第151話 前哨戦の終幕と……

途中から視点戻ります

――――――――――――――――――

眼窩から光の粒子が溢れる、中に居た操縦者の死を明確に告げる。


「よし、指揮官は仕留めた! 後はこの木偶坊を解体すれば俺たちの勝ちだ!」


小人魚リトルマーメイドという操縦者を失った海骨怪機シーユニオンは、メルシアが言ったように今までのキビキビとした動きが消え、どこか困惑げにおどおどとその場を彷徨くだけとなっていた。


「これは、もうただの的だね」

「全部位そこそこ頑丈だから、倒すのには時間掛かりそうだけどな」


レイドパーティー全体からここぞとばかりに総攻撃が仕掛けられ、やたらめったらな動きで反撃してくる海骨怪機シーユニオンを削っていく。


ここに居るのが普通のプレイヤーたちだったら、これはこれで厄介なのだが……今この場に居るのはどれもトップクランの精鋭。精細に欠けた動きなど瞬時に見破られ、ただ一方的に嫐られるだけ。


このまま海骨怪機シーユニオンが倒されるのは時間の問題。そう思われていた時だった。ボス部屋の明かりが一瞬強くなり、全員が目を細める。


「なに!?」

「壁を見て! 部屋中に魔法陣が……!」

「なんだ、第2形態でもあるのか!」


何事と辺りを見渡すとボス部屋を囲む、壁、床、天井に光の線が走っては模様を形作り、やがてそれが魔法陣を成す。

明らかな異常事態に緊張した空気が流れ出している中……その男は姿を現した。


「悪いけど、今日はここまでにして貰おうか」

「お前……!」


動画に映っていた時と同じ長裾のローブ、頭が大きな長杖、片目を隠す魔法陣の描かれた円盤、そしてこれ見よがしに杖に追従している変な模様の輪っか。


このダンジョンの主……プレジャが悠々と宙に浮いた状態で姿を見せて、レイドパーティーを見下ろしていた。


「まだボス戦の最中なんだけどな、契約違反じゃないか?」

「非常に残念なことながらここが今の最下層でな。俺が出てきても何も問題はない」


双方、油断なく相手を観察しながら軽口を叩く。

その間にも両陣営ともに隙きあらば攻勢に入るという気配を隠しもしない。


それはお互いがお互い、目の前のものが決して油断してはならない対等な敵と認めてるが故の応酬だった。


「まったく、結構手の込んだキメラだったのに。また随分と手酷く痛めつけてくれたな」

「おう、中々手強かったぜ。いいもん作るじゃねぇか。目からビームとか最高だったぜ、お前もロマンが分かってやがる」

「あはは、そうだろ。何せこいつは今までのキメラの中じゃ最高傑作だ。何せ―― こんなことも出来るしな」


プレジャのその言葉が合図なってたのか、どこともなくモンスターが現れる。


「新手か!」

「いや、違う。あれは……!」


レイドパーティー側がすぐさま臨戦態勢に入るが、モンスターたちは彼らに目もくれずに違う方向……海骨怪機シーユニオンに群がる。


そのまま海骨怪機シーユニオンから損傷が酷い部位を引っ剥がし、あったものと同じにモンスターが部品を交換でもするように代わりとなり……そこには瞬く間に最初、登場した頃の不気味な合体怪人が健在な姿を取り戻していた。


「削った部位のスペアって、それありなの!?」

「何を驚く。合体兵器には定番の戦術だと思うが?」

「はっ、違いねー!」


プレジャが驚くものたちを見下ろしながら茶化すと、メルシアが愉快と言わんばかりの顔で前に進み出て……一気にプレジャの下まで跳躍する。


「なっ、早っ!」


それに反応した海骨怪機シーユニオンがさっきとは比べ物にならない速度で間に入り、プレジャを庇う。


流れるように『キャノン』を向けた所でメルシアも危機を察してひとっ飛びでバックステップを踏む。

それでもお構いなし『キャノン』の衝撃波が放たれ、驚くことに先に後退したメルシアの元に余波が届いてHPを僅かに削る。


「やべー、注意しろ! さっきとはまったくの別モンだ!」

「何今の……私じゃ動きが目で追えなかったわ」

「あたしもギリ、カグシちゃんは?」

「見えた……けど、早い」


この突然の強化の秘密は、当然加護だ。過去の経験により、親海の加護を発する星の位置を把握してるプレジャは十分なコストさえあればその加護を間借り出来る。そして部屋中に浮き出た魔法陣は加護を引っ張る魔法を制御して指向性を与える、そういう効果を持つ。


ちなみにメキラも魔法陣を鑑定して秘密を探ろうとしたが、今の彼女ではスキルの育成不足のせいで加護の情報までは見れなかった。


親海の加護を受けた海骨怪機シーユニオンの水中での戦闘力は数倍は増している。その海骨怪機シーユニオンがまるで騎士のように己が主人の前を盾を掲げて陣取っていた。


盾の後ろではプレジャがこれ見よがしに杖を見せびらかし、そこに滞空してる輪っか……『スターリング』を敵に向けている。


「今、ここで俺たちが戦えば間違いく総力戦になる。……それはもう分かってくれたか?」

「……ああ、どうやらそうみたいだな」

「まあ、俺はそれでもいい。だが、お前らはイベントの大舞台が控えている。特に一般のプレイヤーと違って、『Seeker's』は大型イベントは本業とも絡むから、こんなとこで無駄な消耗出来ないし無闇に手札を晒すわけにもいかない。違うか?」

「……それも間違いないな。だが、それでお前を見付けて“はい、そうですか”と大人しく退く気もない」


宥める口調で話しかけてくるプレジャに、きっぱりと言い返すメルシア。

確かに『Seeker's』の4人は今、それほど余裕がなく、気を使うべきことも多い。これがただの攻略途中や普通のプレイヤーと相対してるだけだったら撤退したかもしれない。


だが、目の前のこの男からはただで退くのだけ駄目だった。もしそんなことすれば今度こそ『Seeker's』の名は地に落ちる。それだと、多くの人たち、同僚たちに迷惑掛かる。


そこは、彼女らにとっても決して許容出来ないラインだった。


「だと思った。……ならこれはどうだ。今回のクラン対抗戦イベントで決着を付けるというのは」

「なんだと?」

「実はな、俺もあのイベントに参加するんだ。どこ所属とまでは言わないがその時は逃げも隠れもしない。必ずお前たち『Seeker's』と決着を付ける。何ならまた契約書を書いてもいい。もちろん、契約の中身もそちらが主導してOKだ。どうする?」


それはこの4人にとって望外の提案だった。


正直、前に“あんなこと”があっただけに、この男が今もまともに自分たちと戦うとは微塵も思っていなかった。


それの逃げ場は今度こそ潰してやれる……それだけでこの提案を呑む価値は確かにあった。


何より……大舞台での真剣勝負ってのがメルシアの琴線に触れていた。確認するようにメルシアは仲間と視線を交わし、全員がひとつ大きく頷くのを見てから……。


「面白れ……それ提案、乗った!」


代表として、メルシアが宣言し……こうして『Seeker's』との交渉は成立した。


これでプレジャは『Seeker's』側との話はついたと思い(警戒だけしながら)『快食屋グルメ』の方に向き直る。


「モルダード……とは何気にはじめましてか」

「ああ、そうだ」


『Seeker's』とプレジャの争いには、傍観を決めていたモルダードがそれで漸く声を上げる。


「お前のことはずっと見てたが……うちのファストにご執心のようだな」

「ファスト……それがあの白兎の眷属の名なら、そうだ。あの者とは決着付けなければ、俺の気が済まない」

「やっぱりか。ファストもお前との勝負には拘ってるみたいでな。でも、そっちもイベントまで待ってはくれないか」


プレジャがさっきと似たような提案をすると、モルダードは鼻を鳴らしてくだらないと言わんばかりに口を開く。


「どうして、俺がそんなことをする必要がある。今、ここで戦えば済む話だ。やつはどこにいる」

「へー、そうか。まあ俺はそれでも構わないけど……いいのか? 今の半端な状態のファストと、また半端な形で決着を付けて」

「何?」

「実はさ……イベントに備えて、ファストにはある特別な進化をしてもらうつもりなんだ」

「特別な進化……まさか」

「恐らくはご想像の通りだ、とだけ言っておく」


そう戯けたように言ったプレジャが目線だけで問いかけた。まさか怖気づいたのか、と。


少なくともモルダードにはそう感じられた。


「それでどうする。あ、ちなみ言っておくとこの提案を受けるなら本戦の際はファストとの戦場をお膳立てしてもいい。もちろん誰も邪魔されない状況で、な。俺に出来る限り最高の状態でファストをお前の下に送り届けよう……さあ、どうする?」

「…………ふっ、いいだろ。今回だけ、貴様の口車に乗ってやる」


こうして、どうにかトップクランの2組みとの話は纏まり―― 




◇ ◆ ◇




―― 次いつ顔を合わせるか分からない……というか俺が逢いたくなかったから、無理にその場で即、契約の内容を詰めてさせてもらった。


こうして契約を交わして『Seeker's』、『快食屋』が俺が作った転移門から引き上げていった……その後。


「ぶはーっ! どうにかなった……」

「きゅう」


過去最高にヒヤヒヤしたー……。


色々仕掛けたものの、初手以外に両クランを思ったように削れなくて、結局こっちのリソースをこれ以上に食われる前にここへ無理に連れ込んで交渉する羽目になってしまった。


それでも今回弱みを見せていけないと、最後まで強気で行ったが、あのまま開戦してたら主に損するの俺のだったからな。


魔術ってのは初見殺し、わからん殺しの面が強い戦術だから新魔術を先に見せるだけでかなり不利になるし……。


海骨怪機シーユニオンだっていくらでもおかわり出来るみたいな言い方をしたが、進化をさせるコスト、条件が重い連中が混じってるから内心は、また短時間で壊されたらどうしようってめちゃめちゃ焦ってた。


それに『Seeker's』は本業絡みの後押しあったからともかく、モルダードだけは行動が読めなかった。


今まで見た性格で、一番効きそうな煽り方して後はどうにでもなーれって感じだったんだが……あれでよかったらしい。運が良かったともいう。


「とにかくこれで時間は稼げた……。この隙きに俺も残りの課題を片付けてもっと戦力を強化しないと」


今回あいつらを見て思ったのは、やっぱり連中を相手取るには俺はまだまだ戦力が足りないということ。


海骨怪機シーユニオンが今の時点で最高傑作であるのは事実だ、なのにまだあの連中には手を抜く余裕があった。


俺の戦闘力も魔術の習得して多少マシにはなったが、まだ全然足りてない。


「そのために後回しなっていた事柄を一息に片付ける必要がある」


具体的にいうと……ランク:★3に到達、装備人のジョブ獲得、その後にこの間得た職業装備ジョブウェポンへのセットジョブの選定。


そして最後にファストの進化だ。


これらをイベントの開催までにやり遂げなければならない。


「まだまだやることは多い。これからも忙しくなりそうだし頑張らないとな。……でも今日はもう、一息つこう」


慣れない交渉で身体も精神もクタクタなっていた俺は、この時はぐったりしたままダンジョンの閉じる残り時間まで過ごしてから……ログアウトして爆睡したのであった。

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