第149話 前哨戦ー7


「いてて……どこだここ?」

「うむ……かなり奥まったところまで落ちたのは分かるが」


唐突過ぎる落下から開放され、混乱から目覚めた『Seeker's』、『快食屋グルメ』の面々が辺りを見渡す。

すると、ここが見慣れたダンジョンの階段の近くであり、その先にこれまた見知ったものが鎮座していた。


「あの扉……まさかボス部屋の前、か」

「え、じゃあ何。落とし穴作ってわざわざ親切にゴールへ運んでくれた、とでもいうの?」


バッキュンのそれを皮切りにざわざわとした声が随所で上がる。『Seeker's』、『快食屋』の数を合わせると結構な人数になるので、騒ぐ声は大きくまた困惑が広がろうとしていた。


「はいはい、静かに。今から私が確認するから少し待ってて」


目敏くそれを察したメキラが拍手で皆の注目を集め、ざわついた雰囲気を引き締める。


そこから一気に場を纏めて現状を整理、ここが19階層の終点でこの先はボスのある20階層に通じる扉しかいないことと……その扉のルールが少し変わっていることに気付いた。


「入場出来る最大人数が18人なってる……これってつまり」

「この先にレイド仕様ってこと、だよね。ってことは……ふはー! このメンバーでレイドすんの、ちょっとテンション上がるんだけど!」


このままでは流れでレイド戦に引っ張り込まれそうだと、目的を明らかに否定を口にするモルダードだったが……。


「いや、俺はボス部屋に用はない。今からでもあの眷属を……」

「きゅ!」


モルダードがそこまで言った時、どこともなく鳴き声が響いた。

視線を巡らせ、音のした方を見てみると透明な壁の反対側にある細い管道にファストが見えた。


ファストは彼、彼女らに一瞥くれた後に管道を辿り……そのままボス部屋にある場所へ入っていった。


「……お目当てのうさ公もこの先になっちまったみたいだな」

「……なら、同行させてもらう。いいだろうか?」


ついさっき目的を話しただけに拒否する理由もなく、結局は『快食屋』と『Seeker's』のレイドパーティーが結成されたのであった。


と、方針が決まった所で早速とばかりに両クランが扉を潜り、ボス部屋に踏み入れる。


今度の20階層は上よりは明るいものの薄暗く、15階層みたく空気中なるなんてこともなく、海中のままらしい。そのボス部屋の中を警戒しながら何人掛かりで見渡す。


すると、すぐに奥の方に大きな骸骨が床に横たわっているのを見付けた。ただし生前、腰から泣き別れしたと言わんばかりの上半身だけの骸骨だったが。


「あれがボスか? ここもアンデットなんだな。それに上半身だけなのにむちゃくちゃデケーな、あれ」

「それだけじゃないよ! あっち見て!」

「変なの、いっぱい来た!」


遠く、闇の帳の向こうから影が接近して来る。種別は実に様々で、共通してる点は良くて水棲であるぐらいのモンスターの群れだ。


「迎撃を……」

「いや、伏せろ!」


迎え撃とうした一部のものたちがメルシアの警告に一瞬停止し、すぐに身を伏せる。

と、同時にどうやってか前触れも起き上がった上半身骸骨が自身の巨大な腕を頭上に薙いできた。



その隙きを突くようにモンスターの群れが骸骨と合流……したかと思えば突拍子もないもない行動に出た。


モンスターの群れは骸骨に集り、纏わり付いていく。


ローパーが肋骨の内側に潜り込み触手を巻きつけて鎧に。

双殻獣ダブルシェルの2体が『キャッスル』、『キャノン』となり前腕骨に抱きつき籠手に。

小人魚リトルマーメイドが頭蓋骨に入り、鎧魚が腹を開きその頭蓋骨へと被さり兜に。


―― そうした合体でひとつとなり、悍ましい人型の造形を成した骸骨とモンスターたちは両の腕、胴体、頭の4箇所にHPバーが出現する。


「これは、流石に驚いた」

「おいおい、多重HPバーって……完全にレイドボスじゃねーか! どうやったんだいったい」


到底、プレイヤーが成し得るものとは思えない光景に両クランのリーダーたちすら湧く。そんな中、メキラだけは静かに相手の正体を見破るため、『探知』に意識を集中していた。


「…………なるほど、ね。原理的には連結兎ラインラビットに似てるわね。体内にある糸に似た器官でお互いを繋いで、各部位ごとに一体のモンスターと化してるわ。連結兎ラインラビットとの違いはこっちは完全に同一個体にはなっていないということ」


メキラが言った通り、今回のボスモンスター……海骨怪機シーユニオン

久々にトリックスパイダーの糸と制糸統制用微生物――『ルーラー』を使っての新作だった。


さらに言うなら芯に使われいる初のアンデットキメラ、霊骨レイススケルトンたちは今、霊魂癒着という状態異常を患っている。


2ndステージの端にある、あの廃墟でここの主が“偶々近場にいるから”という理由で取っ捕まえた幽霊モンスターたちには面白い特性があった。


それは幽霊型モンスター同士が互いに『憑依』スキルを使うと存在が交わってしまうという仕様であった。


この状態を霊魂癒着といい、『ルーラー』込みの糸みたく完全な同化ではないものの、一部の状態を共有することになる。


システム上でも違う個体として認識され、肉体的には繋がっていないためかHPなどのコストは別々の設定なのだが……一部能力値の統合、受けてるバフ・デバフの共有、パッシブスキルの共有などが行われる。


ただし、『ルーラー』込み糸での同化と違い一度霊魂癒着すれば二度と元には戻れない。それ故に永続の状態異常扱いだ。


整理すると、海骨怪機シーユニオンというボスは、同化したキメラ4組みが霊魂癒着した4体の霊骨レイススケルトンと『ルーラー』込み糸で各々連結している……というモンスターなのだ。


「……と、こんな感じかないかしら。後補足すると頭蓋骨にいる小人魚リトルマーメイドが従魔で指揮を執ってるはずよ。じゃないとあんな複雑なキメラまともに動くことすら出来ないわ」

「なるほど……違う同化仕様であんなボス作って操縦者を搭載か。ははは! 見た目怪人なのに中身は戦隊ロボとか、ほんとあいつは面白い発想すんな、おい」


メキラが自分の推測を交え、その海骨怪機シーユニオンの仕組みを皆に知らせメルシアが心底楽しいそうな、高揚した声を上げたその時……。


「おっと、あちらさんの準備が終わったみたいだな。もう悠長に観察してる暇はない! 先手を取るぞ!」

「まっかせて!」

「ん!」


海骨怪機シーユニオンが合体の過程を終えて、ついに動き出す。

それを察したメルシアが素早く味方に指示を出し、バッキュンとカグシが即座に反応、胴体から伸びているローパーの触手で水中を高速で泳ぎ回る敵に接近する。


だが、それらの攻撃は左手の『キャッスル』の水晶の殻を大盾に変形して防せがれて、お返しに右手の『キャノン』を盾越しにはみ出させ衝撃波を放たれる。


「ひゅー! あのブサイク、思ったより……」

「……やる!」


それを見てからまともに当たったらヤバいと感じたのか、攻撃したふたりがさっと身を引く。触手よる高速遊泳で追いすがる。


「おーらっよ!」


そして、そのふたりが気を引いてる間に回り込んでいたメルシアが万型の太刀オール・スイッチで背中から後頭部へと斬りかかる。


目まぐるしく、パラパラ漫画のように刀身を変える万型の太刀オール・スイッチが直撃し何十種と違った傷を付ける。その多様な属性ダメージにバフ・デバフ系だけでなく、追撃系など色んな付随効果が発揮され攻撃箇所を襲う……が。


「うおー……っ! 手が痺れる! くっそ硬てぇぞ、こいつ」


敢え無く防がれる。

頭蓋骨に合体したキメラは動かない、攻撃力を削ぐ、などの条件を満たし防御力を得るスキルをふんだんに持っているため、並大抵の威力じゃ崩せないのだ。


「こっちも聖属性の攻撃もずっと打ち込んでいるんだけど、全然効果がないわね……」


その間に後衛もいかにも弱点そうな聖属性を付与した遠距離攻撃を仕掛けていたのだが、効いてる素振りがない。HPバーを見ても消耗は殆ど感じられない削れ方だ。


メキラがそのことに疑問を抱いていると、バッキュンの声がし……それで元凶が見付けることとなった。


「あ、キラっち! あいつ胸元になんかにょっき生えてきた!」

「あれは、鬼子母兎!?」


胸元にいたものはローパーのキメラをがわとして被った、鬼子母兎ベースの別個体のキメラだった。どうやら、ローパーの分厚い身体に覆われてたせいで『探知』で鑑定しそびれたようだ。


ここで、上の階層にいたアンデットたちが恐らくあの鬼子母兎の“子”だったことにメキラは気付いた。そして海骨怪機シーユニオンを構成するキメラもそうであることに。


こっちはメキラがヘマをしたのではなく、キャラ再作成からまだランクとジョブの育成が足りず属性耐性の変化までは見れなかったがための、必然的な見落としであった。


それに気付くと同時に僅かにと減っていた頭蓋骨のHPバーが全快していた。


「回復した!? はっ、胸元からヒールスラッグ出てるわよ!」

「んな、どっから出てきた! さっきまで居なかったろ!」


メルシアの疑問は、またすぐに解けることとなった。


「うわ、口からナメクジ吐いてる、キモッ!」

「ヒールスラッグが無限湧きしてるのか」


メキラは今度こそ見逃すまいと、耳を澄ましてローパーキメラの奥側を覗き……嫌悪感を覚えると同時に深く後悔した。


「げっ、見なきゃ良かったわ」

「おい、どうした」

「あのローパーの体内にヒールスラッグが詰まって、蠢いているの。多分腹の中で繁殖してる『探知』でそれ見ちゃったわ……うっ、気持ち悪……」


メキラが見たであろうそれを想像した何人かが口元を抑えてえずく。今まで隠れていた鬼子母兎キメラが顔を出したのは被害状況を見て、腹のヒールスラッグ吐き出すためだったようだ。


その悍ましい光景に殆どものが怯むか、引いている中ただひとり前に出た男がいた。


「何やら、奇っ怪なモンスターらしいが……そんなものは全て叩き潰せばいいだけだ」


『Seeker's』が戦ってる間に料理バフを盛りに盛って、万全の準備をしたモルダードだ。

モルダードは水の中とは思えない滑らかな挙動で、ボスに接近を拳を伸ばす。


食らってやるかと、ボスも『キャッスル』を盾に構えるが、そんなものでモルダードは止まらない。真っ直ぐ伸びていた腕が突然撓って、不可解な軌道を描く。


それにより『キャッスル』が弾かれ、モルダードは懐に潜り込む。


ボスはならばと逆にモルダードを腕と『キャッスル』の鋏でガッチリ拘束し、『キャノン』の砲口たる太い鋏を向けた。


「ふっ、俺と取っ組み合いに挑むか。面白い!」


だがそれすらも道化士のスキルで手も触れずに関節を極端に和らげ、料理バフによる奇妙な運動法ですり抜けて、カウンターの蹴りをお見舞すると同時に一旦離脱。


「中々の強敵だな。歯応えがある」

「見れば分かるっすよ! へい! 魚料理、一丁追加だ!」


それを合図にアイテムで作っている空気膜の内側で『快食屋』サブマスのスパイッスーたち料理班がモルダードの次の攻勢のために調理を開始する。


そのタイミングでボス側にもさらなら変化が見えた。モルダードの攻撃がスイッチだったように伽藍堂の目があるはずのない眼光を光らせる。

『探知』に集中していたメキラはそこから高圧力のエネルギー反応を拾っていた。


「皆、気をつけて! 大技みたいよ!」

「あ、あれは……まさか!」


そして海骨怪機シーユニオンの眼窩はさらに赤熱していき……眩い閃光を撒き散らす、破滅の光線がそこから放たれたのであった。


――――――――――――――――――

・追記


念の為に

ここのキメラに使われた鬼子母兎はクイーンとはまったくの別個体です。

というか、キメラ作成の仕様上、眷属は対象になりません。

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