第161話 『無器』ヨグー2

とあるクランの拠点の物見櫓。

今そこでは同じクランメンバーらしきふたりが遠く眺めるようにして見張りをしていた。


「偵察出てどんだけ経ったー?」

「ついさっきだろ。防衛退屈なのは俺も……あれ?」


あくびを噛み殺す感じで愚痴をいう仲間を嗜めていたもうひとりが、ふと視界の人影を捉える。


もう敵が来たのかと思って、よく見るとそれは先程出たはずの斥候チームのひとりだった。


「おーい、他のはどうした」

「そ、そそれがっ……あの、森で、襲われて、それで……首を、とにかく死んでて」

「落ち着け! とにかく中に入ってゆっくり話せ!」


何事か聞くも何かとても恐ろしいことでもあったように呼吸困難なっている斥候チームのものを拠点の一室に入れてゆっくりと話を聞き出す。


すると森に出て間もなく暗殺にあったこと、それでチームがあっという間に全滅したことなどを報告される。


「ったく、それでさっさと逃げ帰ってきたのか。お前は相変わらず気が小せーな」

「あはは……面目ない」

「そういうことなら、俺たちも早く見張りに戻らないと。その暗殺者がいつ来るか……」


そう言って真面目なほうのメンバーが振り返った瞬間だった。


足元についさっきまでゲラゲラと斥候チームの人を嗤っていた相方が、額と胸に大穴を開けた状態で倒れ込んできた。


「っな!? ま……――」


彼がまさか、っと慌てて振り返ろうとしたタイミングで視界がぐわんと回ったのを感じた。

気付けば自分で自分の……首がなくなった身体を見上げていた。


あーやられた。


斥候チームの人……恐らく暗殺者のあまりにも鮮やかお手並みにどこか達観した心境でそう内心呟いた真面目なメンバーはそのまま死亡エフェクトに沈んでいった。


「―― 処理完了。はっ、チョロいもんだなおい」


それを成した暗殺者の声が変わり死んだものたちを見下ろし鼻を鳴らす。


「そうだな……次はこいつの顔をパクるとすっか」


暗殺者……ヨグはそう呟いて自分の顔にアイアンクローでもするように手を添える。


それがキーなっていたのかまた違う形に手が変形し、如何にもSFチックな機械腕の手術器具となった手を用いてヨグの顔を作り変えていく。


「……うっし、こんなもんだろ」


顔のパーツが物理的に離れたり、組み変わったりを繰り返して1分足らず。


ヨグの顔は斥候チームのプレイヤーのから、さっきの真面目そうなここのクランメンバーのものに変えられていた。


「声帯と体格の設定を変更と動作のトレースを制御システムに入力、表情管理MODを起動して……さあ、行くか」


見た目だけでなく声、体格に動作の癖、口調、表情の微細な部分さえも変装した者そっくりとなったヨグは堂々と人様の拠点を闊歩しだす。


「どうした、見張がっ……!?」


すれ違いざまに声を掛けてきたものの首を落とし。


「ん、それならあっちだ……っ!?!」


また別のものの顔に取っ替えては素知らぬ表情で接触し情報を抜いては脳天もぶち抜き。


「お、こんなとこに……っ!」


親しく近寄ってきたものを挨拶するようにして切り伏せる。


皆が皆気付けばすべてが終わり、自分がどうやってキルされたのかすら判然しないまま光の粒子へと還っていく。


『無器』―― それは、その通り名に恥じぬ暴れっぷりだった。


「で、こっちに行くと……お、あったあった」


殺すついでに聞いておいた情報を辿り、ヨグが着いた場所は拠点の心臓部……コアがある広場。


その広場をヨグは中から見えない通路の角でカメラ付き機械腕を体内から伸ばして覗く。


そこには当然のようにコアを守るべく見張りが立っており、佇まいからどのプレイヤーも恐らくこのクランの中ではかなりの実力者なのが窺える。


相手は相当警戒している。

侵入者が奇襲を掛けるなら、ここのコアになるのだから当然。


それにその有能さを証明するように、人が減って変わった拠点の雰囲気を肌に感じているのか、彼らの眼光はただ念の為の警戒にしては鋭い。


恐らくここの普通のプレイヤーと同じ手では一瞬で見抜いてくるだろう。


「ま、だから……なんだって話だがな」


だったら有象無象のだまくらかし手なんじゃ軽く凌駕する手で叩き潰す。それだけでいい。


徐ろに親指を咥えたヨグは思いっ切り口で指を引っ張り、分離する。


「ペッ!」


そしてそれをツバでも吐くように通路の先に飛ばす。落ちた先で独りでに変形した指が、ヨグが近場で登録して殺した、ここのクランメンバーの誰かをホログラムで投影する。


「ん? おい、お前こんなとこで何してる! 持ち場は……」

「待て! 何かおかしい」


ヨグの予想通り見た目を装っただけではすぐに違和感に気付きコア防衛の者たちはホログラムに注視しつつ警戒した。いや、してしまった。


それが致命的な隙となる。


指を飛ばすと同時に動き出したヨグはまず一番近くに居た運の悪い前衛の首を切断し、頭を地に落とす。


コア防衛の残り人数あと5。


「この!」

「敵襲ー!」


それを見て瞬時に状況を把握した近くのふたりが動くも、ヨグからしたそれすら2手、3手は遅い。


「がっ!」

「ゔッ!?」


このふたりのことなど最初のものを殺す前から、すで内蔵銃器でロックオンが済んでいた。


彼らがヨグに駆け寄ろうとしたのとほぼ同時に音もなく、身体が穴だらけとなりふたりして倒れ伏す。


対多人数を想定に作れた消音式の魔法の散弾銃を放ち、分厚い装備ごとスクラップにした結果だ。


残り3。


「テメェ良くも! 今に消し炭……」


瞬く間に光の粒子と化した仲間を見て、奥にいた魔法使いが熱り立つ。


怒りに任せて瞬時に構築した魔法で火球を飛ばすが、ヨグはさっきの銃撃に紛れて飛ばしていた体内内蔵の極細ワイヤーを巻き上げて魔法使いに高速接近し……。


「がひゅ……っ!?」


……斬っ!


っと、すれ違いざま縦に真っ二つに切り分ける。


残り2。


弓持ちと双剣持ちの内にヨグはワイヤーを揺らして迷わずに弓持ちに突撃する。


迫ってくるヨグとぶつかる、その直前。険しい表情で焦りを見せていた弓持ちの顔が得意げに歪む。


「はっ、かかったな!」


そう言った瞬間、弓を盾に持ち替えた元弓持ちがどっしり構えてヨグを迎え撃つ。

そしていつの間にか消えていた双剣使いは獲物を拳銃に持ち替えて、後ろを取っていた。


所持武器を見せて瞬時に切り替えるフェイク戦法。《イデアールタレント》ではそれなりに高等だと言われる対人戦術のひとつだった。


それに直前まで彼らの演技は完璧だった。これが普通のプレイヤーだったら驚愕し、大いに取り乱していたことだろう。


だが、ヨグの表情は一切変わらない。

そもそもヨグは暗殺の相手に感情を見せることも、無駄口をたたくこともない。

だから彼は心の中でだけこう口ずさむ。


――テメェらがな。


「ぐはっ……!?!?」


接近して来たヨグを盾で受け止めた瞬間、盾持ちが野太い声で悲鳴を上げる。


次には盾持ちの胸を突き破り、金属の釘らしくものが彼を串刺しにしていた。


「っな!?」


あまりの予想外の事態に思わず最後の銃持ちはその釘の出処を追った。

盾持ちの背から続く釘の根本にあったもの……それは最初に落ちてた


その首が舌でも伸ばすように長い釘を生やし、仲間の盾持ちを背中から貫いていた。

ショッキング過ぎる光景に目を奪われてしまった最後の銃持ちも……。


「――っ!?」


ヨグの背中からこっそりと展開していた銃器により急所を撃ち抜かれて、呆気なく死んでいったのだった。


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