第191話 本戦ー2日目・その5

遠目に見える巨大ナパームスライム怪人を目に捉えた『陽火団』のものたちは完全にパニック状態に陥っていた。


「どうすんだ、あんなもんが爆発したら全員漏れなく焼死ぬぞ!?」

「ってか、今もどんどん膨らんでないか」

「放っといたら破裂する、なんとかしないと……」

「どうやってだ! 下手に刺激するとその瞬間終わるぞ!」


「―― みんな、狼狽えるないで!」


悲鳴とも怒声とも付かない大声が飛び交い、混乱がますます加速するかと思われた緊迫した場にクラリスの声が響き渡る。


「く、クラリスさん!」

「クランマスター!」

「あれは私が処理する。だから心配しなくていいわ」

「で、ですがあんなの……」

「はぁ……あなた達。私たちが元は何って名前だったのか、もう忘れたの?」


心配そうなメンバーたちに向けて、ため息をついた後自身に満ちた顔でクラリスが近く中核メンバーたちに振り向く。


「さーて、みんな。久々にあれやるわよ~」

『了解です!』


クラリスのいつもの調子での合図に即座に返事した常連メンバーたちは、まず数人掛かりで魔法で大量の水を生成し、クラリスに支配権を渡す。


渡されたクラリスはそれを細かく分割して霧状へと変えて、今も膨張を続ける巨大ナパームスライムへ流す。


他のメンバーが放つ風魔法の補助を受けながら高速で流れた霧はあっという間に巨大ナパームスライムを覆い尽くした。


「すぅ……ふぅー。よしっ!」


クラリスが意識を研ぎ澄ますように深く息を吸い込み、吐き出した瞬間……。


ナパーム怪人を覆った霧が、一瞬にして凍り付き氷像を形作る。


そのついでに拠点に着いた火元も凍らせ纏めて鎮火させる。


「今よ、粉々にして!」

「よっしゃー!」

「流石クラリスさん!」


『氷華団』 ――


―― それが『陽火団』を名乗る前の彼女たちの名であった。


水魔法で氷を作る。

一見、水を操作出来るのだからそう難しくもなさそう思えるこの技術は実際やると相当難しい。


《イデアールタレント》の思考操作での魔法制御は時に融通が利かない。

だから水で氷を作るには水分子の配置や動きや熱の放出などを正確にイメージする必要があったりと結構煩雑だ。


正確な分子の構造図なんざ当然戦闘中に、頭の中だけとは言え描いてる暇などない。

だが、クラリスは驚異的な集中力を持ってその問題をゴリ押しで解決して見せた。


こうして凍ったスライムたちはあっという間に魔法の集中放火を浴びて処理されていく。


「スライム怪人の対処はこれでいいとして……このままじゃジリ貧なのは変わらないわ~」

「そうですね。それに予想通りあちらが連盟だとしたら」

「燃費がいいにしても……物量戦になるとこっちが分が悪いわね」


それからも見事な手腕で厄介なナパームスライムを何度か処理し、時々隙を窺いに来るゴキブリ怪人にレーザー魔法で牽制しながら仲間の士気を上げていたクラリスたちだったが、状況は依然として好転はしていない。


彼女たちの不安を後押しでもしてるかのように、時間が立つに連れて戦況は傾いていく。


惜しげもなく高価な爆弾、弾薬をばら撒く怪人たちに押され、どんどん『陽火団』側の死亡間隔が短くなっていき、徐々にだがリスキルに近いやられ方をしてる箇所も増えてきていた。


このままではそう経たないうちに拠点へと雪崩込まれる。そう覚悟を決めていた時だった。


「――『運技・神楽』」


しゃん、と。


喧々囂々とした戦場のど真ん中にて綺麗な鈴の音と美しい声が響く。


あまりにも場違いなそれについ皆の注目が音へと惹かれて、吸い寄せられいく。


「あれは……」

「なんで彼女が、こんなとこにっ!」


そこにあったのは金色を含んだ毛並みを誇らしげに揺らす、九尾の狐の舞い。


「『金狐姫』!」

「どうなってるんだ……」


唐突すぎる登場に誰もが戸惑うのもそっちのけに、手には扇子と巫女鈴を鳴らし、巫女服で身を包んだその艶姿を晒しながら九尾の狐……アガフェルが戦場で舞い踊っていた。


「皆さん、ここは暫く任せました」

「え……ちょ、クラリスさん!?」


拠点の見晴らし台から水のクッションを階段上に浮かべたクラリスが、ぼよんぼよんとその上を踏んでアガフェルの近くまで降りてくる。


「これは、どういうつもりですかね~。『金狐姫』、アガフェルさん」

「あら、これはごきげんよう。『陽火団』クランマスター、クラリスさんですわね。その様子ですとお互い自己紹介はいらなそうですわね」


困惑が漂う場にて、皆を代表するかの如く降りてきたクラリスがアガフェルに問い質す。


「ふざけてないで質問に答えてください。なんの真似なんですか、これは~」

「なんの真似……だなんて、酷いですわー。せっかく手を貸して差し上げてるのに、その言い草ないのではありませんか」

「いったい何を言って……」


大仰に顔をそらして額に手を当てて、いかにも心外ですと仕草にイラッとしながらもクラリスが問詰めようとするも……。


「く、クラリスさん! さっきからなんか戦場の様子が変です!」

「なんか変って何がですか。報告は正確にしてください」

「えっと、なんと言えば……と、とにかく口で言うより、あっちを見てください!」


こんな時に何をと思いながらクラリスは一旦アガフェルから視線を外して遠目に戦場を見ると……そこにはなんとも不可思議な現象が起きていた。


「うそ、何これ!?」


視線の先で直前まで絶対に当たると思っていた銃弾が不自然な流れで外れる。これだけならただ何かの偶然で何も問題はない。


だが、それを呼び水にするかの如く、風に、石に、果には跳弾にと色んなものに邪魔され敵の弾幕が割れるようにして味方を避けていくという光景が展開された。


アガフェルの舞に合わせるのようにして敵の矢玉の群れが割れ、『陽火団』の者たちを避けて明後日の方向に飛ぶ……それはまるで矢玉のすらも彼女に見惚れたともいうように。


それだけでも本来なら絶対に有り得ない光景だが、もっと驚くべきことは今はそれが見渡す限りの、この広い防衛線で同時に起きていることだ。


「さぁ、今からこの戦場ステージは妾がいただきますわ」


この光景に皆が言葉を失い、呆然とする中。アガフェルのその声だけがやけに響くのであった。

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