第168話 『金狐姫』アガフェルー4

建物が爆発で倒壊し、瓦礫となった後。


「ぶはー! 助かった……。まあこれのお陰だけど」


そう言ってその瓦礫の中から出てきた彼は首のもの……身代わりの首飾りに視線を落とす。


「しかも修理するとまた使えるって、マジでずげぇ……」


昨日の“打ち合わせ”の時にアガフェルが手渡したものだが、使用回数を修理などで回復すればなんでも使えるという……実質永続の身代わりアイテム。


この作戦を実行する際に拠点がこうなることは決定していたので、彼はこれを事前に渡されていたのだ。


ただ、身代わりの首飾りは3rdステージのある街で住民の好感度が一定以上でない売ってくれない超高級品だ。こんな貴重なもの貸し出してまで何故俺を生かした……彼にはどうも解せなかった。


「コアは……無事か。ちょっと罅入ってるけど」


彼もアガフェル本人からは映像を見てダメージ計算はしてたとは聞いたが、よくあの爆発で無事だったと感心する。


拠点の残骸を複雑な顔で眺めながら、ここに居てもしょうがないと事前に言っていた地点でアガフェルと合流する。


「あら。おかえりなさい、ですわ」

「皮肉か、それ?」

「ふふふ。さあ、どうなんでしょうか?」


涼しい顔で彼を迎えるアガフェルに辟易しながら疑問に思っていたことを尋ねる。


「にしてもさっきの連中といい、この爆発といい……どうやったんだよいったい」

「ふふ、前も言ったではありませんか。妾が困っていると皆勝手に助けてくださる、と。例えば、こんな素敵な拠点に手直ししてくれた方たちみたいな、ね」

「はは、なるほど……」


見た限り、持ち場が違うアガフェルがその魔法使いたちとそんなに交流を深める時間はなかった、もちろん伏兵のものたちともだ。そうなると結論はひとつしか無い。


―― 最初から混ざっていたのだ。このクランにも、彼女の手足となるものが。


アガフェルはこの《イデアールタレント》で姫プレイをするプレイヤーの中でも最大規模のファン数を擁している


噂ではプレイヤーの中で10人に聞けば必ずひとりは彼女のファンを名乗るんだとか。


50名と、かなり大規模クランの内に何人か紛れ込んいても別に不思議ではない。


「噂に聞いた以上にとんでもねぇな、あんた」

「あら酷いですわね。ただ最近は特にクラン持ちの方たちと交流が増えてましたので、偶然知り合った“同士”が多くなっただけですわ」


こともなげにそんなことを宣うアガフェルに彼も流石に呆れ顔を隠しもしない。


「で、どうすんだよこれから。うちも外の敵も大混雑な今が何かするならチャンスだぞ」

「ですわね。ところであなた、指をパッチンって出来ますの?」

「? まあ、一応。って、なんだ藪から棒に……」

「うふふ、なら丁度良かったですわ。ほらここ。このマイクアイコンに向けて指を鳴らしてくださる」


意図が分からないまま、また何かの合図かなという少しの不安と、妙な高揚感を乗せて彼が指をパッチンっと鳴らす。


同時に……


「姫、万歳ィーッ!!」

「え、ぎゃあああああ!?」

「我が同士に栄光あれ!」

「ぐはあああああ~~!?」


……戦場の至る所から火柱と悲鳴が立ち上る。


その原因は仲間内で突然起きた自爆。


それはアガフェルが独自の連絡網……外部機器を利用したVR空間用のチャットツール(有料)を用いて伝わった合図で紛れ込んでいる彼女のファンが無差別にする手筈になっている自爆特攻だった。


「さあ、もう一度」


いつの間にか後ろに回ったアガフェルの囁きに導かれ、彼はもう一度アイコンに指を鳴らす。


「姫のために!」

「な、なんでぎゃあああぁああーッ?!」

「なんだよ、何なんだよこれぇ~~!?」


するとまた、戦場に火柱と悲鳴が木霊する。

それを耳にした脳が痺れ感覚と共に……指を鳴らす、鳴らす、鳴らす、何度でも鳴らす。


「ほら、やっぱり素敵な笑顔♪」

「……ははっ」


自分の指先ひとつで敵も味方も関係なく、唐突の災厄に阿鼻叫喚と化した戦場を見下ろし彼の顔は、優越感と……そして酷い愉悦に歪んでいた。


「これが、俺をわざと生き残らせた理由か? わざと人の悪癖を引きずり出すことが?」

「それもありますが……指バッチンは妾の指先が痛みそうでしたので、代わりをっと」

「ゲームだから傷まねーだろ」

「そこはまあ……気分の問題ですわ!」

「なんだそりゃ……ははは」


おちゃらけていうアガフェルに彼は失笑を漏らすようにくつくつと喉を鳴らす。

無意識に触れた口角は彼女の言う通りいつの間にか上がっていた。


「ねえ、あなた。妾たちの同志にならないこと」

「同志? ああ、あんたは自分のファンを偶にそういう呼ぶんだったか。でもいいのか、こんな一時の快楽ために仲間やダチを売るクズ……」


罪悪感で鬱屈とした彼の言葉に……アガフェルはくだらないとばかりに鼻を鳴らし、その長い髪を靡かせながら……。


「それのどこが悪いんですの? 妾もゲーム内で自分が好きなようにしかやっておりませんわ。それとご友人ことですが……こんなところですら友人の望みを受け止めきれなんて、妾からしたらただ度量の狭いだけですわね」


……きっぱりとそう言い切っていた。


「妾は……あなたのその残虐性もまた魅力なのだと思いますわ。だってあなた今、本当に楽しそうですから……あの光景が千金の宝石に映るなら、妾がそれを否定することは断じてありませんわ」


阿鼻叫喚の地獄となった戦場を見下ろすその姿はどこかズレてる筈なのに、あまり高潔で気高く……美しく見えた。

それは彼女の見た目より何より……その歪みきった心に彼は見惚れていたからだろう。


「それでいかがなさいますの、返事は?」

「分かった、参ったよ……これからあんたとそして俺の望みがままに。ってことでよろしく頼むぜ、姫さん」

「いい返事、ですわ!」


彼の返事にアガフェル満面の笑みを浮かべ、わざわざインベントリから取り出した扇子でパサっと開く。


「ならそろそろ舞台の幕を下ろす時ですわね」


上機嫌な様子でそう言ったアガフェルは周辺をつぶさに探り見る。

ややあってある一点を捉え、悠々と大混戦が行われている場とは思えない足取りでその場へと立つ。


もし対抗戦観覧用のランダム中継ライブを開いているなら、まさに今アガフェルが立っている場所がよく見えているはずだ。


当然そんな目立つ場所にあるとあっちこっちから攻撃が飛んでくるが、自爆した時と同じようになんの脈略なし周りのものが彼女を庇い、そのどれも届かない。


「妾の舞台ですもの、閉幕も派手でなくてはなりませんわ!」


そう溌剌とした声を上げるとアガフェルがジョブのセットと装備を変更する。

獅子獣人スタイルの部位が引っ込み、従来の狐の耳や尻尾に入れ替わる。


ただし、変化はそれだけではなかった。


今までは人間のものだった瞳が縦長の瞳孔を宿し、口の間から2本の真っ白な犬歯が鋭く伸び、背中から揺れる尻尾は1、2……と幻が如く数を増やしやがて9本へと成った。


「今この対戦をご覧の皆様、こんにちは若しくははじめまして。妾は『戯人衆ロキ』所属アガフェルの申しますわ。今後お見知り置きを」


正に九尾の狐……そう呼ぶに相応しい姿に変わったアガフェルはまるで分かっているかのように外部への中継画面を真っ直ぐ見つめて、凛とした表情で恭しく自己紹介を述べる。


その時の声音はすべてジョブの関係上、攻撃性を失った魔法しか使えないアガフェルでも使える拡声の風属性魔法で戦場の隅々まで行き届く。


「本イベントを持って、我々『戯人衆ロキ』はこの《イデアールタレント》で初の闇クランとして名乗りを上げるつもりですわ。ただ闇クランなどと言われてもそれって何? と皆様首を傾げておいででしょう」


そう言ってからわざとらしく首を傾げては間を取ったアガフェルは……。


「まず手始めに、『戯人衆ロキ』が本戦の出場が確定した場合は……我がクラン総力を上げて本イベントをめちゃくちゃにしますわ」


……次はとても爽やかな笑顔で、でも加虐心を覗かせながらとんでもないことを口走っていた。


「そうなると何をするのがいいのでしょうか。妾の人脈でポイントや景品を徴収して差し上げるのもいいですが、その前に暴れたジャンク……ではなくこっちの暗殺者に景品だけ狙ってPKさせるのもいいですわね。それ以外にも色々と手はありますが、とにかくイベント参加者には『戯人衆ロキ』は攻撃を行う……そういうことですわ」


アガフェルは如何にも悩ましげと言わんばかりに脅迫を添え……


「要するにですね。我々はあなた方の敵というわけですわ。でもこれはさっき申しました通りにただの名乗り……今後の布石し過ぎません」


……嫌ならば、それを止めたかったら止めてみせろ。言外にそう挑発を込めてこの世界に一石を投じた。


「我々の真に目指すものは退屈だったこの世界ゲームをひっくり返し、思いっ切り搔き乱す! 絶対の悪として『戯人衆ロキ』が君臨するのことなのですわ!!」


そして華奢な身体から想像もつかないほどの叫びで、自分たちは“こういうものたち”だと皆に刻み付けるようにして……。


「それでは皆様、ごきげんよう!」


そして最後にアガフェルのその挨拶と同時に。


フィールドに点在してた他クラン拠点が一斉に爆破されて、あまりにも騒々しく、対戦と共に波乱の幕が閉じ……そして始まったのだった。

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