第148話 前哨戦ー6

―― 『増蝕の迷宮エクステラビリンス』19階層。


順調に階層を突き進み、次のボス部屋も目前であろうはずの19階層に着いた『Seeker's』の4人。

予想通りに19階層は完全な暗闇が支配する空間になっていて、これまで以上に水圧が上昇していることもあり、アイテムの残りと相談しながらもっと慎重に探索を続ける……


……はずだったが。


「……で、何の状況だこれは」

「……それはこっちが聞きたいが?」

「……きゅう」


……どういうめぐり逢いか、今現在19階層では『Seeker's』、『快食屋グルメ』、ファストの三竦みの睨み合いが展開されていた。


無論この状況は偶然などではない。

『快食屋』と遭遇したファストが初手で逃げ、ファスト狙いの『快食屋』がそれを追い、それを利用して『Seeker's』の居場所まで誘き寄せ、総合わせして混戦に持ち込む。


19階層は完全な暗闇の世界だったのも、お互いの接触を避けられなかった大きなファクターでもあった。


これはこの両クランがダンジョンを攻略し来た時点で、決定されていた作戦のひとつ。


「きゅ!」

「おう!? いきなりか!」


ファストの蹴りがメルシアを襲う。これを難なく躱したメルシアが思い出すように呟く。


「そういや、そっちのうさ公にはあの時世話になったな。ご丁寧にうちのパクった剣まで使ってくれちゃってよ……」


攻略レース最後に食らった『滅刀・シヴァ』による斬撃の嵐。

歪な形でありながら1000以上はあったプレイヤーたちを一撃のもと、葬り去った張本人。

自分もその中のひとりとして思うところもあるメルシアだったが……。


「ふんっ!」

「きゅ!」

「のわ!?」


そんな感慨など知ったことかと拳と蹴りが間近で交差、それをまたギリで躱す。


「邪魔だ。例えお前でも、今こいつとの勝負に水を差すのなら容赦はせん」

「いや、そんなこと言ってもよ。そっちのうさ公が勝手に俺を襲って来てるんだが。と言う訳で俺はここら譲ってフェードアウト……」

「きゅきゅ!」

「おう!? あぶなっ! ほんと早いな、このうさ公!」


撤退を図ったメルシアだが、ファストの妨害で戦線離脱は困難と即座に断念。

ならばと仲間が助けに来れないか尻目に確認してみるも……。


「もう、なんでモンスターと『快食屋』同時に相手取ることになってんの! 意味分かんないんだけど!」

「いやー、すいやせんね。うちのマスターたちの邪魔させる訳にゃ行きませんでして。ここは俺ら『快食屋』舎弟班に一手ご教授を!」

「うわ、しかもモルダードとこの子分たちじゃん! マジ最悪なんですけど!?」

「こいつら、できる!」

「メルシアごめんなさい! 助けに行けそうにないわ、そこはひとりで何とかして!」


この状況になると同時にファストが連れてきた大量の敵モンスターと自分たちのマスターの邪魔させなまいと立ちはだかる『快食屋』のメンバーたちとの戦闘が勃発。

あっちはあっちで混戦となり助けなど期待出来そうもない。


「はぁーしゃない。しゃーないよね。そういうなら戦うしか!」

「そういう割には嬉しいそうではないか」

「きゅ」

「はっ、そら当然。戦士系ジョブやってるのなんじゃ多かれ少なれみんな戦闘狂みたいもんだろ?」

「ふっ、違いない」

「きゅう」


「じゃあこっから俺も本気で行くぜ! ふッ!」


短い気合と共にメルシア最速の攻撃……万型の太刀オール・スイッチがファストに迫る。


両手で挟むように振るわれたそれは、多種多様な刃が入れ代わり立ち代わりとファストの逃げ場を潰す形で展開されて、回避先まで刃で覆った必殺の太刀筋がその小さな体を切り刻まんとする。。


退避は間に合わない、そう気付いたファストはそこで驚くべき対応に出た。


なんと、刃の網とも入れる太刀筋の隙間に小さな体をねじ込み、時に水中を跳ね、武器を足場にして、軽快にメルシアの懐に潜り込んだ。


「はは! マジかこいつ。万型の太刀オール・スイッチを見切ってやがる!」


キャラ再作成のせいでこのアバターがまだ本調子ではないとは言え、まさか追いつかれるとは、とメルシアは驚愕した。


そんじょそこらの汎用AIの演算能力なら、思考速度で負ける気はなかったメルシアにとってこれはそれほどのことなのである。


実際に今までどれほど早いと言われたモンスターも、それ用の専用AIを積んでないものはメルシアのスピードに着いてこれなかった。


ただこの兎はそれらとは違うとメルシアには確信があった。ファストの最適化に最適化を重ねた動きはどっちかという達人の領域。


メルシアは思い出す。そういや聞いたことがある。主人がゲームにインしてなくても活動する従魔などの話を。


従魔などプレイヤーの味方となったMOBのAIは主人がログアウトの間は基本スリープ状態となる。だが、これには例外もいた。


これはプレイヤー間には知らされていない事実だが、ある程度自発的思考が可能な成長型AIはゲームサーバーが稼働中はスリープ状態に対して拒否権を行使出来る。


そしてファストはこれまでその権利を行使し、自分の主人にも気付かれないまま、ゲーム内に残ってひたすらに技の研鑽を積み上げていた。


―― 俺のダンジョンのラスボスを任せられるのはお前以外にいない。絶対に強くなろうなファスト


ある日、何気に放った主人のこの一言を、自分への期待を実現する。そのために……。


「きゅ……!?」

「はっ!!」


ファストがメルシアの虚を突き、首に蹴りかます直前。不可思議な角度で何かが伸びてきた。


それはほんの数瞬、万型の太刀オール・スイッチを突破し隙きが出来たファストを狙ったモルダードからの攻撃。それがモルダードの立ち位置からしてあり得ない方向、角度から飛んできた。


「きゅ!?」

「はは、なんだそれ、関節どうなってんだ!」


ふたりがそちらの方を見ると、これまた奇天烈な身体になったモルダードがいた。


デロンデロンと関節を無視して撓る腕はもはや人間のそれではなく、その様はまるでタコのような軟体動物をも彷彿とさせる。


どうやらあれで剣戟の間を割って介入してきたらしい。


普通ならそれで人間の腕がまともに動くはずがないのだが、どうなっているのかモルダードの筋肉は複雑に収縮を繰り返し、その歪という言葉が優しいまでの腕を自在に稼働せていた。


蛇か、若しくはタコなど触手を彷彿とさせるそれは道化士が転職して得られるスキルのひとつ『柔軟法コントーション』で自在に関節を極端に和らげ、料理バフで変形した筋肉でそれを操る。


モルダードのスタイルの新たな応用テクニックだった。


「俺のジョブのひとつ道化士は変わった育ち方をするものでな。こういう変わったことは得意だ」

「どいつもこいつもバケモン揃いか! これはメキラに隠すよう入れたんだが……あのスキルも解禁しねぇと不味いかもな。よし、『分――」


モルダードが油断なく構えを人間らしく直し、メルシアが何か切り札を切ろうとしたその時だった。


「――きゅっ!」


ファストの鳴き声を合図に、階層の床が形を変える。それは瞬時にトンネルに続くに大穴を……。


「は?」

「ぬ?」


……敵対者ふたりの足元に出現させた。もちろん、遠くで戦っている者たちのところにも。


「「うわああああ~!?」」


こうして唐突に始まった三竦みの戦場は落とし穴というとても原始的な罠により、重なり合う多数の悲鳴と共に全てが底からひっくり返されたのであった。


――――――――――――――――――

・追記


もしもためにここでも訂正を。

過去の回含め、モルダードのジョブ『道芸士』のジョブ名を、『道化士』に変更してます。


“道芸”って私が考えてたのとは全然違う見だったので、慌てて変更いたしました。申し訳ありませんm(_ _)m。


※道化士の成長に付いて


道化士は転職を行う際に、欲しいスキルをひとつ選択することが出来る。

このジョブが想定してる大道芸モチーフのスキル種類が多すぎたために取られた処置。


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