第145話 前哨戦ー3

即死のトラップ引っかかった翌日。

『Seeker's』は再び15階層まで舞い戻っていた。


「あーもう! 何よあの初見殺し、今思い出してもほんとムカつくー!」

「あっははは! 入り口でいきなり即死トラップとは流石にあれは読めんかったな」

「笑い事じゃないでしょうが! 昨日の稼ぎ殆ど吹っ飛んだのよ!? そうじゃなくてもクランの財政キツってのに!」

「わ、悪い。今日はちゃん稼いで帰る予定だから大丈夫だって!」


最近、よくクランの財政を見て難しい顔をする回数が増えたメキラの険悪に流石にバツが悪かったのか、謝罪してからすぐにいつものように自信満々に啖呵を切るメルシア。


その流れで昨日の反省会ムードが始まる。


「にしても昨日のは完全に油断してたのが行けなかったな」

「直前のボスが順調過ぎたのがねー。つい調子に乗っちゃったかも」

「私も階段で“敵”は出ないという契約の決まりがあったから、つい『探知』を怠ってしまったわ。恐らくそれも罠の内だったのね。本当油断したわ」

「うん……油断、大敵」


前回の攻略の敗因としてはカグシの一言に尽きる。


なので今度はちゃんと反省を活かし、水属性魔法で水圧を下げるアイテムと水中でも灯りになるアイテムでしっかり身を固め16階層へ踏み込む。


「上の水中に比べると息し辛いな。それに身体も重い。対策アイテムありですらこれとは……」

「昨日のあたしたちがどんだけ酷い目にあったか、はっきりと分かるねー……嫌なことに」

「だから本当に注意が必要よ。みんな“ランプの首飾り”と“反水のお守り”の効果時間には常に気を配って」

「「はーい」」「ん!」

「その遠足のノリやめないさってば!」


暗い中、光る首飾りと藍色生地のお守りを提げて深海のダンジョンを『Seeker's』は練り歩く。

そうして暫く探索を続けていると、道の先に彼女らとは別の灯り提げた大きな影が姿を現す。


「お、ここの第1モンスター発見!」

「あれは、提灯鮟鱇かな?」

「今、鑑定して見るわ」


『探知』で取得した聴覚情報を視覚情報に変換し、目の前のモンスターを鑑定する。

視覚を遮り鑑定を防ぐはずだった幻影は意味をなさず、“耳で見る”メキラに見破られてその正体を晒す。


「種族名、光盗魚ライトシーフ! 光を引き寄せてあの提灯に吸収するスキルを持っているわ」

「こっちの灯り……ここでの生命線を狙ってくるわけか!」

「まーた嫌らしいものを仕込んでるね、もう。なら、ささっと撃ち落とすよ!」


そう言う同時に、バッキュンが拳銃らしきものを撃つ。本来なら水中でそんなことしても弾がまともに飛ばないのは当然として、機種によってはそもそも発射すら出来ない。


だが、どういう訳か銃からは鉛の弾丸が水を物ともせず飛翔し、水中を加速し巨大提灯鮟鱇……光盗魚ライトシーフを穿つ。


その秘密は海中のダンジョンに来るに際してバッキュンが用意した、専用の魔法銃にある。銃本体に水が入らない魔法の処置を施し、弾が打ち出される時に特殊な付与を付けて、暫く水中でも減速しない射撃を可能にする特注品だ。


撃つ度に僅かにMPを消耗するが本当に微々たる量なので、大体自然回復が追いつくレベルだ。


「うん、この水中弾もいい感じ!」

「前から思ってたけど。わざわざ専属のスミスにオリジナルレシピまで作らせてすること? 普通に市販の魚雷銃使えばいいじゃない」

「えーあれ撃ってる感じがまるでないから嫌い! 何よりあたしの趣味じゃない。やっぱ、この爆発の反動が無きゃ銃じゃないっしょ! まったく、メキラは分かってないな~」

「分かりたくもないけど、いちいち腹立つ言い草ね!」


と、メキラは言っているものの本気で止めたりしない。

何故なら、バッキュンがテンションよってパフォーマンスに直で影響が出るゲーマーだと言うことを誰よりも理解しているからだ。


実際、銃をこの特注品に変えてからはバッキュンは水中戦でも百発百中を崩していない。


それからも光盗魚ライトシーフを始め、水圧を変化させて来る圧水魚ブループレッシャー、光属性の魔法で遮光幕を展開するキメラの群れ、障壁鰯シールドフィンの改良種など相手しがなら深海の闇を掻き分けていく『Seeker's』だったが……。


「構造は前の層とそんな変わらないが……」

「それが、ここだと更に厄介ね」


ここに来て敵とは別方向で障害が行く先を阻んできた。

この16からの構造も14、12階層同様、立体的に絡み合ったものになっているが、その厄介さは上の階層の比ではなかった。


人体は水圧が急に変化すると大きな負荷が掛かる。そしてこの深海の階層は道を進む以上は必ず深さが激しく上下する通路を通らないといけない。


当然そういうことをすると持ち込んでいる水圧対策のアイテムが物凄い速さで消費されていく。


装備のアクセサリーではなく、ポーションと同じ消費アイテム枠としてかなり量、インベントリにストックが可能な“反水のお守り”ではあるがそれでも限度はある。明かりと酸素ボンベ代わりになっている、“ランプの首飾り”もそれは同じ。


周りの環境をフルに活かしてのフィールドギミック、それを利用した消耗戦。それが16階層以降のコンセプトでもあった。


「思ってたより、アイテムの消費がやべー!」

「留まっているだけでどんどん対策アイテムを使わされるもんね」

「せめてもの救いは宝箱の出現頻度がぐっと上がったことだわ」

「お宝、いっぱい」


「安定を考えるなら一旦引きべきだが……」


この手のアイテムは永続的な効果を持つものはないため、長くダンジョンにいれば居るほど、懐を痛める。


だが、それはここに来て増量した宝箱の中身を回収することで黒字にすることも可能。


進むか、引くか。果たして彼らは――


「―― よし、進もう! 今回はあんまりのんびりしてる余裕がない」

「そうね。階層構造のシャッフルがなかったらもう少し時間掛けてたところだけど……そんな長い時間、ここにいる訳にもいかないもの」

「うん、うん。イベントの準備もしなきゃだから。ちゃちゃっと終わらせないと!」

「一気に、行く」


『Seeker's』の……正確にはこの4人の目的はダンジョン、プレジャへの威力偵察と自分たちの新ジョブがどこまでやつに有用かのお試し。

ここの本格的な攻略はイベントの報酬で強化が済んでからと決まっていた。


要は今の攻略はプライベート的なものであり、クランで行っているものではない。クラン全体は現在、クラン対抗戦という大型イベントに向けて忙しなく動いている最中なのだ。


その合間を縫って、息抜きと実利を兼ねてここに来ているので掛ける物資も時間もそんなにはない。だからこそ自然と短期決戦の構えが受け入れた。


こうして彼女らはダンジョンの主の悪意が蟠る深海の深くふかーくに足を踏み入れていった。



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