第165話 『金狐姫』アガフェルー1
クラン対抗戦・対戦サーバー『荒野型フィールド』。
「荒野、ですか」
拠点の窓から外を眺めてたアガフェルが目を細める。
今度のフィールドは荒野……資源が石系以外は少なく、開けた地形の籠城戦には向かい場所となっている。
「あまり花はありませんが……まあ、いいでしょ。どんな場所でも咲き得るのが真の美花というものです」
そんな、今にも敵が駆け込んで来てもおかしくない状況下にいてもアガフェルは余裕を崩さない。
「そうですわね。この背景でしたらこういうメイクとこの服装で……むむ、こっちも悪くは……悩みますわ」
それどころか、荒野の雰囲気に合わせたメイクをしだす始末だ。
ここにもし彼女と仲の悪い、あの機装の怪人がいればこんなどこで何し腐ってんのかぎゃんぎゃんと吠えていたことだろう。
とはいえ、アガフェル本人も何も伊達や酔狂でメイクをしてるわけではない。それこそが彼女なりの戦いの準備なのだ。
「仕上げに……うん、このジョブのセットでびったりですわ」
アガフェルのデフォルトの装い……金狐ジョブセットが外れて
髪が金色の、でも幾分か野性味を帯びたものになり、上に太けど小さく丸っこい獅子の耳が生える。
背中の低い部位からも獅子特有の尻尾が伸び、力強いながら優美に揺れていた。
「うふふ。やっぱり妾、可愛い! それにお美しい!」
わざわざいつもインベントリに常備している等身大鏡で身嗜みをチェックしながら恍惚な表情のアガフェル。
放っておくといつまでもそうやっていそうな彼女のケモミミが鋭敏にも足音を拾う。
そこからのアガフェルの行動は早かった。
素早く鏡を仕舞って、侵入者が一方的に見えるであろう位置に移動、相手を観察する。
数3人、恐らく先行偵察要員。
仕草、仲間との距離感、表情、雰囲気などから好みや性格を大まかに推測。
そこで導く出さられる最適のエンカウントシチュエーションをシミュレートする。
その思考に10秒ほど掛けて……アガフェルがついに仕掛ける。
「うぅ、ひっぐぅ……」
コアの傍まで戻ったアガフェルが突然泣き声を上げては、本当に大粒の涙を落とす。
「ん、なんか聞こえないか」
「泣いてる声、っぽいよな」
「なんなんだここ、なんでか誰もいないと思ったら女の啜り泣く声がするって。お化け屋敷ねぇんだぞ」
その声は人のほぼいない拠点内にはよく響く。
当然偵察として察知能力が高いこの3人の耳にそれはバッチリと入っていた。
「……はっ! おい、本当に女の人が泣いてるぞ」
声を頼りに、でも警戒は怠らずに拠点を奥へ奥へと入り込んで彼らが着いたのはまるで長時間泣いてかと思うほど目元を赤く腫らしたアガフェルが待つコアのある部屋。
突然アガフェルのようなケモミミ美少女が飛び込んだため、健全な男子諸君である偵察たちは一瞬息を呑むも、ひとりの号令ですぐに我に返る。
そしてお互いに目線を飛ばし、これどうすんのかと目だけで話し合うとその中のひとりが切り出す。
「……罠かもだし、さっくりとやるか?」
「いや、でも流石に、AIだったら兎も角プレイヤー相手にそれは……」
「確かに怪しいけど、ここも途中不自然なぐらい何もなかったし」
この状況に困惑が抜けずに結論が出ない。
そんな折に傍目にその様子を伺っていたアガフェルはあたかも勇気を振り絞った風に立ち上がりコアの前で腕を広げて立ちはだかる。
「お、おい。退いちゃくれない。動き見た感じ戦闘出来る方じゃないだろあんた」
「俺たち何も手荒い真似をしたいんじゃない」
「ひっぐ、でも、これ守らないと……あの人らに、なんて言われるか……すんっ」
泣きじゃくりながら、それでもこうしないといけないという恐怖を滲ませながらアガフェルは必死を装う。
その演技は完璧であり、情報を断片的に刻んだこともあって偵察の3人組は勝手に想像を膨らませる。
「これ、罠じゃなくてもなんかの厄介ごとじゃねーの?」
「イジメとかかな?」
「コアだけ砕いてもう関わらない方がいい……とは思うけど」
ただまだ懸念はある。もしかすると伏兵がある可能性も考えて彼らは拠点とその周辺まで虱潰しに探ったものの……。
「調べてきた……けど直接見てもマジでなんもないしこの人以外誰もなかったぜ」
「これは、ほんとにどうしたもんか……」
タネも仕掛けも敵もない。アガフェルが誰かに直接害を成すつもりがないのだから当然だ。
今確実にその事実が彼らに油断と安心を生んだ。そして余裕というのは得てして同情や偽善心の入るいい住処となる。
「う……えい!」
「どわ!? なん、だ……」
そこへと更に追い打ちを掛ける。
アガフェルは補助、ファッションジョブだけという元が非力極まりないアバターを目一杯奮い立たせ偵察のひとりに飛び掛かる。
唐突であったため驚きやっぱり罠かと得物を構えてアガフェルを見た、が……そこに足元にしがみつき、可哀想なぐらいぷるぷるとか弱く震えながら力んでいる彼女を見て二の足を踏む。
「あの、離れてくれないかな」
「ん、ん!」
あんまりな有様に優しく諭してみるもいやいやするだけで離しはしない。
試しにコアの方に行こと動くと、そのまま引き摺られながらも、しがみつく腕の力が微妙に増す。彼女的にはこれでも限界以上力を引き出したつもりだったのが、なお痛ましく映る。
「えーっと……」
「これは流石に……な」
「やりづれぇ……」
決まりが悪いといった顔になった偵察の者たちはさらに困惑する。流石にこの状態の女の子(それも美少女)に手を上げるほど彼らは畜生にはなれなかった。
そこにいつの間にかアガフェルを排除するという対戦に置いて一番は合理的な判断は消え去っていたのだった。
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