第166話 『金狐姫』アガフェルー2

――で、結局その後。


「ほ、本当によろしいのですか」

「良いんだよ、こっちが好きでやることだし」

「あんたも補助魔法は掛けれるんだろ」

「そうそう。こっちも規定人数越えて恩恵貰ってんだからこんぐらい気にすんなって」


という感じでアガフェルと彼らのクランは表面上同盟を結ぶということになった。


アガフェルのあまりのも必死な形相についに根負けした3人がチャットを通して自分たちのクランマスターに相談を持ち掛けたのがことの始まり。


彼らの事情を聞き、クランマスターが大変人情家であったのもあり同盟という形で保護するという話になったのだ。


実際のアガフェルは負けたら何言われか分からない、その後の事情聴取で自クランの人たちに無理難題を押し付けられたという……一応嘘ではない話ししかしていない。


でも彼らはその時の状況や見た言動などから勝手にアガフェルの背景を描き、当人も曖昧になるように会話や仕草の中で誘導し惑わす。


人間、大抵は自分が考え抜いて出したと思う答えには疑問を抱かないものだ。彼らも混乱に乗じ納得の答えを考えさせられたことでそうなっている。


だから仲間に伝達する時も自分が思い込んだそれをさも真実であるかのように電波させていく。


だが、もちろんそれだけで信用を得られたわけではない。人伝でぽっと出の人物が現れただけで疑うものは当然いる。


それに対してアガフェルは内心でも焦ることなく、不審を抱くものには自分から赴き頭を下げて、戦闘以外で手が足りないところは拙いながら懸命に手を貸し、好印象を与えて心に滑り込んでいく。


実際アガフェルが細かな気配りと生来の魅力で人の心を掴みクランの空気をよくし、自分はどうせ使わないからと彼女が持ち込めた1クラン分の物資まで提供された。


それにより彼らクランはトントン拍子に勝ち進めて、すでに2つクラン拠点を潰すまでに至っている。


勝ち続きの戦況に士気もあがり、それを齎した間接的な要因となったアガフェルの印象はさらに良くなる。


そこまでくればもうアガフェルの術中だ。いつの間にクラン全体的には疑いは鳴りを潜め、輪に溶け込んでいく。


でも……そう、それでも疑いを持つものは存在する。


「……なあ、あんた」

「はい? あ、最初助けてくださった。その折はどうもありがとうございます」

「それはどうも。ちょっと話があるけど、いいか」

「もちろん、構いませんわ」


そしてそれは、偵察でアガフェルを見付けた3人の内、彼女の処断を真っ先に言ったプレイヤーだった。


彼もあの当時は雰囲気に流され、一度仲間内の同調意識に飲まれかけていた。

違和感を感じたのはその時の偵察チームと別行動になってから。


「あんた、クランに無茶振りされて対抗戦にひとりで参加してるんだよな」

「ええ、とても怖い方たちで……言うことを聞かないとどうなるか」

「そこだ。具体的に何をさせられて、逆らうとどうなるって言うんだ。よく考えたらその辺の話を全然聞いてない」


彼は自分をちゃんと客観視出来る人間だった。

同情とか贔屓などの感情の色眼鏡を外し、状況を振り返って見るとおかしな点は多々あると気付く。


というか冷静なればおかしな点だらけに違いない。


まずイジメにあってるという彼女の背景にもこっちが思ってただけで具体性がないし、最初のイメージと比べて言動はそれっぽく装っているが同盟を結んでからの彼女は社交性がかなり高いように見受けられる。とてもとっかのクラン内でイジメにあってるものとは思えない。


アガフェルと話し、疑問をぶつけることに疑念はどんどん確信へと向かっていく。


「あんた、もしかして――」


そしてアガフェルは……それを待っていた。


静かに、なんの前触れもなく彼の頬と首筋にアガフェルの手が伸び、添えられる。


「―― うふふ。さぁ、こちらへ」

「お、おい!?」


そのままダンスにでも誘うように隅から隅へ、人目が無い方へと向かわされる。引かれる彼の方もその手を払えない、その理由が彼自身でもよく分からなかった。


周りにももう誰も居なくなってた頃に彼は辛うじて口を開く。


「やっぱり、俺たちを騙したのか」

「いえ、騙すだなんて。誓って嘘など一言発しておりませんわ。ただ妾は困っていますと昔から周りが勝手に助けてくれる。それだけなのですわ」

「はっ、よく言う。それがあんたの本性か」

「それを説明するには……こうした方が早いですわね」


アガフェルがステータスを操作し普段の、もっとも知られている狐獣人スタイルに姿を変える。


「アガフェル……『金狐姫』か!?」

「あら、妾をご存知なのですね。光栄ですわ」

「そりゃ有名人だから、な」

「でもなんで今まで気付かなかったのかか分からない……という顔ですわね」


アガフェルの言う通り、彼は何故今まで気付かなったか不思議だった。

そう認識してみると顔の造形は数ある彼女のスクショなどとほぼ一緒だ。


化粧してるようだが、変装って程のものでも徹底したものでもないのにこうして変装を解くまでその可能性にすら思い至らなかった。


「ふふふ、でもそれはそんなに不思議なことではありませんよ? 素敵な女性とは元来、皆いくつもの魅力を持っているものですわ。だって……妾が放つ魅力すべては、どれをとっても無二のものなのですから」


それでも気付けなかったのは、きっと……前見た『金狐姫』と今の彼女はあまりにも別の魅力を発していたから、同じ人間だとは思えなかったのだ。


アガフェルは人には色んな魅力があることを理解している。そして色んな魅力というのが印象を決め付け、人を区別する大きな要因になることも。


だから彼女はどんな魅力でも輝けるように自己研鑽を怠らなかった。


世界で一番は可愛くて美しい自分があらゆる魅力に身に着ける、それはとても素晴らしいことだと、そう思ったからだ。


理解は及ばないが、体感で何となくアガフェルの言葉を飲み込んだ彼がさらに負けじとまくし立てる。


「何が、目的だ。何でわざわざ俺たちのクランに潜り込んだ、答えろ!」

「決まってるではありませんか―― あなた、ですよ。あなたが欲しくここへ参りましまたわ」

「……は?」


一瞬、彼はアガフェルが何を言っているのか理解出来なかった。


「あの時一目見て分かったんですわ。あなたがとーっても……悪い子ってことが♪」

「何を、言ってるんだ」

「だって、今もそうでしょう。本来、先にその疑問を打ち明けるべきはクランの仲間のはず。なのに正体も分からない誰かさんをひとりで審問しに来るなんて……やっぱり悪い子ですわ」


彼はもはや問い詰めるのも忘れ、敢えて考えず仕舞っていた心の内を、引きずり出されてるような、そんな感覚に襲われて……頭に真っ白になっていく。


「でも仕方ありませんね……あなた本当に退屈そうでしたもの」

「退屈……」

「分かります、周りがあんないい子ちゃんたちばっかりだとやり辛いですわよね。ここにひとりで来たのだって、また仲間につまらないことを言われたくなかったから」

「そんな、こと」

「何より―― 嗤っていましたもの、妾を殺そうと言いまいした時」

「ッ!?」


あの時、嗤っていた。

言われた瞬間、彼の全身が船酔いじみた酩酊感に襲われる。


絶対にバレるわけがないと思っていた。

クラン内にある数年越しの友人にも見せなかった、隠し通していた自身の醜悪な素顔を。


女性を弱者を一方的に甚振り、殺し愉悦に浸ればどれだけ気持ちいいだろうというその残虐な本心を。


これ以上見られるのが怖いというように彼がアガフェルから視線を逸らす。


「逸脱した愉悦に身を委ねたい。仮想の世界でそういうがしたいというのはとても健全なことですわ。だから――」


でもアガフェルのすべての見通さんばかりの青い瞳はそれを捉えて放さない。


未だに添えられていた手で彼の耳に桜色の唇を寄せて……。


「―― 一緒とっても悪いこと、しーましょ?」


……悪魔の囁きが如く、その耳元に流れ込ませたアガフェルの蠱惑的な声は彼の脳裏へと染みていった。

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