第139話 戦前準備

ワールドアナウンスが鳴り、クラン対抗戦イベント《集星よ、理想が先は闘争の向こうへ》の開催が告げられた翌日。

今現在、ボイスチャット越しながら我がクラン『戯人衆ロキ』の面々が集っていた。


『皆、昨日のアナウンスは聞いたね』


クランマスター、ヘンダーの問いに皆の肯定の声が返される。


『ワールドクエストがどうとか、『Seeker's』の動向など気になる点は他にもあるけど……まず、今回はイベントの話』


特に脇に逸れることもなく、ヘンダーが早速とばかりに本題を切り出した。それだけイベントの話が重要だということなのだろうか。


『当然の話だけど、我々『戯人衆ロキ』は全員このイベント参加するよ。で、誰かこの時にどうしても外せない予定のある人は?』


『ねぇな』

『ありません』

『俺もない』


これにも全員が即答。正直ヨグ辺り忙しいとか言い出しかねないと思っていたのだが、それは杞憂だったようだ。


『ふふふ、そうだと思ったよ。何せ今回は本戦の賞品が良すぎるもんね』


そう、ヘンダーが言う通り。

今回はクラン対抗戦イベント、特に本戦ポイントで交換出来る品は破格と言っても過言ではなかった。

俺もその中のひとつ、『土地の掌握券』が目的なわけだしな。


『それで、皆はなんの賞品狙ってるの?』

『こっちは『土地の掌握券』一択だな。他は正直興味ない』

『俺の狙いは当然、天賦装備ギフトウェポンだな。ガンナー系ジョブがありゃー今の何倍も戦力を強化出来るからよ』

『妾はやっぱり職業装備ジョブウェポンですわね。用途が用途ですので数が欲しいですわ。後、次点ではフリーコーディネート券でしょうか?』


アガフェルが言ってるフリーコーディネート券とは性能そのまま装備の外見を自由に作り変えれる、本来課金アイテムの1種だ。

こんなものまで賞品にするとは、このイベントに対する運営の本気度が伺える。


『なら、これから『戯人衆ロキ』はお互いクラン対抗戦に向けて全員動く、ということでいいのかな?』

『ああ、それ何だけど。まだ星獣の周回はやってる? イベント前までやれる強化はしときたいんだけど……』

『まだやってるよ。というか、後輩くんもうちょっと顔出してよ~。ダンジョンにばっかかまけてないでさ』

『あはは……ごめん。でもそのうち顔出せるから』

『本当! いやーそうしてくれるとほんと助かるよ!』


周回には行きたかったけど、魔術の開発に、ダンジョンの整備、運営にと忙しくて他所に行く暇がなかったんだよね。


幸いこの間の動画で定期的に行われる予定の階層構造のシャッフルの時、一時的にダンジョンを封鎖する旨を伝えてある。つまりダンジョンを休日にする大義名分を手に入れたので今後はその時間に周回に顔を出すつもりだ。


他にも外でやりたいことがあったしね。どの道いつかはダンジョンの休みを作ろうとはしていたのだ。


『こっちは大変だったんだからね。加護使われるパターンが面倒過ぎるから、後輩あると楽出来そうだと何度思ったことかー』

『やっぱり、加護でのフル強化ってそんな強い?』

『それがもう笑っちゃうぐらい。まあ、私とヨグくんがあれば負けるなんてことはまずないんだけど。それでも技の規模と強靭さが尋常じゃないんだな、これが』


それから加護全開の聖獣がしつこいだの、イベントまでどうするのかだのの雑談が暫く続き……。


『つまりイベントまでは今まで通りに自由行動として。こほん……さて、皆の衆。私たち『戯人衆ロキ』の目的を覚えているかな?』


それらの雑談を終わったタイミングで、ヘンダーが改ってそんなことを言い出した。


『それはもちろん』

『派手にこの世界ひっくり返してやんだろ』

『なるほど……そういうことですのね』


俺とヨグは意図はよく分からず当然覚えてるということだけ伝える。

アガフェルだけが何かを察したらしく、意味深げに小さな声で呟く。


『ヨグくんが言った通り、この世界を面白可笑しくひっくり返す。そのために私は君たちをこのクランに集めた。そして今回イベントは開催の経緯からして毛色が違うということで、過去もっとも注目が集めている』


そこで少し間を置くヘンダー。

この瞬間を待ちわびていたことがありありと感じられる声音で次のひと言を発した。


『これは絶好のチャンスだ……そう思わない?』


確かに、と場に納得の空気が流れだす。

今をおいて他にいつ、《イデアールタレント》に……この世界に仕掛けるというのか。


『はっ、最高に燃えるシチュエーションじゃねぇか!』

『我々クラン『戯人衆ロキ』の威光と……何より畏怖を、世界に知らしめると言うのですね。とっても素敵ですわ、ヘンダー』


他のふたりもどこか高揚した風にそれぞれ感想を漏らす。

そういう俺も言い知れぬ興奮を覚えていた。


“この世界を面白可笑しくひっくり返してやろうぜ”、その目標がもうすぐ実現するかもしれない。そう思うだけで何とはなしに胸が高鳴る気持ちだ。


『だから、まず私から君たちにある提案がある』

『ああ?』

『提案?』


俺が言い知れぬ感慨に耽っていると、それをぶった切るようにヘンダーがこんなことを言い出した。

どういうことかとヨグと一緒に疑問の声を上げるも、まあまあと宥められ次の話を切り出すヘンダー。


『予選のルールの詳細はすでに見てる?』


それには一応目を通している。

開催日までは来月の連休日とかなり時間に間がある他、俺に必要だった情報を要約するとこう。


・予選、本戦があり本戦に出るには一定のポイントで本戦出場権を買う早いもの勝ち方式。


・そうやって先着の6つのクランが決勝に進出する。


・勝敗は各クランの総合貢献度という数値を元に割り出され、これは戦闘、生産ともに様々な行動で上昇する(どういう計算なのかはマスクデータで不明)。


・本戦は実時間ネット配信もされる予定で、反応が良かったシーンは編集してPVとかになる予定(映るプレイヤー側に拒否権はあり)


これ以外の細々としたルール説明とかもいたけど、ほんと細かいんでそれはおいおいで確認することにした。


俺以外もそこはちゃんと読んでいたのか、俺たちが分かっていると頷くのを見たヘンダーはならばと続きに入る。


『ここにある予選ポイントの1戦ごとの獲得量をざっくり計算して見たんだど……。結果から言うと、もし予選を一度も負けず4連勝すればそれだけで本戦入りが確実になるの』


ポイント獲得方法には勝利ポイント、連勝ボーナス、奪取ボーナスの3種獲得方法がある。


勝利ポイントは試合に勝った時に貰える基本のポイント。

連勝ボーナスは勝利時に貰えるポイントを連勝数✕勝利ポイントにするもの。

奪取ボーナスは拠点と呼ばれる各クランのリスポーン地点にあるコアというオブジェクトを破壊した時に貰えるものだ。


言われてみて俺もこれらをざっくり計算してみたところ……確かに奪取ボーナスを勘案しなくても4連勝すればそれぐらいになりそうだった。


そしてマッチングは本戦枠が決まるまではある程度、近い戦力ものたちでランダムで決まる方式だ。


普通ならこの方式でクラン規模の戦闘を4連勝とか無理にも程があるが、ここのメンバーなら正直言って……


『―― この条件でもうちのクランなら楽勝、今みんなそう思ったでしょ。まあ、私もだけど』


図星だった。

俺やアガフェルは兎も角、ヨグやヘンダーははっきり言って凡百のプレイヤーたちではまず相手にならない。


ヘンダーは天賦装備ギフトウェポンのアドバンテージと多様な手札でまず相手を寄せ付けない。ヘンダーがどれほどの手札を隠し持っているかは正直まるで予測がつかないでいる。そこに彼女特有の分析力と先読みが加われば不利なるという事態そのものが稀だ、たとえ誰が相手であろうと……。

俺の時みたいに余程油断しきっていた状況でもない限りヘンダーが負ける心配はそうないだろうと思う。


そしてヨグも。最近は『変換術』と偶に俺に注文してくる魔法陣でヨグは今や何の最終兵器?という状態になっていた。

実は壊れないからってよく俺のホームにある実験用の空き地を借りに来るので、そのとんでもっぷりはクランの中じゃ一番身に沁みていたりする。


アガフェルだって戦闘面ではそれほどでもないが、彼女の本質そこではない。そしてその本質は今回のイベントのような場面でこそ真価を発揮すると、俺はそう思っている。ある意味このイベントでもっとも暴れるアガフェルではないかと俺は予想しているのだ。


だからヘンダーが言った通りみんな思ってたことだろう。予選など突破出来ない要素がないと。


『でも、それだとインパクトが薄いと思うの。言ってて何だけど『Seeker's』や『快食屋グルメ』あたりもそんな感じに勝ち上がるだろうしね』


その通りと、戦ったことのある俺からもそうだと言えた。

連中も尋常のプレイヤーではない。それに噂では両クランとも最近までキャラの育成に腐心していたとか。

次会う時は俺が知ってるよりさらに強くなっていることだろう。


そして連中と同じことをしても芸がないと言うのも然り。


『だから我々『戯人衆ロキ』は今回のイベント予選に、ある縛りを設ける』

『縛りっていったい何の?』

『それはね――』


それから、ヘンダーに告げられた荒唐無稽な条件にボイスチャット越しに息を呑む気配が伝わる。


まさかあんなことを言い出すとは誰も予想だに出来ずに俺以外も少なからず動揺してるようだ。ただ―― 


―― それはとてもヘンダーらしい案だと、全員がそうも思っていたのであった。



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