第192話 本戦ー2日目・その6

敵の矢弾がモーセの奇跡かくやと言わんばかりに味方を逸れていく異常な光景にクラリスは穏やかな声で、だが今度は更に疑念を含んでこれをやった張本人を睨めつける。


「これは、あなたの仕業ですか。アガフェルさん~」

「ええ、中々壮観でしょ」

「ふふふ、確かに。そう見れるものではありませんね~」

「そうでしょう。これは最近手に入れたですのが、使う度に皆さん大変間抜けた顔をなさるのが愉快で愉快で……とっても気に入ってるのですわ」


未だに困惑が漂う戦場を眺めては恍惚な表情を浮かべるのアガフェルを内心不気味に感じながらも、表には出さずにクラリスが質疑を続ける。


「それで、結局これはいったいどういうつもりなのでしょうか~」

「妾が何故、あなた方に手を貸すかということですの?」

「ええ。それとあちらを支援してる『無器』とは仲間のはずじゃなかったのですか~」

「仲間? あのジャンクと妾が……はん!」


アガフェルはクラリスが発した“ヨグと仲間”という部分を敢えて強調し、鼻で笑った。そして、心底不本意だとでも言うようにこう続ける。


「妾が真に味方をするのはヘンダーだけですわ。正直、ヘンダーに言われてなければあんな愚物とは顔も合わせたくありませんわね」

「そ、そうなの」


それでクラリスはアガフェルが相当人の好き嫌いが激しい性分なのだと察した。

なら彼女らの……クラリスにとっても憎きあの男についてはどう思うのかもちょっと聞きたかったが、ここで長話も無理なのでそれはぐっと堪えた。


クラリスが今確認すべきなのは……。


「つまり、こういうこと。目障りな『無器』を排除するために私たちに手を貸していると」                                

「もちろん、それもありますが。最大の理由は――」


クラリスの疑問にもったいつけて一度が言葉を区切った後。


「―― こうした方がずーっと面白そうじゃないですか!」


さも当然といった態度で宣ったそうアガフェルは、これまた恍惚とした表情で混乱渦巻く戦場を見下ろす。


それこそ自分が踊り、踊らせているここの光景が無二のご馳走でもあるかのように……。


正直もうアガフェルのテンションについていけなくなったクラリスは、早々にこの女との会話を打ち切ることにした。


別に今のところ裏はなさそうだし、利用できるものはしていこうと思考を切り替えたともいう。


「は、はあ……。それで私たちは何をすればいいのでしょうか?」

「ただ心のままに―― 妾に見惚れてくださいませ♪」




―― 一方『怪人の巣ヴィランズ』の陣地後方では。


「どうなってるんだ、ありゃ。見えねぇバリアでも張ってるのか」

「ふむ、何とも面妖な……」


攻撃手段を何度切り替えても結果が変わらない『運技・神楽』の効果に翻弄され、ボティス及び指揮官級のメンバーは、攻城戦で遠距離攻撃が当たらないという事態に頭を抱えていた。


「あんの女狐! どこほっつき歩いてんのかと思いきや、こっちにちょっかい出しに来やがった!」


そんな中、ひとりだけこの不可解な現象がアガフェルのスキルだと分かったヨグだけが声を荒げる。


「何だ、ヨグ殿。あれが何なのか知っているのか」

「ああ、間違いない。うちにいる女狐……アガフェルの仕業だ」

「なに? 彼女は味方ではないのか?」

「はんっ! うちのクランは基本全員好き勝手してたまに大きな案件でだけ協力してる感じだからな。こういうこともある。俺も仲いいのはぐらいなもんだ」

「そ、そうか 」


意図せずあちらと同じく“アガフェルが味方”という部分を鼻で笑ったヨグはアガフェルのスキル―― 『運技・神楽』について知ってることを述べていく。


「あれはざっくり言うと乱数への干渉を行うスキルだ」

「所謂幸運値を上げるバフみたいなものか?」

「違う。“乱数への干渉”だつったろ。その振れ幅を良い方にするか悪い方にするかは使用者の匙加減ってことだ」

「それは、またとんでもないな」


そこでようやく『運技・神楽』の危険性を察したボティスが思わず唸る。


味方の回避の乱数と、敵の命中の乱数に同時に干渉を、またその逆も行い絶対回避、必中を生み出す。それが『運技・神楽』の絡繰りだった。


まさにこのような場面では無敵のスキル……のように見えるが。


「当然、あれにも対処法はある」

「ほう、そうなのか」

「つっても単純な話し、あのスキルが対象に出来るのはスキルモーション、あの舞い見ているものだけだ。だから女狐……アガフェルの舞いを止めるか、敵の視界を奪って舞いを見れなくすればあのスキルの効果は切れる」

「ならアガフェルを見ないようにすればいいだけじゃないか?」

「……厄介なことにあの女は人の視線を集めることに関しちゃプロ並みだ。実際にこんな戦い中で誰もあれから目が離せてねぇのが何よりの証拠だろ」


アガフェルから視線を外す。


普通なら簡単なはずのその動作は彼女が人生で磨いてきた手練手管と性別を問わず人を惹きつける美貌が相まった結果、多大な精神力を要する難事へと昇華していた。


それに仮に何とか視線を逸らしたとして、敵は舞いを見てるままだ。そうなると視界が制限された状態で広域バフを受けた敵と交戦するはめになる。


「想像以上に面倒な相手だな、『金狐姫』」

「まあ、さっき言った通りあれの対処はアガフェル本人を落とすのが一番確実だが……」

「そこは流石に警戒されているようだ。すでに守りが固まっている」

「チッ。ああいう嫌らしい位置取りが無駄にうめぇんだよ、あれは」


いつの間にか『陽火団』の前衛に囲まれている彼女を禍々しく睨むヨグに気付きでもしたように、こちらを見てうふふと嘲笑うようにアガフェルが微笑む。


「ふむ、ならばヨグ殿助言に従うとするか……。皆のもの! 煙でも何でもいい、とにかく敵の視界を奪え! 『金狐姫』を覆い隠すのだ!」


腹に響く、大き過ぎる声でボティスが指示を出す。肉声にしてはあまりにも大音量のそれは、無論『怪人の巣ヴィランズ』誇る改造技術によるものだ。


ボティスは後方から支援に特化しており、改造もそれに合わせた後方指揮に向いたものを設えている。


ボティスの指示を受け、搦手が得意な怪人たちが煙幕を口から吐いたり、閃光を撒き散らすなりして『陽火団』側の視界を奪おうとする、が。


「さすがは、最高クラスの魔法使いが集うというクランだ。すべて魔法で払われておるわ」

「生半可な煙幕では目眩ましにもならんな……しゃーね。俺も手を貸すぞ」

「む、なんだヨグ殿。これは我らの実力を見る場で手出しはなしだったのではか?」

「あれが出たなら事情が変わるだろ。胸糞悪い女狐だが、一応同所属だ。―― なら不始末は自分でつける」


なんとも奇病な偶然か、もしくは必然か……今ここでクラン『戯人衆ロキ』の身内対決が勃発しようとしていた。

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