第167話 『金狐姫』アガフェルー3

時間も流れ、対戦の制限時間の残りも中盤に差し掛かってきた頃。

アガフェルと同盟を結んだクランの拠点は一気に慌ただしくなっていた。


「敵襲ー!」

「後衛班は櫓に! 前衛班は門前に集まれ! 支援班は両班にバフ撒くの急げー!」


荒野というやせ細ったフィールドで集めるに時間は掛かったが各クランの物質も充実し、ここまでやりあってる間にある程度敵軍の戦力もはっきりしてきた。


ここまで来ると様子見はもう終わり、お互いにどう戦って勝つがの激戦が始まる。


「攻撃属性が欲しい方はこちらへ! どれは必要かは手短に願います、順番が詰まったらいけませんので! ポーションなどの消耗品はあちらに!」


その中でアガフェルも相変わらずサポートに尽力していた。


ちなみにアガフェルの方の拠点については、土魔法が得意な魔法使いの何人かが協力し、2つの拠点を無理矢理併合させている。

荒野みたく障害物が少なく、間に他のクラン拠点がなかったから成立した力技だ。


これで人員を割かず済んだどころか、寧ろ彼らの人員からしたら狭かった陣地を広げられたお陰で防衛もよりしやすくなっていた。

彼らのクランはフルメンバーに近い50以上構成員いたからか、拠点が少しばかり狭かったのだ。


が、相手側もその情報はすでに承知済み。目には目をとばかりに外のクランも同盟を結び広く展開して攻めて、防衛に圧迫を掛けてる作戦に出ていた。


それでただ正面で挑むだけマシだったが防衛戦が長いのをいいことにこっそり潜入を試みるものが後を立たない。


「くっそ、野郎性懲りもなくこそこそと」

「おい、また抜けて来たぞ!」

「本当にいい加減、しろ……!」


それを警戒していたアガフェルと最初にあった、例の偵察のチームが持ち場で悪態をつく。

目まぐるしく戦況の中でそんなことをされるもんだから少しでも気を抜くと見逃しそうになる。


地形の有利で今はどうにかなっているが2つ以上のクランが同時に来てるならその内にこちらが疲弊するのは目に見えていた。


「このままじゃジリ貧か……」

「クラマス! ならひとついい作戦思いついたんですが、いいっすか!」


厳しい戦況に顔を顰めていたクランマスターを見た例の偵察のひとりが提案する。


「敵の一部を引き込んで、建物内で各個撃破しましょう! 俺含む斥候系ジョブ持ちは室内戦の方が得意ですから。今より戦力を有効に使えるかと」

「はあ!? 気でも触れたのかお前、それでコアまで来たら本末転倒だろうが!」

「いつ、俺たちの拠点に使うと言いましたか? アガフェルの方の拠点を使うんすよ。それで俺たちはノーリスクで室内が出来る」


そのあまりにも非情な作戦にクランマスターの怒声が飛ぶ。


「ふざけんな! そんなこと出来るわけ……!?」 

「話は聞かせて貰いました。それで戦況が好転するなら、喜んで協力させていただきます」

「あ、あなたまで!」

「こちら、何かしらの形で恩を返したいのです。お願いします!」

「う、ぐぅ…………仕方、ないか。本人がそこまで言うのなら」


暫く唸り声を上げて悩んでいたが……未だに頭を下げているアガフェルの、今までにない頑強な態度にクランマスターもついに折れた。


元々、恩を返すためと強く言われれば義理堅い彼の性格上断われない。


「ただし! 言い出しっぺお前、お前がちゃんと彼女を守れ。死んでもだいいな!」

「了解っ!」


せめてと言わんばかりに条件を言い渡し、すぐ他に指示を出しにクランマスターが離れていく。


「上手く通しまたわね」

「うっせ……」


そこへアガフェルがさらりと偵察の彼に耳打ちしてはそっと持ち場へと戻っていく。当然今は獅子獣人スタイルに戻った、彼女の後ろ姿は耳と尻尾がやけに楽しげに揺れ動いていた。


そう、彼がクランマスターに勧めた作戦はすべてアガフェルの指示だった。


彼自身あんな女の言うことなんて聞いて本当にいいのかと何度も自問自答したが……その度に昨日の脳が痺れるような囁きがこびりつき思考を支配していく。


それが不安なのか……それとも期待か。彼にはまだ分からなかった。


今更彼が何を思っても時間は待ってはくれない。すでに作戦は、誘導役が敵の注意をアガフェルの拠点に向けてわざと隙を見せる段にまで進んでいる。


それを好機とみた一部の集団が砂糖に群がる蟻のように雪崩込む。


敵側が1クランだけのだったら規律の締め付けももっと厳しく、こんな罠にほいほいと釣れらはしなかっただろうが……あっちはここの防衛力を見てついさっき即席で見ず知らずのクラン同士が組んだだけの烏合の衆。


それでまともな統制が取れてるはずもなく、反動で跳ねっ返りどもが出た形だ。


「ヒャッハー! がら空きだぜ!」

「カチコミじゃー!」


そしてそういった連中ほど声ばかりデカく、注意も散漫と相場が決まっている。つまりいいカモなわけだ。


好き勝手に建物内各所へと散っていくものたちを、潜伏してる斥候ジョブ持ちたちがじっくり観察して、分断したものを見かけると……。


「どけどぐへ!?」


……速やかに刈り取っていく。

先頭の味方プレイヤーのひとりがもんどり打ってそのまま死に戻ったのを見て後続も固まった。


「なっぐお!」

「伏べひゃ!?」


……それで自ら的になるとも知らずに。


「ひひっ、その隙に俺がコアにがっ!?」

「……させるかよ」


だが、中には多少知恵が回るのも混ざっていたのか、派手なのを隠れ蓑にこそこそしてるのもいる。

そしてそういうのをあぶり出して狩るのも、また斥候ジョブの十八番だ。


「外の敵もいい感じに混乱してるぞ! 早くこのぼんくら共シメてから加勢に……」


こうして敵戦力が予期せず分断、各個撃破がされたお陰で外の敵クラン同盟は一気に浮足立っていた。

このままこいつら掃討し、攻勢出れば戦況を逆転出来るかもしれない。伏兵をしてた何人かがそう思って駆け回っていた時……それは起こった。


また侵入者を処理し、物陰に隠れようとした伏兵のひとりが誰かに捕まって止まる。


「誰、だ…………はっ?」


慌てて自分を捕まえている者を目に捉えて……その伏兵は呆気にとられた。


だって自分を捕まえている人物の顔はついさっきまで行動を共にしてた仲間もだったのから。


そしてそれは個人が起こしたただの離反ではなかった。


「えっ!?」

「ちょっ、なんだいきなり」

「ふざけ……!」


最初の人物に合わせて、一斉に他の場所でも伏兵が拘束が始まった。

その中には当然のアガフェルと最初あった偵察チームの彼らもおり……。


「悪いな、お前ら」

「な、がッ!?」

「おまぶはッ!?」


密会を行った彼があの時の“打ち合わせ”通りそのチームメイトたちを制圧する。

その頃には伏兵と配置していたものたちはすべて取り押さえられていた。


「ピ――――ッ!」


自分以外にもこんなに裏切り者が居たのかと、この場の光景を複雑な心境で見てから……チームメイトを抑えた彼は言われた通りに笛を吹く。


するとそれを待っていたかのように突然、床の下から轟音が衝撃が迸り――


「何だあれ!?」

「い、いきなり……建物が爆発したぞ!?」


 ―― 遠くからはっきりと見えるほどの大爆発が拠点内部を暴れ狂い破壊の限りを尽くす。


それが収まった頃にはアガフェルの拠点に居たものは皆殺しになっていた。


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