はさらに膨れ上がっていた。
それに今日最大の危険を感知したメキラは魔法のスロットルを一段と上げて対抗しようと奮闘するも、時はすでに遅しこの時点でアガフェルの準備は終わってしまっていた。
色とりどりの魔法の暴風の中を舞う、金毛の妖狐が優雅にステップを踏む。
なんとアガフェルは、百にも届きうる魔法連射の渦中で『運技・神楽』を維持しながら移動していた。
不可思議な角度で逸れる多重魔法の只中を、さっきの仕返しと言わんばかりの超スピードで突っ切りメキラが気付く間もなく接近したアガフェルは広げた扇子を払う。
舞踏の締めが如く、力強い優麗な所作が通った後には首を落とした屍が光の粒を残すのみとなった。
「今の妾の腕でも持続時間はだったの5秒。正真正銘の切り札ですわ、誇りに思って散ってくださいまし」
エンチャント:アストロ。
そこそこの大きさを持つ星属性の魔石を使用し、高い魔法操作技術があって初めて成立するその魔法の効果はプレイヤーの加護の全体強化。
……もっと分かりやすくまとめるなら超短時間のランクブースト。
未だに制御が難し過ぎる故に、他人への付与が不可能なアガフェルの奥の手だった。
「ああ、でもやっぱり。戦う妾もまた、美しいですわ」
ただ、本人にとってはそれすら取るに足らない。
今日も美の獣は己の魅力に酔いしれだけなのであった。
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