第194話 本戦ー2日目・その8

突然『怪人のヴィランズ』の陣中に現れたアガフェルにヨグが進み出て対峙する。


ヨグは睨め付けるようにして見下し、アガフェルも敵意を隠しもせず手に持つ扇子越しで不敵な笑みを浮かべる。


「ちっ、何しにのこのこ出て来た。そんなにミンチになりてぇのか、ああ!?」

「いやですわ。妾はただ、やたらと邪魔な観客にちょっとクレーム入れに来ただけですのよ」

「けっ、抜かせ。どうせこっちの連中がてめぇが眼中にも入ってねぇのが癪なだけだろ」

「ふふふ……今度こそその首捩じ切って粗大ゴミしますわよ、ジャンク」

「はっ! てめぇご自慢のその顔面崩壊すんのが先だっての!」


すると案の定、両方とも文字通り一触即発の雰囲気を撒き散らす。


「マジでめちゃくちゃ険悪であるな」

「ああ。同じクランでなんであそこまで啀み合ってんだ、あいつら? お互いに親でも殺されてんのか」


少し離れてその様子見ていた『怪人の巣』のボティスとフロッグスリップが、始めてみたヨグたちのやり取りに目を丸くする。


「「……殺すっ!!」」


そしていつもの罵りあいから、ついにただの殺意のぶつかり合いになった途端睨み合っていた両者が同時に動いた。


武装展開アームド・オン!」


ヨグが身体を変形して銃器を多数展開し、斉射する。

それを現れた時同様にゆらりとした残像を残して消えたアガフェルの背後の戦場から、他のプレイヤーたちが誤射した魔法や銃弾がヨグに降り注ぐ。


「ちぃっ! その鬱陶しいスキルはまだ切れてねーか!」

「当たり前ですわ。フィナーレには早すぎますもの」


妖艶に、でも嘲りを含んだ笑いを発しながらアガフェルはヨグの周りで踊る。


何度かそれを捕捉しようと銃器を乱射するヨグだったが、時々幻のように消えては現れるアガフェルを捉えきれない。


「いつの間に、んな腹立つジョブ取りやがったんだてめぇ!」

「おほほ。最近いちの拾いものですわ。中々のものでしょう」

「ああ、少なくともウザさが増したのは確かだな! だが……」


このままだと無駄玉を打つだけと判断したヨグは武装を変形し、再度の狙いをつける。


光属性を用いた最近ヨグお気に入りのレーザー兵器、数全5門。それら砲門がすべてアガフェルを追従する。


「流石に光速には割り込めねぇだろ!」

「ええ、無理ですわね」


レーザーはヨグの叫びに呼応して発射される……が、標的に真っ直ぐのはずだった軌道が唐突に乱反射を起こし、あらぬ方向へと飛ぶ。


不可解な現象に眉をひそめ虚空を凝視していたヨグは数多のセンサーにより瞬時にそれに気付く。


水の鏡だ。極小さな水の鏡が宙をめちゃめちゃに飛び回っている。

一瞬でも自分のセンサーを避けてこんなことが出来るのはこの場にひとりしかないとすぐ首謀者を割り出す。


「これは……ちっ、『陽火団』のマスターか」

「御名答、ですわ! 彼女も今私が居なくなると困りますので、庇うのは当然ですわよね」

「じゃあ遠距離武器は実質無効か……面倒な」


相変わらずムカつく女だ、と思いながらヨグは接近戦用の武装を展開する。


自分の手は極力汚さず、美味しいところは目敏く掻っ攫っていく。


戦闘のやり方からも、その性根の悪さ滲みててるようでヨグの嫌悪と殺意はますます高まっていく。


そしてそんな感情見逃さないのがアガフェルというプレイヤーだった。


「ちょこまかと!」

「妾、これでも武道には心得がありますの。うふふ、あー鈍いですわー。欠伸が出そう」


アガフェルはここぞとばかり相手を煽り散らかし、相手の冷静さを奪う。


そうして相手の感情を彼女がコントロールすることでどんどん自分の都合のいい状況を積み上げる。


アガフェルは常にそういうやり方で他者を出し抜いてきた者だった。


「ふぅ……ちょっと熱くなり過ぎてるな。そうだ。いつもの俺らしく、だ」


だが、世の中にはそれが通じないものもいる。


ここまでされて冷静を欠くどころか集中力を上げることが出来る。それがヨグというプレイヤーだった。


まずこの鬱陶しいスキルをどうにかしなければならない。そこでヨグはふっと閃いた。


ヨグはおもむろに顔に手を持っていったかと思えば……なんの躊躇いもなく己の眼球をした。


「なっ!?」

「要はてめぇのムカつく顔を見なきゃいいわけだからな。こうすればもう俺が影響を受けることはねぇ」


あまりも予想外のヨグの対処法に、今まで余裕を崩してなかったアガフェルも驚愕の声を漏らす。


普通、目玉をくり抜いて戦えるはずもないし発想もないのだから当然だ。


だが全身を機械に置き換えているヨグは視覚がなくとも、他にそれを補完するセンサーがたんまりと積んである。つまり戦闘にはほぼ支障がない。


アガフェルはその様子を珍しく渋い顔しながら睨んでいた。


自分の、アガフェルの基準からして本来もっとも尊重するべき『自身』という概念をいとも容易く踏み躙る行為に本能的に嫌悪を感じたが故だ。


やはりこの男とはどこまでいっても反りが合わない、と思いながらアガフェルはまた姿を消した。


『運技・神楽』が通用しないなら、こちらが不利とアガフェルはまたヨグのセンサーからも消えるかのようにこのまま逃げ……。


「おっと。ここまで来てそれは無粋であろう」

「っ!?」


……今まで静観していた悪魔じみた外見のプレイヤー、ボティスに行く手を阻まれる。


「まさか我以外にも妖術師のジョブ持ちいたとは。そこまで強化するのに苦労したのではないか?」

「……ええ、それなりに。まあ、妾は皆さんとの時間が増えて飽きはしませんでしたわ」


―― 今までアガフェルがヨグのセンサーすら欺き消えていたのは特殊強化系ジョブ“妖術師”のスキルによるものだ。


《イデアールタレント》ではそのジョブを持つ時のみ獲得可能な特殊レアドロップ『秘伝書』のみでジョブを強化出来るジョブカテゴリーを特殊強化系ジョブと呼ぶ。


“妖術師”もそのひとつであり、直接攻撃がない、『秘伝書』での妖術スキル習得以外の強化方法がない、ついでに上位ジョブの転職条件が不明との理由で相当なマイナージョブだ。


取得そのものも転職用NPCに妖かしのモノであると認められるという、基準の曖昧なクエストをクリアしないといけないと、人気になる要素がないジョブだった。


「それにしてもよくあの気まぐれ爺を納得出来たものだ! 我など10回はダメ出しされて心折れそうになったぞ!」

「あら、妾は一発でしたわ」

「ふはは! それはすごい!」

「ふふ、人の好みを見抜くのは得意なんですの」

「―― よくやったボティス。やっとその面をミンチに出来る」


何らかの妖術系のスキルでアガフェルを捉えているボティスを辿り、いつの間にか肉薄していたヨグが不快な軋轢音を上げるドリルっぽい武装を宣言通り顔目掛けて突きだす。


これは避けられない……と、思うほどまでに迫ってきていた攻撃をアガフェルは不可解な角度の力で弾かれて間一髪躱す。


「……っ! ぎり、惜しかったですわね」

「チッ! 無駄に器用な真似を……!」

「おほほ! 伊達に9本もつけてないのですわ!」


なんと、アガフェルは咄嗟に背に生えている複数の尻尾を束して地面を打ちその反動で回避行動を取ったようだ。


普段姫プレイだけしてるとは思えないほど、アガフェルのアバター操作能力が優れている証左である。


「さーて、これで仕切り直しってとこか」

「みたいですね……。ほんっと、忌々しいジャンクですことっ!」

「ほざいてろ、女狐がァ!!」


わちゃわちゃとしながらも、最初の対峙様相に戻ったふたりの戦いがまた戦場すべて巻き込み、熾烈を極め……。


「―― お前ら、遊ぶのも程々にしろ」


……ようとしたその時。ここにいるある意味皆の聞き慣れたあの男の声が何処ともなく流れをぶった切ったのだった。

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